保健医・1
「記憶喪失、ね……」
私は眠る彼女を見てハァと溜め息を吐いた。彼女は嘘をついていない。それは保健医の私の目から見ても、そしてーー王家の影を務めている私から見ても、解った。
私はこの国の国王陛下に仕える影の一族の者。
現在、この学園には第一王子並びに第二王子が通われている。それも、同い年だ。どちらも王妃殿下の子で双子なのだが、仲は険悪。その上、能力的に差異が無く、どちらが立太子されても表向きは国の未来に憂なしであろう。
現実は、どちらの王子も性格に難有りで、どちらが王位に着いても国の未来というより、周囲の者達は苦労する未来しか見えない。
互いに相手の性格を貶しているけれど、自分は悪くない、と思っているのだから厄介。
尚、私がこんな不敬な事を考えても内心だから、問題無い。いや、多分、私の内心がこんな感じだから今の役目を与えられたのだと思う。
本当に影として教育されている場合、感情も心も無い、傀儡だ。当然意思もない自力で動く傀儡。けれど、稀に意思も心も感情も失くすように育てたはずなのに、残ってしまう者が居る。ーー私のように。
影は王家の人間を守るためだけに存在するが、同時に敵には容赦無しで居るために簡単に人が殺せるよう、傀儡になるべきだから、本来なら残らないように育てる。
それでも残ってしまう者は、影として失格。落第者。本来なら用済みとして消されていた私だけど。影の教育を受けている際に、薬学への知識が現在の影達の中で突出していた。毒も解毒薬も傷薬も病の薬も何でも作れる事から、生き残っているだけの、存在。
それでも生き残れるのだから、それで良い。
そう思っていたが。
思いもかけず、学園の保健医として潜り込んで、第一王子並びに第二王子の観察者になれ、と王命が下った。
学園は15歳から4年間在籍するわけで、その4年間で、どちらが立太子するのに相応しいのか観察して報告せよ、というわけだ。時と場合により、王子達の命も守れ、という命付きで。
万が一、2人共に差異が無ければどうするのか?
などという愚問は抱かない。
現在在籍4年目18歳の双子の王子の下に14歳の第三王子が居る。双子が男児だった時点で王位継承に問題は無いはずだったが、3歳から行われる王族教育を受ける前から双子は仲が悪く性格も難有りの片鱗が見えていた、らしい。詳しくは知らないが、それが本当ならば、性格に問題が有るのは筋金入りという事で、矯正出来ないまま今に至る、という事だろう。
まぁ、それなりに優秀だから多少難有りでも簡単に廃籍出来なかった、という所か。
さておき。
そんな双子に万が一を考えた国王陛下と王妃殿下の間に3人目の王子が生まれた。
第三王子だ。
性格は穏やかで少々優しすぎる上に病弱だが、兄達と同じで学力は優秀、と聞いている。
時に非情に徹し孤独に耐えられる心と激務に耐えられる身体が手に入れられるのであれば、第三王子の立太子の可能性も無くは無い。それ故に護衛の数が第一・第二王子よりも多いと聞いている。
そんな王太子争い……つまり王位継承争いだが、第一王子と第二王子に挽回のチャンスが無いわけじゃない。
それが、この保健室のベッドにて眠る彼女ーー
ツェリ・テラ・メーベ。
この王国に3つある公爵家の1つ。デホタ公爵家の長女。
先先代の国王陛下の妹君が降嫁された家の娘。
彼女を婚約者に出来たら間違いなく立太子される。
デホタ公爵領も他の2つの公爵領と同じく栄えているし、持ち回りの筆頭の座を現在有しているのだから後ろ盾としてはこの上なく素晴らしい。
他の2家は、令嬢ではなく1人は婿を取り、1人は嫁いでいるので、双子の王子達と年回りの近い令嬢は居ない。後は6つある侯爵家の令嬢達。4家はこの学園に通っている。2家は第三王子に年回りが近いので、どちらかが第三王子の婚約者になるだろう、と言われている。
そして6家の侯爵家のうち持ち回りで筆頭の座が変わるのだが、その筆頭侯爵家が厄介な事に第三王子に近い年齢の令嬢なのだ。やはり筆頭と筆頭ではないのでは、格が違う。
尚、筆頭の座が持ち回りなのは、公爵家も侯爵家もあまり力に差異はない。というより、金銭的な問題だ。
筆頭の座に就けば、その地位に見合った分の金を何事にも掛ける必要が有る。つまりまぁ、王家が公爵家・侯爵家に金を貯め込ませないために、定期的に筆頭の座を持ち回りにしている、ということ。
デホタ公爵家は今、金が有るというわけだから、双子の王子達は是非とも自分の婚約者にしたいところだろう。つまり、彼女の気持ち次第で王太子が内定するようなもの。
しかし、デホタ公爵は、双子から申し込まれているため、答えられない、という建前の元、娘に婚約者は付けていない。彼女がどちらを選ぶか任せている、と言えば聞こえは良いだろうが、その実態は違う。
ツェリ嬢は、真のデホタ公爵令嬢で有るにも関わらず、家族から疎まれている。
それ故に、公爵がツェリ嬢に婚約者を付けていないのが真相だ。
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