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隠れ里  作者: 葦原観月
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神の子

変化のない、島に大きな変化が起こります。

「せんせ、ほんに行ってしまうか……島の英雄じゃ。噂なぞ、気にせんでよかね」


 荷を船乗りに渡し、白に目を眇めた平佐田に吉野が言う。いい人だ。


「はぁ。気にはしちょりません。ただ、本土から呼び出しが懸かったんで。吉野様と一緒ですよ。上役には逆らえん」


 嘘ではない。実際に沢蟹から文が届いたのだ。折しも島の英雄・平佐田せんせが元凶だと噂され始めた頃。


――二人の島人が消えた――

 

島中を駆け巡った話題は、大いに島人の興味をそそった。

 まだ子供の域を抜けきらない二人の失脚は、様々な憶測を呼んだ。大捕り物の後であるから、人攫いが一番の意見ではあったが、心中の噂も多かった。二人が〝生まれ変わり同士〟であるとは、平佐田は当然のことながら、島人にもかなりの衝撃を与えたようだ。

(はぁ、それで、滋子の真似が上手かったのか)と、平佐田自身、変に納得したものだ。


 真実はともあれ、いなくなった二人――智次と時子は、いずれも平佐田と深い関わわりがある。信仰深い島人が、英雄となった余所者に疑いを抱くは、詮無きことだと平佐田自身、思っている。

「せんせ、いや、兄ちゃん。儂らは、ちぃとも兄ちゃんのせいだなんぞ思うとらん。兄ちゃんが好きじゃ。ずうっと島におって欲しい」

 まばらになった教え子の中、苦手な読み書きに精を出す時頼の言葉は、何よりも嬉しかった。智頼を初め、宗爺や惟清らも噂の元に抗議の意を示してくれている。平佐田にはそれだけで十分だ。


 だが、所詮は余所者、島のいざこざの元には、なりたくはない。噂を立てている元もまた、島を守りたいがために、余所者に穢れを背負わせ、とっとと追い出してしまいたいのだ。

 それで島の混乱は、とりあえず祓われる。


(よかよ。おいが、そげなことで島の役に立つなら)


 平佐田は思っている。島は、島人の物だ。余所者には思いもよらないほどの愛着が、そこにはある。島が好きだからこそ、平佐田も甘んじる決心をしたのだ。それでも……


(なんの取り柄もないおいが、明日からどうやって妻を食わしていこう)


 実際は肝が潰れるほどに気を縮めた平佐田に、「帰ってこい」の通知をくれたのが、沢蟹で、間がいいのか悪いのかは健在だ。

 感心しながらも、平佐田はさすがに今回は、感謝した。山川薬園内で様々な予期せぬ出来事が続き、人不足が限界を超えて〝密命〟なんぞに関わっていられぬ事態らしい。


「大殿もな、節約には辟易としておられる。薬園の危機じゃ。これ以上の薬園閉鎖は、大殿にも痛手じゃろうよ」


 確かに。節約のため、多くの薬園が閉鎖された。

 大殿は『質問本草』に力を入れておられる。領内でも、大規模な山川薬園を失っては、面目も立たぬであろう。

 智次と時子の失踪には心残りはあるが、平佐田はすぐさま、島を出る決心をした。余所者が消えれば、島の中は、また平常を取り戻す。大好きな智頼や時頼にも、これ以上の苦労は掛けたくはない。


「ほな、行きまひょ」

とっとと支度を始めた滋子には驚いた。

 だが、「うちは、旦さんのもん。あんはん行く場所、うちの居場所どす」きっぱりと言った言葉に胸が熱くなり、「はよう、段取りせんな」と背を叩かれて、じんと来た腰に噎び泣いた。


「いずれ落ち着きましたら、必ずや。先生には是非、島人になっていただきたいと仰っています。学舎も準備いたしましょう。先生、お帰りをお待ちしております」

 丁寧に腰を折った初に恐縮し、じっと見つめられる白い目にドキドキする平佐田に、

(我が手に入れるはずの宝玉を譲ったのですから、我の我儘も、聞いてください)

 静かな脅しが頭いっぱいに広がって、胸が詰まった。


 智頼、時頼を初め、多くの島人に見送られた平佐田が、気合いを込めて筆を執り、「なんしてはるん?」退屈げな滋子の視線を置き去りに、熱中した「報告書」の内容は……

 激しい〝船酔い〟によって、海の彼方に消えた。

         



 滋子、達者にしちょるか? せんせの腰は平気か? 日々の鍛練で、ちぃとは丈夫になったかの?

 子は……そろそろかの。本土の暮らしにも慣れたろ。楽しみじゃ。

 島は相も変わらず――と言いたいところじゃが、近頃ちぃと騒がしい。

 まぁ、まずは朗報が一つ。徳子さんの縁談が決まった。師忠さんとこに後妻に入る。


「儂も年貢の納め時か」なんぞと言うとるが、結構、嬉しそうじゃ。「儂が滋子に知らせといちゃる」言うたら、「宗爺、恥ずかしいから、やめてくれ」と小娘のように赤くなりおった。

 もしかすると、おまんとこよりも、先に子ができるかもしれんぞ。師忠は、よか男じゃ。子らも皆、育っちょるし、手も掛かるまい。智頼さんが大層に世話を焼いてくれての。ほんに、あれは頼りになる男じゃ。


話は後一つ。おまんに心配を掛けたくない、言うて、徳子さんは黙っとけ言うたがな、やはり、そういうわけにはいくまい。いずれお館様から、せんせに文が届くじゃろ。

 時子が戻った。まだ、ひと月ほど前の話じゃ。山に山菜取りに行っておった清定が、見慣れん童を見つけ、心配して声を掛けたそうじゃ。夕暮れ時じゃったから、またどこぞで〝隠れん坊〟でもしとると思うてな。駆け出した童の後を追った先に、女子が倒れとって、すぐ傍に、赤子がおった。こりゃあいかんと、すぐに役人を呼びに行って、儂も呼ばれたわけじゃ。


見ればなんと、時子じゃなかか。儂は、ほんに魂消たな。時子はあまり島人に顔を知られとらん。「こりゃ時子じゃ」言うたら、役人がすっ飛んで行って、徳子さんに知らせたんじゃ。まぁな、あまり騒ぎ立てんほうがいいと思うたんじゃが、清定は早々に帰ってしまいおってな。あっという間に噂が広まった、言うわけじゃ。

時子一人でも大変な騒ぎとなろうに、よりにもよって、子供を二人も連れておる。智次が一緒じゃったら、事情も聞けたろうが。

時子は泣き狂うばかりで要領を得ん。子供の内一人はまだ赤子であるから、乳をやらねばならん。儂の目から見ても、かなり弱っておってな。時子も赤子もじゃ。

唯一、健康そうなのが、四つばかりの童じゃが、これが一向に口を利かん。賢そうな童でな、こちらの言うことは良くわかる。が、話をせんのだ。


 噂を聞いた島人が集まり始め、時子の容態も、芳しくない。赤子はいよいよ衰弱し始めるし、一時は「もう駄目か」思うたんじゃが、お館様が使いをよこしてな。とりあえず、お館家に預かると言ってくださった。

 そのほうが安心じゃ。お館家には医者がおる。お初様も先月、お子をお産みになられたばかり。乳も貰えると、儂は徳子さんに説明したんじゃが、取り乱しておって、一向に埒が明かん。で、儂が島医者として、引き取りに応じたんじゃよ。


赤子は乳を貰い、すくすくと育っとる。童は畠山様に読み書きを習ったり、剣術の真似事をしたりと、至って元気じゃ。お初様の御子様が女子であったから、まるで、童をお世継ぎのように可愛がる畠山様に、お初様が苦笑しておられるとか。

 畠山家には男子がおられんそうじゃ。畠山家の養子にしようと言いかねんとか。大層な気に入りようじゃ。実に不思議な童じゃよ。人の気を掴んで離さん子じゃな。元気で屈託がなく、実に明るい。智次もそういったところがあったな。そういえば、似ていなくもない。


だが、ここだけの話、童のほうは、果たして二人の子であるかどうか。四年の月日を経て戻った女子が、四つばかりの子を連れておるは、おかしかろう。

もっとも、まだ若い二人が思いのままに睦み合ううち、子ができて、それをきっかけに身を隠したとも考えられる。また、童は普通よりも成長がいいだけなのかもしれん。

事情を説明できる者がおらんのだから、確たることは言えん。時子も寝込みがちで、話すことが要領を得んのだ。


そこで、困った噂が一つ。時子は神様の子を連れて帰った、と言う者が出てきてな。困ったことじゃ。

 智頼さんは二人を引き取ると言うとる。嫁に行く徳子に、子供の世話は無理じゃし、時子一人で子は育てられん。父親方の親が面倒を看るは当然じゃろうと言い張っとる。それにまた、お館様が……まぁ、こっちはいずれ、せんせに文が届こうから、儂の口からは何も言えん。

 とにかく、子供は島中に波紋を投げかけ、しかも大いに引っ張りだこと言う次第じゃ。また何かあったら連絡するが、便りがなければ按配よういっとると思うてくれ。本土と違うて島は、いつも同じじゃ。ま、騒ぎが起こるは島神様のご機嫌次第か。せんせと仲睦まじく。はよう子を作れ。        

                    宗兼


      *         


 時子が死んやって、どないなこと? そないに悪かったなんて、信じられへん。突然の訃報に、うちもう何が何やら、訳がわからへんくなって……

 実は、うちらに子がでけたの。やて、その子が消えてしもて、旦はんは必死に探し回ってる。旦はんは、仕事はせわしないし、時間が空けば子を探しに駆け回ってるし、家におる暇もへん。

 時子の訃報に、うち、いても立ってもいられへんし、船に乗る言うたて、どないしたらええか、わからへん。旦はんは、「女子一人で船に乗せるわけにいかん。おいが行くからちぃと待って」言うては、忙しく日々が過ぎるばっかり。


うちがあかんんやろか。しとり幸せになって、島を出よったりしたし。島神様が怒っとるやろか、あぁ、どないしよけ。

 お子たちは? 時子の子は、うちの子同然。旦はんも、大事な智次坊の子は是非にやて、おいが面倒を見たい言うて。宗爺からも、お館さんに口添えてもらえへん? 二人の子は、うちで引き取るんやって。きっと島神様も、そない望んでる。

 滋子             

       *     


 貴殿もご承知の通り、かのシーボルトの追放に、大殿は随分と胸を痛められ、同じ蘭学の徒の中にも、少なからず影響を受けた者もあるようで、近頃めっきり、お体の具合が芳しくあられぬご様子。


貴殿の報告書によれば、例の品は海底深く沈んだとの話であるが、現状での調査は厳しいものと思われる。かねてから我が大殿の領地には、御公儀の犬が多々放たれてはおるが、いずれも我が優秀な郷士どものおかげで、難を逃れておる。

 ところが近々、優秀なる密偵を島津の領地に送り出すたる情報も入っており、大掛かりな捜索は控えるべきと思われる。いずれ時を見るまで、近辺の海域を見張るに留まり、下手な詮議は避けるべきであろう。

貴殿の調べ上げた古き言い伝えには、大殿の御寵愛の深い、又三郎様が大層な関心を示され、貴殿には引き続き、件の話の調査を続けてもらいたい所存である。

                       内々事にて署名控えし候

        


   *

 時子さんは残念なことをしました。那医も色々と手を尽くしましたが、島医者の宗兼さんも認める通り、元々の虚弱が原因しているようだといいます。何事かはあったかのように思えますが、はっきりとは掴めておりません。


智次の行方も皆目、掴めず、引き続き捜索は続けておりますが、一度目の失脚と同様、隣島にも立ち寄った形跡もなく、まるで狐に抓まれたようだと思うばかり。ですが島人の間では、いよいよ口さがない噂が広まり、智頼さんの家も大変でしょう。あの恰幅のいい内儀が、すっかりと痩せてしまい、見る影もない様が、憐れでなりません。


貴殿のお気持ちはわかりますが、考え直しては頂けまいか。子供に罪はありません。島で暮らすが、島の子の倣い。両親のない二人を当家で引き取るは、代々、島を守ってきた当家にとって、当然の処置ともいえます。正式に当家の子として引き取れば、島人の口も塞がりましょう。我が子と分け隔てなく然るべき教育をし、いずれ、当家を盛り立ててくれる人物に育て上げます。


「神の子」と噂されるのであらば尚のこと、当家に身を置いたほうが子供たちも安気でいられるというもの。こういうのもなんですが、兄の安仁は、島の子たらぬ品格と聡明さを持ち、弟の言徳は人目を引く美童。成長するにしたがって、奇異の目で見られるは、必須でありましょう。

貴殿の承諾を得れば、徳子さんにも智頼さんにも異存はないと思われます。


都合の良い話かもしれませんが、畠山の家に跡取りはなく、よって、当家の嫡男の行く末にも不安があります。当家に縁の血筋が絶えた今、たとえただの世迷言であっても、「守

女の子」は当家にとって大事な存在。藁にも縋る父の戯言に、付き合ってはくださいます

まいか。守女は当家にとって因縁の存在である、と。

是非に今一度、良いお返事をお待ち申し上げております。

                   お館家十代当主 資盛

           



  *

 初めまして叔父御。日頃から文をありがとう。儂もようやく拙いながら文字を書けるようになり、早速、文をしたためた次第です。


お館様から聞いていらっしゃると思いますが、儂らはようやく、智頼さんの家での暮らしに、慣れつつあります。叔父御が使うていたという部屋で、儂ら二人は寝起きしとりますが、時々、時頼兄がやってきては鼾を掻くので、儂は少し困っとります。

 子供と連れ立って寝てる場合ではなかろう、と智頼さんは次々に縁談を持ち込んでおられますが、時頼兄は、ちぃとも興味を示しません、儂としては早うに嫁さんを貰らうべきだと思います。皆が心配しちょりますから。


お館様や畠山様とは違う優しさが、ここにもあり、儂は、ほんに幸せじゃと思うとります。言徳は相変わらずですが、いずれ元気に走り回るようになりましょう。儂には、それがわかります。叔父御も心配せんでよか。お迎えの日、心待ちにしちょります。言徳はきっとそれまでには言葉も話し、何でも一人でできるようになりましょう。儂が着いとります。

叔母上には、くれぐれも無理をしないよう、お体を大事にしてください、とお伝えください。儂らがこれから無理を掛けます。男童は母親にえらく世話をかけるものと、お初様がこぼしておられました。御嫡男、伊王丸様は、すくすくとお育ちです。言徳と乳姉弟のさよね様が、随分と厳しく躾けておられるとか。立派な十一代当主となられましょう。兄弟とは、面白いものですね。

そろそろ鶏の餌の時刻です、まだまだ叔父御には話したいことがたくさん。不思議ですが、儂は叔父御とは知り合いのような気がしてなりません。叔父御も、腰を大事に。

        安仁


お話は一区切りつきました。次回からは新たな展開となります。

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