5.武器はまさかのそれですか?
俺は嗚咽を堪えながら必死に逃げた。ゴブリン達の足音がずっと一定の間隔で聞こえてくる。
後ろを確認していないため、追いかけて来ているのかもわからない。ただ、今は逃げるのに精一杯でそれどころではない。
「本当にここはどこなんだよ……」
日本のような雰囲気をしているが、建物は全て崩れ落ちている。あるのは建物の名残と自然のみだ。
震災の跡地と言われたら納得してしまうほど、街は荒れていた。
謎の生物であるゴブリンは追いかけてくるし、最後には初めて会った人間もすぐに殺されてしまった。
いや、あれは俺が殺したようなもんかもしれない。
逃げ回ったが時間の表記はまだ1時間も残っていた。いくらこの世界に入った影響で体力が増えたからってずっと走るのも限界がある。
屋根はないが隠れられる場所がありそうな建物を見つけた。俺は咄嗟に建物の奥に入りその場に座り込んだ。
中は柱がいくつも残っているが、中に物があるわけでもなく開けている。前後どちらから来ても逃げれるように位置取りはした。
何者かの足音は聞こえなくなった。きっと見逃して逃げ切れたのだろう。
肺の中に溜めていた空気を一度吐き出し、息を整えることで落ち着きを取り戻す。
あんなに走ったのは学生以来だ。社畜で運動不足の割にはよく頑張っていると思う。
そんな中、視界の端に浮かぶウィンドウの表示に変化があることに気づく。
「おっ、"NEW"って書いてあるな」
俺は逃げる前に袋マークを押してゴブリンが消えたことを思い出した。
少しずつ近づいてくるゴブリンから逃げるのに必死で表記が変わっていることに、気付いていなかったようだ。
俺がボタンを押すと、そこにはゴブリン2体と表示されていた。そして、下の方には"ゴブリンの耳"と隣に2の数字が表示されている。
「倒したゴブリンが自動的に回収されて解体されたってことか?」
いわゆるゲームの中で言うドロップアイテムが袋の中に表示されていた。
「このゴブリンの耳って何に使うんだ?」
袋マークを押すが特に変化はなく、何度も押すと麻の袋が手元に握られていた。袋マークは袋の口が空いている絵に変化している。
「何が入って……うっ……」
麻の袋を開けるとそこには少し尖った緑の耳が入っていた。血はついていなかったが、リアルな耳に俺はまた吐き気がした。
予想はしていたが、実際に見ると震えが止まらない。
そのまま壁に凭れて崩れ落ちていると、建物の入り口の方から笑い声が聞こえてきた。さっきまで追いかけてきたゴブリン達だろう。
「グヘヘ」
明らかに人間が笑う声ではなく鳴き声に近かった。声は1体ではなく最低でも3体はいるようだ。
静かに立ち上がり後方にある出口に向かおうとすると、足元に何かあったのか鉄が擦れる音がした。
「グヘッ!?」
咄嗟に口元を押さえて息を呑む。ゴブリン達は何かがいることに気づいたのだろう。辺りをキョロキョロと警戒し、音が鳴った俺の方に近づいてきた。
耳が長いのは聴覚が発達しているのかもしれない。
その距離は柱を挟んで、わずか10m程度だった。ゴブリン達は横並びに歩いているため、柱に隠れてる俺が見えないのだろう。未だに周囲を警戒している。
俺は息を潜めながら、近くにあった石をゴブリンの後方を目掛けて投げた。やはり聴覚が発達しているのか、石が落ちた瞬間に振り返っていた。
「グヘッ?」
しかし、音が軽いと気づきゴブリンはすぐに柱の方に視線を戻した。どんどんと俺の方に近づいてきている。
俺は決心してさっきより大きめの瓦礫を同じ場所に向かって放り投げた。あの重さのものを投げられるのも、インデックスファンドによるパラメーター上昇のおかげだろう。
今度はさっきより音が大きく鳴り響き、ゴブリン達は全員振り返ったのだ。俺はその瞬間を待っていた。
足元にあった大きめのスコップを手に取り、大きく振りかぶった。さっきの鉄が擦れた音はスコップの金具の部分だ。
「グゥエ!?」
近くにいたゴブリンに当たり、そのまま隣にいたゴブリンも巻き込まれ倒れている。一番遠くにいたゴブリンは咄嗟に後方に下がって避けていた。
俺は脚に力を入れ、おもいっきり踏み込んだ。予想とはかけ離れた加速に俺は戸惑う。
「えっ、ちょ……」
思った以上の加速に俺はそのまま倒れ込むようにゴブリンに突撃した。
「グォ……」
「痛たた……」
すぐに体を起こすと体中が血だらけになっていた。目の前には首にスコップが刺さり、離れたところにはゴブリンの頭が転がっていた。
「グォー!」
後ろから聞こえるゴブリンの声に俺はすぐにスコップを抜き取り、体を回転させるようにスコップを振り回す。
なぜかすぐに振り向かなければいけないと全身で感じた。
何かに触れる抵抗感を感じても、そのまま押し込むようにスコップを振り回す。
スコップは大きく風を切った。
大きな音とともにゴブリンが倒れると同時に空からはゴブリンの頭が落ちてきた。
俺の想像していたスコップとは異なり、この世界のスコップはナイフのように鋭く、ゴブリンの首を呆気なく切り離すほど恐ろしい農具だった。
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