77. 天使としての役割
遠くから何度も呼ばれている声に俺は意識が戻ってきた。さっきの記憶はなんだろうか。
「先輩!」
ああ、呼んでいたのは桃乃だった。俺の顔を見て桃乃は驚いた表情をしている。
「すげー顔して……いたた」
俺の脇腹からは大量の血が溢れていた。少しだけ気を失っていたようだ。
これだけ血が出ていたら、ステータスアップしていてもさすがに痛い。
俺は目の前にいるクイーンデスキラーアントに刺されていたらしい。
いや、彼女"清香さん"に刺されていた。
たしかに何となくその時の記憶は残っている。
「ももちゃん、今すぐ魔法を発動させろ!」
俺は桃乃に頼んだ。
早く彼女を成仏させてあげないと、一向に彼女は家族と会えない気がした。だが、桃乃は俺に向かって魔法を唱えようとしている。
「桃乃違う!! 俺じゃなくてこっちを先にやるんだ!」
俺は彼女に同調して知ってしまった。俺達がこの人の嫌な記憶を目覚めさせてしまったことを……。
「でも、先輩が逃げないと!」
俺の脇腹に刺さっているクイーンデスキラーアント脚があるため、動けないと桃乃は知っているのだろう。
「いや、大丈夫だ! 早くやれ!」
俺はそれでも桃乃に魔法を唱えるように頼んだ。
いや、もはやこれは命令……パワハラなのか……俺は最悪な人間になった気がした。
「先輩!」
桃乃は必死に叫んで声が枯れている。
こういう時は本当に泣き虫なんだから。
この間みたいに必死に部長に逆らっていた時みたいに頑張って欲しい。
俺は彼女と一緒に死ぬ覚悟があった。俺が彼女の子供達を殺した罪滅ぼしになると思ったのだ。
♢
また意識が薄れていくと、真っ白な部屋の中で知らない女性と立っていた。
そして脇腹にはナイフが刺さっている。
「清香さん、ごめんね。俺がみんなを殺しちゃった」
俺の声にクイーンデスキラーアント……いや、清香さんは俺の脇腹に刺さっている包丁から手を離した。
痛いはずなのになぜか全く痛みを感じない。
「あなたのせいじゃないわ」
どこからか彼女の優しい声が聞こえてきた。きっと本来の彼女の声はこんな声なんだろう。
俺と彼女の足元にはボルケーノストライクの魔法陣が描かれていた。あと少しで魔法は発動されるだろう。
これで彼女は家族の元へ帰れる気がした。
「先輩! お願いだから逃げてください」
そんな中、桃乃が必死に泣き叫ぶ声が聞こえてくる。もう、声が出ないほど枯れているのに必死に叫んでいる。
「私はやっと大好きなあの人達に会えるわ」
「それはよかったですね。俺も会いたい人達がいるんです」
俺は大事な家族の顔を思い浮かべた。毎日会いたいと思っても会えない、あの人達の姿に俺は心が震えている。
「いいえ、あなたはまだ違うの。あなたにはまだ役目がたくさん待ってるわ」
「役目……?」
「ええ、あなたはこの世界で選ばれた天使よ?」
「天使?」
「ええ、だから私みたいな人達を救って……」
彼女はひとこと言って脇腹に刺さっていた包丁を引き抜くと、俺を強く突き飛ばした。
「ボルケーノストライク……」
それと同時に小さな声で呪文を唱えた桃乃の声が聞こえた。
魔法は発動された。
♢
気づくと俺の目の前には彼女ではなく、クイーンデスキラーアントがいた。
「がふっ!?」
俺はクイーンデスキラーアントに飛ばされ、その衝撃で木にぶつかった。
「キィエエエエエー!!」
クイーンデスキラーアントは燃えながら泣いていた。
その声はさっきまでの怒りの声ではなく、優しく温かい彼女の叫び声のように感じる。
「先輩!」
桃乃は飛ばされた俺に気づくと駆け寄ってきた。
もう美人の顔が台無しになるほど、目は赤く腫れて、顔はぐちゃぐちゃになっている。
「クソバカ!」
桃乃は俺の腹を殴った。いや、そこはやめてくれ。さっき刺されたばかりの場所だ。
それよりも慕われている後輩にクソバカと言われたことが、クイーンデスキラーアントの脚で刺された時よりも俺の心は痛かった。
桃乃は俺に回復魔法を唱えると、次第に傷は塞がっていく。
傷は塞がったが俺の心は痛かった。
「クソバカか……」
クイーンデスキラーアントは次第に動かなくなり、ついに叫び声も聞こえなくなった。
「倒したんですかね」
桃乃は動かなくなったクイーンデスキラーアントに指を差す。
「ああ、回収しに行こうか」
彼女の元へ向かうと、そこには黒く焦げたクイーンデスキラーアントの死体があった。
「お疲れ様です。家族と幸せに過ごしてください」
俺と桃乃は同時に触れて回収する。いつもならすぐに消える魔物の死体が、なぜかクイーンデスキラーアントは光輝き、光の粒は天へと昇って少しずつ姿を消していく。
今までと違う回収に桃乃は驚いていたが、俺は消えていく彼女の姿に心から謝罪の気持ちと幸せに暮らして欲しいと願う気持ちが溢れていた。
「清香迎えにきたぞ!」
「ママ早く!」
「お母さん!」
空から誰かが呼んでいるような感じがした。
静かに姿が消えていた彼女を優しく撫でると、どこからか声が聞こえてきた。
【ありがとう】
きっと彼女からの感謝の声だろう。その声はすごく優しく、楽しそうに笑っていた。
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