臆病
偶然の出会いに、ドキドキの中年男性。
今日は晴れた。桜は緑色の葉を少しつけているが、まだ散っていなかった。緑の葉が少し見えだしてはいる。秀樹は満開より、少し葉がつき出した今の桜の方が好きである。欠点がないとゆっくり鑑賞出来ないからなのだが、女性への美学も同じである。だからなのか、モデルのような女性より綾子のように年を重ね、子供を産み、少しだらしなくなった体形の女性を好む。年をかさねた重みが好きと言えばカッコいいが、女性より優位に立てる方を好むゲス的嗜好なのだろう。逆に秀樹自身も、身なりにはかなり気を付けている。週に2回スポーツジムにも通い、やや筋肉質な体型を維持しているし、髪も美容院で切っている。服も高くはないが、仕事中はオーダーのスーツ、休日はジャケットを愛用している。少しでも、優位に立ちたいからなのだろう。
仕入れ業者との打ち合わせからの帰り道、秀樹は愛車のベンツのアクセルを思いっきり踏んでいた。別に何があったわけでもない。いつも通り和やかな雰囲気での打ち合わせであったが、秀樹は憂鬱だった。何がそうさせているのだろう。それは秀樹にもわからないが、刺激に飢えているが一番当てはまる表現なのだろう。
大通りを走っていると、そこに私服で歩く綾子がいた。いつもの銀行での制服ではないので、一瞬見逃がしそうになったが、慌てて車を歩道に寄せて綾子に声をかけようとした。しかし、綾子は自分には関係ないという感じで、そのまま歩いて行きそうになったので、秀樹は慌ててクラクションを鳴らした。急に綾子に会えた興奮で思ったよりクラクションは大きな音となってしまい、余計に慌てた。綾子は「?}と振り返り、秀樹に気づいた。
「こんにちは。おでかけですか?」
いつも通りの優しい笑顔で、社交辞令的な差しさわりもない言葉で秀樹に挨拶をしてきた。
「うん、歩いているのが見えたから。どこ行くの?」
秀樹は緊張からか、言い訳がましく偶然でという雰囲気で答えたが、この偶然にもっと綾子と話したいと頭は考えるが、緊張からパニックになっている。そんなことを知らない綾子は、
「子供が熱があるって、保育園から連絡が来て早退したんですよ。たいしたことないんですけどね。」
と、少しため息をつきながら答えた。
これは、チャンスか?秀樹は焦りからか、少し早口で、
「それは心配だね。早く迎えに行かないと。あっ!送っていくよ。」
秀樹は、心の中を見透かされているんじゃないかと、一瞬気恥ずかしいさが襲ったが、このチャンスは逃したくな気持ちが勝った。
「でも、お仕事中、ご迷惑ですから。大丈夫です。」
と、言われてしまった。期待した答えではない。余計に焦る。
「いいから、乗って!車、他の人の迷惑になっちゃうし。」
強引ではあるが、綾子ともっといたいとの思いが勝った身勝手な言葉だ。
子供の心配より、自分が綾子といたいからの言葉。
綾子は少し困ったようにしながらも、
「じゃあ、失礼して甘えます。」と言って、助手席に乗り込んだ。




