使用人・3
ツェリお嬢様は蔑ろにされていましたが、食事を与えないとか、必要最低限の物すら買えないとか、そういった事はありません。あくまでもあの婿は“公爵代理”であって、公爵ではないため、公爵当主の印璽も当主の指輪も手にしていないため、私達使用人一同に“公爵”として命令は出来ないのです。一応仕事は最低限ですが出来る婿なので“公爵代理”として執務を行っています。それは王城の文官達や大臣・宰相・国王陛下も“公爵代理”として婿を認めているだけのこと。認めなくては公爵領や公爵としての仕事が回りませんので。
しかし、それはあくまでも“公爵代理”として権限が使用出来る範囲内なので、代理を超えて公爵の権限の範囲内に関わって来るような書類などは私が留めています。婿は自分で王城まで書類を持って行かないので、そういう所は気楽です。婿は自分が公爵だと思い込んでいるので、王城から返事が来ないことに訝しむことも有るが、私がのらりくらりと返事をすると勝手に王城の文官達の怠慢だ、と思い込む単純な頭。これで何故公爵でいられると思えるのか不思議ですがまぁ気付かないならそれでいい。
そうして公爵代理としての権限の範囲内で仕事をさせて最低限公爵家が回るように調整し、侍女長から上がって来る愛人と娘の浪費に関するツケを“デホタ公爵家”の支払いとしてではなくデホタ公爵家が代わりに支払っておいて、マイト様がご帰国され当主の座に就いた暁には、婿達と縁を即刻切った上でその代金を回収出来るように、別に帳簿を作成してある。これをマイト様にお見せするだけでいいのです。尚、愛人とその娘には自分でデホタ公爵家の人間というサインはせず、使用人にさせるのが貴族だ、と言い含めており、私達使用人は、デホタ公爵代理としてサインをしておく。代理と記入することで、後々デホタ公爵家を出された婿一家が支払う物と第三者が見ても納得出来るようにした。
普通は、貴族の買い物でもサインは本人がするものですが、平民出身の貴族と勘違いしている愛人とその娘ではそんなことは分からないですからね。騙される方が悪い。
そんな日々を過ごしていたところ。
マイト様の誕生日十日前。
隣国の王都からこの国の王都まで馬車で十日の日程ですが、その日、デホタ公爵家に激震が走りました。
ツェリお嬢様が窓から身投げしたというのです。
それは絶対に有り得ない。
私達使用人一同を守るため、マイト様が帰国するまで頑張っておられたツェリお嬢様が身投げなどするわけがない。
学園からの連絡を受け、学園へツェリお嬢様を迎えに行った私に対してツェリお嬢様は「誰?」 と仰られたのでございます。
その衝撃たるや、言葉も出ず。
デホタ公爵家筆頭執事だと述べた私を警戒する眼差しを送って来るツェリお嬢様。
保健医の話では、お嬢様は記憶を失っておられる、とのことで……しかも、こっそりと耳打ちされた所によればツェリお嬢様は誰かに窓から突き落とされた、とのこと。
一階だったから命はあったが下手をすれば死んでいたかもしれない、と言われ……腸が煮えくり返るとはこういうことを言うのか、と思ったものです。
そしてお嬢様は、兄だけが信用出来る、と仰られたとのこと。
それは、マイト様のことに他ならず。
隣国の王都を出立したとの連絡をもらった私は、マイト様のお帰りを待つしか出来ないものの、それまでは命に替えてもツェリお嬢様をお守りせねば、と決意致しました。
保健医は記憶喪失の件を学園長並びに国王陛下に上申し、同時に事故では無いだろうことも報告、またツェリお嬢様の記憶が戻るまでは、医者としての観点から休学するよう学園長に進言するとまで言ってくれました。私は感謝を述べてツェリお嬢様が休学する手続きを行い、後は保健医に頼んだのです。
そうしてツェリお嬢様には
「マイト様……お嬢様のお兄様がご帰国されるまで、お部屋から出ませんように」
と言い含めました。私達使用人も警戒対象ならば、その方がいいだろう、と判断したためです。ツェリお嬢様は少し考えてから「あなたを信じましょう」 と頷いてくれました。こういう所は記憶が無くてもお嬢様だ、と私は嬉しさを覚えました。
さあ、マイト様がご帰国され、この公爵家にご帰還されるまでの十日間、ツェリお嬢様をお守りしましょう。
それがマシェリ様とマイト様の願いでもあるのですから。
ーーツェリお嬢様を突き落としたのが愛人の子であろうとなかろうと、誰であれ、許し難い。デホタ公爵家にケンカを売った事をマイト様は見逃さないでしょうし、私達も許さないのです。
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