1. 妹がおかしな事を言い出した
──その日、私の妹のリオーナはとんでもない事を言い出した。
「お姉様、大事な話があるの!」
リオーナがノックも無しに私の部屋に駆け込んで来た。
この子のこれは何回目だったかしらと私は考える。
(ダメだわ。いつもの事すぎてもう数え切れない)
私は、はぁ……と、ため息を一つ吐きながら尋ねる。
「……それで? 今日は何の話?」
「あのね、お姉様! 私、明日から学園の高等部に進学するでしょう?」
「そうね」
リオーナは、15歳。明日から私も現在通っている学園の高等部への進学が決まっている。
「実はね? 高等部に進学した私はそこで、素敵な男性たちと恋に落ちるの!」
「……は?」
どうしよう。誰か助けて。妹がおかしな事を言い出したわ。
素敵な男性……ならともかく……男性たちって何? 何で複数なの??
「驚かせてごめんなさい、お姉様。私もたった今、思い出したばかりなのよ。それで知ってしまったの!」
「思い出した? 知ってしまった? いったい何を?」
ますます意味が分からなかった。
私は頭を抱えながらもとりあえず話の先を促す事にする。
「とりあえず説明してちょうだい」
「あのね、お姉様の婚約者のアシュヴィン様は呪われているのよ。それで、その呪いを解けるのは彼と恋に落ちる私だけなの!」
「は?」
またまた、意味不明な発言が飛び出した。
「だからお姉様はいずれ婚約破棄されてしまう事になるのよ。ごめんなさい」
「!?」
全く理解出来なかった。私はますます頭を抱える。
「リオーナ。全く意味が分からないわ」
「え? だから、お姉様の婚約者のアシュヴィン様は呪われているのよ。それで、その呪いを解けるのはー……」
「ちょっと待って! そうではなくて……聞こえなかったわけじゃないの。だから、同じ言葉を繰り返して欲しいわけじゃないわ!」
私は慌ててリオーナを止める。
リオーナはどうして? といった顔をしているけれど、私はその言葉の意味が知りたいのよ。
私の名前は、ルファナ・アドュリアス。アドュリアス男爵家の長女。
私には、家同士の事情で結ばれた、何もかもが私と釣り合っていない婚約者がいる。
妹のリオーナが言うには、その私の婚約者であるアシュヴィン様がどうやら呪われているらしい。
……って、呪いって!?
さすがにその言葉は聞き流せない。
「リオーナ。呪いとは何なの?」
「呪いは呪いよ。え? もしかしてお姉様、呪いを知らないの?」
リオーナは無邪気な顔をして不思議そうに首を傾げている。
「何でそうなるのよ。アシュヴィン様が本当に何かの呪いにかかっているのなら、それは何の呪いなの? と、聞いているの。まさか命に関わる事とか……」
呪いとか信じたくないけれど、やっぱり内容は気になってしまう。
「あぁ……お姉様、安心して? 命に関わる呪いではないわ」
「そうなの?」
「でも、呪いの内容は言えないの」
リオーナは首を横に振る。どうやら、内容まで教える気は無いらしい。
「……それなら、どうして私にその話をしたの?」
「お姉様には余計なことをせずに早々にアシュヴィン様を諦めて欲しくて」
「諦める?」
その言葉に私は眉を顰める。リオーナは何て勝手な事を言っているのかしら。
「さっきも言ったでしょう? 彼の呪いを解けるのは私だけって」
「どうして、リオーナだけなの?」
私の疑問にリオーナは待ってました! と言わんばかりの満面の笑みを浮かべる。
「それは、私が“ヒロイン”だからよ! お姉様!」
「ヒロ……イン?」
「そう。ヒロインよ! アシュヴィン様の呪いはね、ヒロインの愛の力で解けるの」
「愛!?」
──どうしよう。ますます妹がおかしな事を言い出した!
「……」
「あのね、お姉様。私は“ヒロイン”だから呪いを解いてアシュヴィン様を幸せにしないといけないの」
「……」
「彼は私と恋に落ちて呪いが解けるのよ。だから、お姉様は婚約破棄されてしまうけど……仕方がないのよ。それがお姉様の……悪役令嬢の役割なのだから」
リオーナの言葉に頭の中がクラクラした。
なんだか情報量が多すぎる!! あと、やっぱり意味が分からない!
えぇと? 私の婚約者のアシュヴィン様がリオーナと恋に落ちて呪いとやらが解ける? そして私は婚約破棄される? それが私の役割で……悪役令嬢?
悪役ってあの物語とかに出てくるような悪役の事を指すの?
「ねぇ、悪役令嬢というのは何なの?」
「そのまんまの意味よ! 悪役なの。“ヒロイン”の恋の邪魔をするのよ」
「……つまり、私はあなたとアシュヴィン様の恋の邪魔者という事?」
「そうそう、そうなるのよ! 嫉妬したお姉様は私を虐めるの」
「虐め?」
私は思わず顔を顰める。だって、虐めだなんて穏やかな話ではない。
「それが“悪役令嬢”のお姉様の役目なのよ。でも、お姉様もそんな事をするのは疲れると思うし、面倒でしょう? だから、さっきも言ったけれどこうして先に話して、お姉様にはさっさとアシュヴィン様を諦めてもらおうと思ったのよ!」
役目とか意味が分からない……
「えぇと? ……とにかく、私はあなた達にとって邪魔者だから婚約破棄されるわけ?」
「さすがお姉様! 飲み込みが早いわ!」
「……」
リオーナはとても嬉しそうに言ったけれど、なんて嬉しくない褒め言葉なのかしら。
「あら? お姉様ったら変な顔をしているわ」
「当たり前でしょう? “婚約者に婚約破棄される”と言われて平然としていられるわけないでしょう?」
──そうよ。
たとえ……私がその婚約者に愛されていな…………いえ、むしろ嫌われていても。
私の胸がチクリと痛む。
「そうなの? お姉様なら平気だと思っていたわ」
「……どうしてそう思うの?」
「だって、お姉様とアシュヴィン様って仲が…………あ、でも呪いのせいもあるのかも……」
「え?」
ここで呪いの話が出て来て驚いた。
私は思わず前のめりで詳細を尋ねた。
「もしかして! アシュヴィン様の態度には呪いが関係あるの!?」
「当然よ! 私以外を愛せないんだもの!」
「……」
そういう事じゃないのに!
ダメだわ。これ以上追求してもこの子からまともな答えが返って来る気がしない。
もともと、リオーナは末っ子らしさの我儘で甘えた所はあったけれど、今日はますますおかしい。
いえ、おかしくなったと言うべきかしら?
「そういう理由だからお姉様、これから私とアシュヴィン様が仲良くなっていくのは、もう決まっていて仕方の無い事なの。だから許してね? 私はアシュヴィン様のルートに入りたいの」
「……」
いや、ルートって何?
そもそもだけど。
そんな事を言われて、はいどうぞ、なんて許す婚約者がいるとこの子は本気で思っているのかしら……?
意味不明な発言を除いても心配になる。
「物語は私が進学する明日から始まるのよ、お姉様!」
自称“ヒロイン”な妹、リオーナは心から楽しそうな顔でそう言った。