寝ても見ゆ 寝でも見えけり おほかたは
藤原の敏行の朝臣の身まかりにける時に、よみてかの家につかはしけ
る
紀友則
寝ても見ゆ 寝でも見えけり おほかたは 空蝉の世ぞ 夢にはありける
(巻第十六哀傷歌833)
※空蝉の世:虚しい世の中。
藤原朝臣敏行が亡くなった時に、紀友則が遺族の家に、詠んで贈った歌。
敏行様のお姿は眠っていても夢に見えます。
寝ていなくても心の中では、しっかりと見えます。
およそ、この虚しい世の中こそが、夢なのだと思うのです。
とにかく、悲しくて、夢と現実の区別がつかない。
夢にも、心の中の面影にも、藤原敏行はしっかりと見える。
しかし、現実は故人。
できれば、夢こそが現実であって欲しい。
親しい人を失った人に、共通する心理と思う。
尚、紀友則は
「久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」の作者。
藤原敏行は、
「 秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」の作者。
いずれも、日本人の心に残り続けて来た名歌の作者。
それを思うと、この哀傷歌も、また味わいを増す。