有明の つれなく見えし 別れより
壬生忠岑
有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし
(巻第十三恋歌三625)
有明の月の下、あなたとの心が通わないまま別れた時から、夜明けの時ほど辛い時間は無いのです。
「つれなく見えし別れ」については、大まかに二つ解釈がある。
一つは、一晩中逢えずに、つまりは先客(別の男)がいて、帰って来てしまった。
もう一つは、逢うことは逢い、帰りたくは無かったけれど帰って来た(冷たく追い返された)というもの。
しかし、逢えた場合のほうが、その時点での別れは辛いけれど、まだ万が一の再会の望みが残る。
他の男に恋人を奪われ、有明の明るい月に照らされ、絶望と惨めな気持ちで家に戻る男のほうが、より気持ちは辛く深いと思う。
尚、藤原定家は、この忠岑の歌について は、「有明の月に照らされ、女にフラれた惨めな思いで家に戻る男」説を取り、「これほどの歌ひとつよみいでたらむ、この世の思ひ出に侍るべし (これほどの歌を一つでも詠めたなら、この世に生きた思い出になる)」絶賛している。
※壬生忠岑:生没年不詳。古今和歌集の撰者の一人。三十六歌仙。身分の低い武官の出身らしい。左兵衛番長を経て、延喜初年頃、右衛門府生。勅撰入集計八十四首。