使用人・1
私達の大切なツェリお嬢様を蔑ろにする婿とその愛人と娘。
早く早くマイト様が成人の年を迎えて欲しい、とどれだけ思っていただろう。マイト様が成人するまではどれだけツェリお嬢様が蔑ろにされていても、我慢して欲しい、とご当主様直々に、死の間際に私を含めた使用人達に頭を下げて頼まれたからこそ、歯を食いしばって耐えて来た。お嬢様もそれを知っていたからこそ、兄であるマイト様にご当主様が亡くなった知らせを出しても帰って来なくて良い、と書き添えていた。全ては、マイト様が成人して直ぐに公爵家当主の座に就けるように。
他国への留学は表向き。本当の目的は亡き先代当主様の妹様の嫁ぎ先にて力を付けるため。亡き先代当主……私達は“ご当主様”と呼ばずに名を呼ぶよう仰せつかっていたため、マシェリ様と呼んでいましたが、そのマシェリ様の妹であるヒカリ様は隣国の王弟殿下に嫁がれておられる。そのことをマイト様とツェリ様の父にあたるあの婿は知っている筈なのに、マイト様という跡取りが生まれた後から愛人を囲うようになった。マシェリ様の父君で先先代当主の時から執事の地位を賜り、マシェリ様の代には筆頭執事の地位を賜った私は、マシェリ様に何度も苦言を呈しておりました。その度にマシェリ様は「離婚なんてしたら、マイトとツェリに悪影響だから」 と頑なに拒まれていました。
おそらく、マシェリ様はご自分が病を抱えて先が短いとご存知だったが故なのでしょう。だから離婚出来なかった。この国では男尊女卑が激しい。その上をいくのが血筋。
だから公爵家の血を引くマイト様とツェリお嬢様は王家からも他家からも敬われるのは間違いない。
しかし。男尊女卑の激しいこの国で“夫”と離婚して独身である女当主は軽んじられる傾向にある。当然夫から離婚された嫁いだ妻など、女当主よりも悲惨。血筋が高貴であってもかなり陰口を叩かれ見下されるが、それが低い身分ならば更に酷いもの。そして“夫”が居ないだけでどれだけ高貴な身分でも、女当主は見下されてしまうから。
マシェリ様が軽んじられ見下されることは、デホタ公爵家の血を引くとはいえ、マイト様とツェリお嬢様が同じ目に遭うことも予想されます。血筋が一番であるのに、男尊女卑が激しいお国柄だから、非常に女性は生き難い。だからマシェリ様は、あの婿と離婚出来なかった。
マシェリ様が病に罹っておられなければ、再婚相手を内々に確保してからあの婿と離婚し、直ぐに再婚していたでしょう。その再婚相手は婿の立場をきちんと理解して、当然愛人を持つこともしなければ、マイト様とツェリお嬢様を尊重してくれるような者だったはず。
返す返すもマシェリ様のことが惜しまれてなりません。
そして、血筋を大切にするけれど、法では成人していないと爵位が継げないことになっています。マシェリ様は元気だった頃は直々にマイト様とツェリお嬢様の教育に携わっていましたが、病に罹ってから即断でヒカリ様のもとへマイト様を、留学を理由に出しました。婿が囲った愛人の子が女であっても、婿がその女を跡取りにしようと企むかもしれない、と思ったからでしょう。マイト様を万が一にでも廃嫡にしないために。
困ったことに、婿は婿の自覚が無く“公爵代理”の権限を持っていることを自分が“公爵”である、と思い違いをしていました。もちろん、普通ならばそんな思い違いなど歯牙にもかけなかった事でしょう。しかし、この国は男尊女卑の激しいお国柄。マシェリ様への風当たりは“デホタ公爵家”の血を引いていてもかなり強いもので。一定数の貴族家当主の中には、真の公爵家当主であるマシェリ様よりも、何かの折には当主の権限を持てる“代理”である婿の方をマシェリ様より認めていた所もありました。
まぁ、そういう貴族家当主達がチヤホヤするものだから、ただの婿を増長させていたわけです。
尤も、貴族家当主達はマシェリ様が当主であることはご存知でしたし、正当なデホタ公爵家の血筋でもあることは理解していたため、婿のことを揶揄い半分でマシェリ様より上だとばかりにチヤホヤしたのでしょう。
それを本気に受け止めて自分はマシェリ様より上だ、と思い違いをした挙げ句自分が“公爵”だと勘違いした婿。さすがに一部の貴族家当主達も“本気で”己を公爵だと思い込んだ婿の思考がおかしい事にだんだんと気づいて距離を置きだしたようですが。婿はそれにすら気付かなかったので、未だに己が“公爵”で、だから跡取りはマイト様から愛人との子に変更も出来る、と思っていた。
自分の血がデホタ公爵家の血を引いているから。
というのも貴族は高位貴族であればあるほど、婚姻による縁戚は増えていきます。故に、あの婿もかなり薄いとはいえ、デホタ公爵家の血は継いでいる。しかし、正当な血はマシェリ様であり、マシェリ様のお生みになられたマイト様とツェリお嬢様であって、あんな婿とその愛人の子がマイト様とツェリお嬢様より上のはずがない。大体、あの婿の伯爵家は、デホタ公爵家の血縁者が嫁いでいるとはいえ、あの婿より数えて六代前か七代前のことのはず。家系図を見れば、詳しく分かるでしょうが、それ程薄い血というのに、何故、マシェリ様やマイト様・ツェリお嬢様より自分が上だと思い込んでいられるのか……。
あの婿以外、伯爵家はまともな思考の持ち主だったからマシェリ様の婿に決まったというのに。教育の失敗なのか、元々の気質なのか。何にせよ、あの婿は思考が自分の都合の良いことに働く。
マシェリ様は婿のそんな思考に気づいていたかのように、マイト様を隣国へ留学させ、ヒカリ様と夫君であらせられる王弟殿下にマイト様のことを頼んだと仰られました。王弟殿下直々に当主としての教育を施してもらうよう手配したようです。そして成人したと同時にマイト様が公爵になれるように、成人するまでは何があっても帰国するな、と強い意思をお見せになられてました。
ツェリお嬢様を手元に残したのは、マシェリ様自身、子を二人も出してしまうのは寂しかったのでしょうが。ツェリお嬢様までデホタ公爵家から出してしまえば、益々婿が増長することにお気付きになられていたのでしょう。
その上、ツェリお嬢様は、第一王子殿下と第二王子殿下と同い年にお生まれになってしまった。どちらかの婚約者に、と王家から内々で打診もされておりました。マシェリ様であっても王家に断るのは難しいもの。断るにはそれ相応の理由が必要でした。例えばツェリお嬢様があまりにも勉強が出来ない、とか。例えばツェリお嬢様があまりにも身体が弱くて子を産めそうにない、とか。そういう理由です。
そんな理由が無い以上、王命で決められてはいなくても内々で打診されている時点で臣下の身であるデホタ公爵・マシェリ様に断ることは出来なかったのです。それもあってツェリお嬢様を隣国へ出すことは難しいものでした。
お読み頂きまして、ありがとうございました。