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わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと
おきのくににながされける時に、舟にのりていでたつとて京なる人のもとにつかはしける
小野篁朝臣
※承和五年(838)小野篁は遣唐副史の職にあった。しかし遣唐大使藤原常嗣と船の件でトラブルがあり、結局乗船しなかった。それにより咎められ隠岐の島に流罪となった。この歌はその時のもの。
わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと 人にはつげよ あまのつり舟
(巻第九期旅歌407)
隠岐の島に流された時に、舟にのり出発するおりに、都の人に送った歌。
(私のことを聞く人があれば)大海原の、多くの島を目指して漕ぎ出しましたと、漁師の釣り船は、伝えて欲しい。
「今回は乗船拒否をしなかった」とでも、伝えたかったのかもしれない。
尚、小野篁は承和七年に罪を解かれ、朝廷に召喚された。
その後は昇進し、承和十四年には参議となっている。




