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兄・2

 そして私は公爵家へ、生家へ帰るべく馬車に身を任せ流れる景色を見ながらも先ずは当主の指輪と印璽を手に入れ、王城で公爵位を引き継ぐ手続きを取る。指輪と印璽に加えて義叔父の手紙と推薦書を出せば、直ちに認められるだろう。爵位継承に関する陛下からの言祝ぎなどどうせ爵位継承のパーティーを開かなくてはならないから、そんなもの後回しにしてもらうとしよう。


 それから父親と愛人とその娘を追い出す、と決める。どうせ五月蝿いだろうから筆頭執事には到着次第黙らせるよう通達しておこう。それから無理やりにでも父親に親子の絶縁書にサインをさせ平民にしてから、愛人とその娘が散財し、立て替えてやったデホタ公爵家の金を回収するために三人まとめて働き口を紹介しなくてはならない。確か義叔父の話では隣国との国境付近の街で、人手不足が指摘された、と。何の人手不足かと言えば国境警備の欠員と修道院と併設する孤児院の下働き。国境警備の人員は基本的に確保されているし、戦時中でも無いため欠員が出る事はないのが通常。だが偶に王都の華やかさが忘れられず国境の街から逃げ出す若者が居る。王都から離れている分、荒っぽい者もいるし華やかさは欠いているからな。実際、出国時も入国時も通って見て来たから華やかさが無いのは分かる。


 元平民の愛人とその娘は贅沢になれてしまったし、父親はあれでも生粋の貴族だったから王都から離れて生活するだけで十分罰になるだろう。その上で働いてもその賃金の半分以上はデホタ公爵家への借金返済に充てられて必要最低限生活出来るだけの金しか貰えないのだから働いても働いても生きるのに精一杯だろう。逃げようとしても逃げられない。街全体で監視するよう国境を預かる領地の当主に街の主にも話をつけるからだ。有り体に言えば監視代を支払うということ。これで逃げることは出来ない。尚、金は街の人間一人ずつに支払う。懐に入れて私腹を肥やされるわけにはいかない。街全体で監視をしてもらうのだから。


 それが終わったら国王陛下に義叔父の存在をチラつかせよう。第一王子と第二王子を引き下がらせるために。それから義叔父の密偵からの連絡でツェリを蔑んだ一部の学園の生徒達には親達へ叱責の手紙を、生徒達自身には学園長を締め上げよう。生国と隣国では、隣国の方が国力が上だ。国王陛下でも義叔父である隣国の王弟殿下の存在を匂わせられたら手を引くしかない。学園長ならば尚更。それからツェリが学園へ通っていたいか、退学したいか確認して。友人を作りたいと言えば望む通りに。私も隣国で従兄弟達を含めた学園生活で沢山友人を作ったのだから。退学したいのならそれもいい。私はツェリのしたいことをさせてやりたい。


 そんなことを考えていた私の耳に、ツェリの異変を聞かされたのは、叔母の元を出立してから七日目。隣国と生国との国境で入国審査を受けた直後、だった。珍しく義叔父の密偵が私に直接会いに来たから何か有ったとは思っていたが。


「ツェリ嬢が何者かによって窓から突き落とされ、記憶を失いました」


 ようやく会える愛しい妹の、記憶喪失という異変だった。


 そこからは、馬車ではなく馬に乗って駆けた。荷物等は後から頼む、と御者に託し馬を休ませる意味と自分が倒れては元も子もないという義叔父の密偵の意見を聞き入れて休みながらも三日間駆け続けた。三日目の早朝、本来なら今日の昼過ぎに着いただろう生家である公爵家に到着した。門番は私の顔を知っている昔からの門番。直ぐに筆頭執事を呼びに行き、筆頭執事は目を潤ませながらも私を労い、埃塗れの上着を脱がせてくれながらツェリの状態を教えてくれた。


「ツェリお嬢様は、味方はお兄様しか居ない、と」


 それを聞いた私は本当に記憶喪失なのか確認してしまった。義叔父の密偵の早とちりか、と。しかし筆頭執事は記憶喪失だと言う。執事の顔も分からず、他の使用人達のことも知らない。兄が居る、と脳裏に言葉が出ただけで兄の顔も名も分からない。それでも信じられるのは兄だけだ、とお嬢様は仰られました、と執事が言う。父親や愛人や愛人の娘にはツェリが記憶喪失だということは言わなかったが、学園で窓から落ちたことは知っているはずなのに、誰一人としてツェリを見舞うこともなければ、使用人の誰にもツェリの状態を確認しないらしい。


 全く以って切り捨てることに罪悪感を覚えさせないでくれて助かる。執事にはツェリの状態を確認したら、一旦王城へ行き、公爵家当主の座を継承する手続きに入るため、印璽と当主の指輪を取って王城へ向かうことを告げた。


「手続きが終わり次第、婿と愛人とその娘を追い出す」


 あんなのを父親だとはもう思わない。

 ツェリに衣食住を与えていればそれでいい、とでも思ったのか。

 ツェリだけが私の血を分けた家族であり、デホタ公爵令嬢だというのに。

 娘が怪我をしたというのに気にせず見舞いもしないような奴など要らん。父親などとも思わない。

 頭を下げた執事を後にしてツェリの部屋を訪れる。早朝だからかツェリは寝ていたが、その寝顔を見ようとしたら目を開けた。起こしてしまったか。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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