10. 婚約者の辛そうな顔は見たくない
アシュヴィン様に抱き締められ、その温もりを感じながら思う。
(アシュヴィン様の呪いとは何だろう?)
どうしても気になる。王太子殿下の呪いとは違うと言っていたけれど。
私は顔を上げて聞いてみた。
「あの……アシュヴィン様、あなたに起きた変化というのは……」
「……俺の事は気にしないでくれ」
アシュヴィン様は間髪入れずにそう答えた。
(これは……言いたくないって事かしら?)
「アシュヴィン様はお辛くないのですか?」
「……」
アシュヴィン様が黙り込む。やがて、少しの沈黙した後、口を開いた。
「……さっきも言ったが殿下の場合は不特定多数に誤解を与えかねないから、辛いだろうが……俺の場合は誤解されるとしたら一人だけなんだ……だから……」
「何を言っているんですか!」
「……え?」
私の怒りを孕んだ声にアシュヴィン様が驚いた顔を見せた。
「誤解するのが不特定多数だろうと一人だろうと、誤解させてしまう人がいてお辛いのは変わらないではありませんか!」
確かに殿下は王太子という立場だから、ところ構わず女性を口説いて誤解させる人が多くなるのは良くない……というより、それはかなりの問題だと思う。私も驚いたし。
それに実際、婚約者との仲も険悪となっていると聞くと尚更。
だからと言ってアシュヴィン様はいいのかと言ったらそれは違う。絶対に違う!
(ねぇ、アシュヴィン様。お願いだからそんな事を言わないで?)
それに今、すでにあなたはとっても辛そうな顔をしているのだもの──……
──そう。ヒロインよ! アシュヴィン様の呪いはね、ヒロインの愛の力で解けるの。
──あのね、お姉様。私は“ヒロイン”だから呪いを解いてアシュヴィン様を幸せにしないといけないの。
──彼は私と恋に落ちて呪いが解けるのよ。だから、お姉様は婚約破棄されてしまうけど……仕方がないのよ。それがお姉様の……悪役令嬢の役割なのだから。
あの日、リオーナに言われた言葉。
リオーナの言う事が本当なら、アシュヴィン様の呪いはリオーナにしか解けない?
ヒロインだと言うリオーナの愛の力でしか解けないの?
(そんなの嫌!! きっと他の方法だってあるはずよ!)
「アシュヴィン様!」
「!?」
私はアシュヴィン様にガシッとしがみつくような形で抱きついた。
「私、あなたの呪いが解けるなら何でもします!」
「え? な、何でも……?」
何故かアシュヴィン様の顔が見る見るうちに赤くなる。
あと、ちょっと動揺? あたふたしている。
(あれ? 協力を惜しみません! って意味なのだけど、何故、そんな赤くなって狼狽えるの?)
アシュヴィン様の反応に疑問を持ちつつも私は続ける。
「呪いについては、私も……調べてみますから。だから……お願いです。そんな顔をしないで下さい」
調べると言っても、リオーナから聞き出す事しか出来ないけれど。
何故かリオーナは呪いに関しては語ろうとしないけれど、これは何としても聞き出さないといけない。
「……そんな顔?」
「アシュヴィン様、辛そうな顔をしてます」
「……」
「アシュヴィン様が辛そうだと私も辛いです」
「……っ!!」
アシュヴィン様がひゅっと息を呑んだ。
(あ……ちょっと図々しかったかしら?)
でも、本当の事なのよ。アシュヴィン様の辛そうな顔は見たくないの。
「……ルファナ嬢」
「!」
あ、せっかく呼び捨てにしてくれていたのに、戻ってしまっている。
「アシュヴィン様……ルファナと呼んでください……」
「!?」
何故か、アシュヴィン様が動揺した。
「さっきは何度かそう呼んでくださいました」
「そ、れは……」
「駄目ですか?」
「……っ」
私が目で訴えると、アシュヴィン様はブンブンと勢いよく首を横に振った。
そして、おそるおそる小さな声で言った。
「…………ルファナ」
「はい!」
「……っ!!」
とっても嬉しかったので私が満面の笑みで返事をすると、突然アシュヴィン様がへにゃへにゃになった。
(えぇぇ!?)
「アシュヴィン様!? 大丈夫ですか!?」
「……だ、大丈夫……だ」
あまり大丈夫そうには見えないけれど……?
私はどうにかアシュヴィン様を起こそうとした、その時。
「あー……コホンッ……そろそろ良いかな?」
「「!?」」
王太子殿下が変な顔をしている。
何故? と、思ったけれどさっきからまるっと殿下の事を完全無視していた事に今更ながら気付いた。
「あ……も、申し訳ございません!」
存在を忘れておりました! とはさすがに口が裂けても言えない。
「いや、いいんだけどさ……お腹いっぱい」
「?」
「……呪い解かなくても大丈夫そうじゃないかと思うのは私だけかな……」
王太子殿下は何やら小さく呟いたけれど、何を言ったかは分からなかった。
「ルファナ嬢、アシュヴィンの呪いを解きたい君の気持ちは分かったけど、完全に私の事を忘れていたよね?」
「……も、申し訳ございません」
「呪いにかかっていると思われるのはアシュヴィンだけでなく、私と他にも居るんだ。アシュヴィンを心配する気持ちは、まぁ、分かるけど忘れないでいてくれると嬉しいかなぁ……」
「うっ! ほ、本当に申し訳ございません…………」
頭を下げながら思った。
殿下とアシュヴィン様以外にも呪いにかかっている人がいるらしい。
これもリオーナが匂わしていた通り……
「あの! その他の方も……殿下とは違う様子なのですか?」
私の言葉にアシュヴィン様と王太子殿下は気まずそうに目を合わせる。
「?」
「そうだね……気の毒な奴がいるよ」
「気の毒……?」
二人は神妙な顔でうんうんと頷きあっていた。
詳しくは分からないけど、やっぱり呪いは厄介そうだと思った。
◇◇◇
色々と衝撃的だったパーティーを終え私は帰宅する。
家に戻ってする事は一つ!
───リオーナを問いただす!
呪いに関して知っている事を洗いざらい吐いてもらわなくては!
(だって、アシュヴィン様を助けたい! あんな顔させたくない!)
私は大きく深呼吸してリオーナの部屋の前に立つ。
コンコン
「はい?」
「私よ、リオーナ。入るわよ」
「え? お姉様??」
ちょっと強引にリオーナの部屋へと入る。
「お姉様、帰っていたのね……」
「えぇ、先程ね」
「そう。パーティーはどうだった? ってお姉様、どうかしたの? 顔が怖いわ」
顔が怖い?
あぁ、そうかもね。だって何がなんでも聞かなくちゃという決意しているから!
「ねぇ、リオーナ。教えて頂戴」
「何を?」
「リオーナは言ったわ。アシュヴィン様は呪われている、と」
「そうね? 可哀想なのよ、アシュヴィン様。早く助けてあげなくちゃね!」
リオーナは無邪気な顔でふふふと笑いながらそう言う。
「ねぇ、呪いはどうしたら解けるの?」
「え?」
私の質問にリオーナはポカンとした顔を見せた。
「やだ、お姉様ったら、もう忘れてしまったの? 前にも言ったわ。“ヒロイン”の私とー……」
「そうではなくて! もっと具体的に知りたいの! それと“ヒロイン”だというリオーナと恋に落ちる以外の方法は無いの?」
「お姉様?」
──お願いよ。あるって言って!!
私はそう願いながらリオーナの次の言葉を待った。