全能神は苦労神~ある世界が邪神に弄られていた件~
とある空間、その空間ですべての世界を見守る全能神が居た。
彼はいつも静かに様々な世界から送られてくる報告に目を通していた。
そんなある日、ファンタジー世界『イリュジョニア』にて双子が産まれたという報告がもたらされる。
極めて低い確率で生まれるように設定を行っていた世界での双子、それに祝福を与えるべく準備をする彼へと信じられない事実が飛び込む。
双子は吉兆の印ではなく、凶兆の印とされていたのだ。
調べた結果、その世界を管理する神はとある世界でドルヲタと化しており、その隙を狙って邪神が暗躍していたことを彼は知る。
その事実に驚く中、双子の片割れは事実隠蔽のために処分されたが……寸でのところで干渉して事なきを得ることとなった。
「……とりあえず、隠れ住む勇者達に預けよう」
これは、全能神が見守る中で双子ゆえに棄てられた子が世界を救うこととなる物語。
そこは人間達が執務を行う為の部屋の様な造りをしており、その部屋にある机では一人の男性が作業を行っていた。
男性が座る椅子の前に置かれた机の上へと何処からともなく、紙が現れ……どんどんと積み上がって行く。
それは実際には紙ではないが、作業を行う男性が分かり易いように書類形式にしているのだ。
積み上がっていく紙を手に取りながら、男性は書かれた内容に目を通していく。
「ふむふむ、なるほど。この世界は平和そのものか。ちゃんと担当神が見守っているようで、なによりだ。それでこっちの世界は……おお! 久しぶりに聖女が生まれたか! だがあの世界では重宝されない職業だろうなぁ。……まあ、新興宗教の現人神に祀り上げられないように見張るようにしないと」
呟き、サラサラと目を通して行く紙に指示を書きながら、男性は紙をスッと飛ばした。
すると飛ばされた紙は形を変え、光の玉へとなると男性へと近況を送った神々へと戻っていく。
そんな風に男性……すべての世界をその身一つで管理し続ける全能神は何時ものように何気ない一日を終えるはず……だった。
『ワーニン! わーにん!!』
「これは警告金糸雀の鳴き声? いったい何処の世界の異常だ!」
突如鳴きながら全神の居る空間へと入ってきた金色の美しい小鳥――警告金糸雀の鳴き声にビクリと反応しながら全神は手を振るう。
すると空間に突如画面が表示され、警告金糸雀が知らせる異常となっている世界を表示させた。
「ここは……剣と魔法の世界、イリュジョニアか。異常の原因は……ああ、久しぶりに双子が生まれるのか!」
イリュジョニア、そこは少し前に担当神から世界に現れた魔王を倒す為に異世界から勇者を召喚して欲しいと頼まれて承認した世界であった。
……少し前と書いて70年以上前と呼ぶのは、時間の感覚が薄いからだろう。
そしてその世界では双子は生まれる確立が低く設定されている為、双子は幸運の象徴として神が祝福を行うのが当たり前となっていた。
「この世界の双子出生率は低めに設定していたから、産まれたら鳴くように言っていたのだったな。ありがとう、警告金糸雀よ」
『わーにん! ワーニン!!』
「……何故、まだ鳴き止まない?」
双子の誕生を知らせる為に鳴いているはずの警告金糸雀が未だに鳴き続けている事に違和感を感じながら、神が再び画面を見ると信じられない光景が映されていた。
生まれたばかりの双子は、産声を弱々しく上げながらも自分達が産まれた事を周囲に知らせるべく泣く。
だが、それを見た双子の父親であろう豪奢な衣装に身を包んだ男性や赤子を取り上げた助産師、出産で気を失った母親の側仕え達は全員……顔面を蒼白させ、信じられないとばかりに震えていた。
どういう事だと疑問に思いながら、全神は声を拾い始める。結果、信じられない会話が耳に届いたのだった。
『馬鹿な……双子だと?』
『ひ、ひぃぃ! なんと、なんと恐ろしい……!』
『そんな、奥様が双子を産むだなんて……!』
「どういうわけだ? 双子は幸運の象徴であるはずなのに」
怯える者達の言葉を聞きながら、全神は疑問を抱きながらイリュジョニアの状況を片手間で素早く調べ始める。
結果、世界の異常を見つけてしまった。
「何だこれは。双子は災いの象徴とされている? それに、一神教であるはずなのにイヴィド教団という新しい宗教が興されているだと? ……っ!? これは、巧妙に隠されているが信仰されている神は邪神!? そうか……邪神が原因で世界は歪んでしまっているのか!」
全能神の管理に属さず、自らの欲の為に動き回り世界を様々な方法で滅ぼす存在――それが邪神であり、最近のイリュジョニアでは魔王を駒として行った侵略が新しい。
けれどもその裏で邪神はこのような事をしていたという事に神は驚きが隠せなかった。
「邪神は基本的に考えなしの愚か者ばかりなのに、これはいったい……。いや、その前にイリュジョニアの管理神は何をしているんだ?!」
神はハッとし、イリュジョニア管理を任せられている神が暮らす空間へと語り掛ける。
しかし、管理神には繋がらない。
調べた結果、管理神は……地球の日本に居たのだった。しかも、アイドルのオッカケとして……。
「な、にをしてるんだぁぁぁぁぁっ!!」
半被を羽織り、サイリウムを両手に握りしめステージ上で踊るアイドル達に向けて声援を送りながら軽やかでノリのいいヲタダンスを踊るアイドル顔負けの女性が映る画面を見ながら全神は頭を抱えた。
ここまで女神が変になってしまった原因がいったい何であるかと考えたくもあっただろう。けれど、今現在女神をどうこうしたとしても……イリュジョニアで起きている状況は変わらない。
『旦那様、如何にかしませんと……』
『っ! そ、そうだな……。だが、妻が産んだ子を自らの手で殺める事は……そうだ! お前は転移魔法を使えただろう?』
『は、はい。使えますが……自分の転移魔法は未熟な為、何処へと跳ぶのかは分かりません』
『それで良い。お前は今すぐ転移魔法を使って、そうだな。後から産まれた方を何処へでも跳ばせ。そうすれば赤子は転移の影響か地面に落ちた衝撃で死ぬだろう。もし生きたとしても転移先に誰も居なければ餓死するか魔物に喰われるはずだ。そしてお前達は……何も見なかった。それで良いな?』
『『は、はい……』』
子が産まれた際の祝福を授ける為に呼ばれたであろう神官へと双子の父親は言い、続けてこの場に居る者達へと見た事を漏らさないように命令する。
彼らも喋ったら自分達、更には家族に被害が来る事を理解しているのだろう。全員が怯えるように頷いた。
それほどまでに双子が産まれた家は身分が高い家系なのだ。
「……しめた。転移魔法ならば私が移動先に介入しても問題はない。だが問題は送る場所だが……仕方ない。申し訳無いが彼らに頼むしかないだろう」
全神が呟き、転移に介入する為の準備に入る中、双子の片割れである赤子は絨毯の上へと置かれる。
赤子は何が起きているのかも分からず、小さな手足をじたばたと動かし始めるが……そんな様子に一瞬顔を歪めた神官だったが詠唱を唱え始める。
すると赤子の周囲に魔法陣が浮かび始め、キラキラとした輝きが見えるようでジッとそれを見つめる。そんな赤子の体が宙へと浮かび上がった。
行きたい場所などまったく指定されていない、座標固定のない転移魔法。それが神官によって紡がれた直後、一瞬の眩い光が放たれ……彼らが目を開けると既に赤子の姿は何処にもなかった。
『……我が公爵家に生を受けたのはこの子だけだ。分かったな?』
双子の父親である男は彼らにそう言うと、彼らは何も言わず頷いた……。
こうして、公爵家に産まれた赤子は存在を抹消され……死ぬ運命となるのだが、そんな事は全神が許すわけがなかった。
凶悪な魔物が徘徊する為、その国の住人達は何があっても絶対に足を踏み入れる事がない深い森の中に家があった。
木で造られた家屋は、その国、いやこの世界と不釣合いな見た目である。
その家の中には、三人の老人が囲炉裏のある居間で思い思いに寛いでいた。
「……ん?」
「これは」
「……この気配は」
「「「全能神か」」」
三人は口を揃えて、一方向を見ながら言う。
すると三人に向けて声が掛けられる。
『久しぶり……と言えば良いのか分からないけれど、元気にしていたかい?』
「この様子を見て元気というならば、お前の思考は可笑しいと言わせて貰うぞ?」
「もしくは元から頭の中がいかれているかだ」
「お前は人間を馬鹿にしているのか?」
辛辣な言葉と親の仇でも見るような視線が三人の老人から向けられる。
この場に居ないはずなのに感じる視線に苦笑しつつ、全神は口を開く。
『それは……すまなかった。私もひとつの世界だけを重点的に見れるわけではないから、君達がどうしていたのかは分からないんだ。ちょっと待ってくれ……これは! ……本当にすまない』
全神は手早く彼らのこれまでの人生を見たのだろう。その結果知った事に対し、三人へと謝罪をする。
けれど姿が見えない存在からの謝罪を受けたとしても彼らの人生が戻るわけではない。
やり場のない憤りを感じながら、溜息を零し今回自分達へと接触してきた理由を尋ねる事にしたのか一人が代表して尋ねる。
「それで、今まで存在を忘れていたオレ達に何の用事だ?」
『そうだ! 忘れていたっ! すまないが君達、ここから少し離れた所にある大樹の根元まで向かってくれないか?』
「大樹? ……ああ、あったな」
「何故だ? 厄介ごとでも押し付けるつもりか?」
「はぁ、神様ってのはこれだから……」
口々に彼らから文句が放たれるが、全神は慌てながら理由を口にする。
『速く急いでくれ! もうそろそろ転移を抑えるのも限界なんだ!』
「転移って……何かが送られて来るのか?」
「ムチムチな美人でも来るのか?」
「頼りがいになる弟子でもくれるのか?」
『違うよ! 産まれて間もない赤子! それも双子というだけで棄てられた赤子! 何とか地面に下ろしたけど、魔物が徘徊する場所だ。すぐにエサになってしまうよ!』
「「「……そう言うのは速く言え!!」」」
神へと怒鳴りつけ、三人は急いで家から飛び出すと大樹の根元へと向かうのだった。
……この日、三人の老人達の下へと赤子が届けられ、すくすくと成長してイリュジョニアを正していく事になるのだが、今はまだ誰も知らない。
更に、残った双子の片割れが国……いや、イリュジョニア全体へと混沌を落とすことになる事など、誰も知ることなど出来なかった。