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友人

 デホタ公爵家のツェリ様は、お人形令嬢と呼ばれていた。その美しさが人形みたいだったこと。高位貴族ならば誰でも淑女教育の一環として表情に感情を乗せないことをマナーとして学ばせられるけれど、そのマナーが完璧であまりにも表情を動かさないこと。だからお人形令嬢。でも、賢くて誰に対しても平等に接して所作も綺麗で令嬢ならば誰しも憧れる完璧な存在。それがツェリ様だった。

 私もツェリ様に憧れる一人だった。

 しがない子爵家の娘だけど、ツェリ様を見習って苦手な勉強も頑張ったし、所作も綺麗に見えるように努力した。友達からもティーカップを持つ手が……指先まで綺麗に揃えられてて美しい、とまで言われたの。一つでも褒められるって嬉しい。だから益々ツェリ様に憧れた。学園入学前に時折見かけるだけ。お近付きにもなれないし、友達になんて更になれない。だけど遠くから見て真似るだけでもツェリ様に少しでも近付けると思っていたから、それで良かった。


 入学してからもツェリ様は変わらなかった。


 誰に対しても常に平等。同じように接する。

 そこでふと気づいた。

 ツェリ様は本当に私と同じ人間なのだろうか、と。

 どんな人でも良い感情を持つ相手もいれば悪い感情を持つ相手もいる。

 自分自身でさえ、体調や何となくで気分が良かったり悪かったりするわけで。いくら淑女教育では感情を見せないと言われていたって、それが完璧な人なんているだろうか。

 誰だって好意的に見てくれる相手には自分も少しは好意的になるだろうし、逆に嫌悪を向けられれば自分も嫌悪を抱くと思う。

 今までは当たり障りの無い付き合いをする方達か、本当に仲の良い方達としか付き合って来なかったけれど。

 学園に入学してからは、当たり障りの無い付き合いをする方達が多いし、苦手とする方達とも付き合わなくてはならなくて。顔が引き攣らないで苦手な方に対応出来ているのか、と悩みながらも付き合って来た。時に他人への悪口にも同調することで自身を守って来たけれど。


 ふと見ればツェリ様は、全く変わらない。


 それで思ったの。私はこんなにも苦手な人に対して苦労しているのに、ツェリ様は誰に対しても変わらない。変わらないのは凄いと思うけれど……もしかして誰に対しても好悪の感情が無いのかもしれない、と。それはつまり誰に対しても無関心で、だからこその人形令嬢だ、と。


 だけど。

 それが私は嫌だった。

 “他の誰か”と同じ“私”じゃなくて。

 ツェリ様にとって唯一の“私”になりたかった。

 どうすればいいのか毎日毎日寝る前に考えたわ。

 親しい友人として接しようと思ってもツェリ様は誰に対しても変わらない。

 第一王子殿下と第二王子殿下に対してさえ、公平なの。

 ということは。

 私がどれだけ親しくしようと思ってもツェリ様は変わってくれない。

 友人になんてなれない。いえ、ツェリ様は友人を欲してないのではないかしら。


 だから。

 考えを逆にしたの。


 ツェリ様の異母妹であるペイジ。

 あの女は、自分も公爵令嬢だと思い込んでいる哀れな子。そして唯一のデホタ公爵令嬢であるツェリ様を目の敵にしている愚かな子。

 ペイジが公爵令嬢じゃないなんて、殆どの貴族家が知っているわ。

 ペイジをデホタ公爵令嬢だと勘違いしているのは、爵位を賜ったばかりの新興貴族か、平民くらい。


 でもね。

 ペイジを公爵令嬢とは思っていない人達でも、ツェリ様を妬んだり疎ましく思ったりしている人達がいるの。そういう人達がペイジを取り囲んでツェリ様に悪態を吐くペイジを持ち上げて同調してみせている。そうして自分達の鬱憤を晴らしているの。

 私もその中に身を投じたわ。

 あからさまにペイジの言い分を肯定しないけど、同調するように振る舞った。

 そしてそんな愚かな振る舞いをする私達をツェリ様が認識してくれるかもしれないって思ったの。


 結果は。

 最初だけだった。


 ツェリ様は初めのうちは、ペイジや私達を見た。見てくれた。けれど、無反応だったの。そして、最初に見た後は存在そのものを無視するかのように、チラッとも見ない。まるで私は存在していないかのような。そんな印象を受けた。

 ペイジや他の人達は、そんなツェリ様に対して更に悪態を吐いていたけれど。


 私は絶望したわ。


 こんなことでさえ、ツェリ様は変わらないの。

 それどころか、私の存在さえ見ていなかった。

 こんな。

 こんな事ってある?


 ツェリ様と友人になりたかった。

 でもツェリ様は私を見ない。

 だからペイジの友人という立場を手に入れた。

 ペイジと一緒にツェリ様の悪態を吐いたの。本心じゃないけど。でも、ツェリ様に“私”の存在を知らせたかったから。気に留めてもらいたかったから。 


 でもツェリ様は私の存在を無視したの。気にも留めない。私の存在に気づいてくれない……っ。


 その絶望。

 誰にも分からないでしょうね。


 だから。

 だから“私”の存在をツェリ様に知らせようと。


 ーー私は一階のお手洗いを使用するために入って行ったツェリ様を追いかけて。


 その背中に声をかけて。

 ツェリ様が“私”のために振り向いてくれたことを嬉しく思いながら……


 窓際にツェリ様を追い込んで


 ーー私はツェリ様の身体を思い切り突き飛ばしたの。


 一階だから、大怪我なんてしないわ。

 そう思い込んでたの。

 ちょっとだけ驚いた顔で私に助けを求めるように手を伸ばしてきたツェリ様を見て。

 ようやく

 ようやくツェリ様の視界に“私”が映ってくれたことが嬉しくて。


 そして私はツェリ様を助ける事なんてしなかった。


 窓と共に外へ倒れたツェリ様に気づいた誰かが。

 教師を呼ぶ声に我に返って。

 私はそそくさとお手洗いから消えたの。

 ツェリ様が倒れたことで皆が混乱していて、誰も私に気づかなかった。


 翌日。

 ツェリ嬢が学園に来なくて。

 でも、私は酷い怪我をしているとは思っていなかったから。さすがのツェリ様でもあんなことが起きたら学園を休むのね、なんて呑気なことを考えていて。


 それから十日。

 私は……学園に乗り込んできたツェリ様のお兄様でデホタ公爵家の跡取り子息の強い抗議で。


 ようやくツェリ様の状態を知ることになって……私は。

 私は再び、ツェリ様の視界に入らない事態……私の存在を忘れてしまった事態に絶望したわ。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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