ネアンデルタールの娘達 ~独裁者の妄念を継ぎし者へ~
小柄で筋肉質、しかも顔がそっくりという特徴的な風貌を持った帰化外国人の女性達が、日本社会の重要な分野で急速に目立ち始めた。
この異様な才媛達に、もしやクローン人間ではないかと疑いの目を向ける者が出始めた事を受け、真偽を確かめる為にジャーナリストの主人公は取材を開始する。
噂が真実であった事を突き止め、スクープを物にした主人公。だが、さらに衝撃的な事実を知り、重大な選択を突きつけられる事となる。
禁断の技術で造られた異才達に目を付けられてしまった主人公は、道具としてもてあそばれ、翻弄されていく……
TVや新聞、雑誌、そしてインターネットといった様々な媒体の報道で、ある特徴を持った白人女性達が急速に目立つ様になり始めたのは、二、三年程前からの事だ。
彼女達は日本の政界、官界、法曹界、財界、学術界…… 社会を動かす知的かつ実務的な分野でめざましい活躍を遂げ、日々のニュースを賑わせている。
彼女達の特徴とは、次の様な物だ。
まず、出自はいずれもルーマニアである。一九八九年の革命で行き場を無くした孤児達で、復興援助の一環として日本の施設で養育され、成人後に帰化したのだという。
身長は一四五センチ程度と、かなり低い。訪米人どころか、日本人女性の平均と比べても小柄である。一方、体格はガッチリとした筋肉質だ。
顔つきはあどけない童顔なのだが、眼光が鋭く眼力がある。
これらの特徴から、人々は彼女達の事を、ファンタジーに登場する小人になぞらえて〝ドワーフ〟と通称する様になった。
ファンタジー作品の〝ドワーフ〟は女性でも髭モジャとされる事が多いが、彼女達は当然にそんな事はない。
ファンタジーの小人というよりは、ウサギの小型愛玩種〝ネザーランド・ドワーフ〟を思わせる。
やがて、彼女達について奇妙な噂が流れ始めた。
粒ぞろいの容姿と才能を持つ〝ドワーフ〟は、極秘で造られたクローン人間ではないかというのだ。
確かにクローン技術は急速に進歩していて、現在ではサルの成功例もある。法で禁じられてはいるが、その気になれば人間も造れない事はないだろう。
だが、〝ドワーフ〟達の年齢は三十五歳前後である。彼女達が生まれた頃、クローン人間が実現しているとは考えにくいというのが、大方の識者の見解だ。
ちなみに、公式発表されている哺乳類のクローニング成功は、一九九六年のヒツジが最初である。
よって、当初は取るに足らないデマと一笑されていた。
一方、多産政策を推進し、人権を軽視していた当時のルーマニアならやりかねないとして、噂を支持する者もいた。その為、オカルト雑誌で特集記事も組まれたりもしている。
当事者達はいずれも、噂を肯定も否定もせずに黙殺していた。
俺はフリージャーナリストとしてこの件に目をつけ、掘り下げてみる事にした。
クローン人間とは荒唐無稽な話だが、火のないところに煙は立たないというのが、俺のプロとしての信条である。きっと何かあると、カンが告げたのだ。
状況からの推測だけでは、オカルトじみた与太話で終わってしまう。要は科学的な証拠があればいいと、俺は考えた。
そこで俺は、彼女達の内、特にガードが甘そうな十人に対象を絞って行動をマークした。
そして、彼女達の髪や爪、捨てた綿棒といった、サンプルに使えそうな物の入手に成功。DNAを照合すれば、噂の真偽がはっきりする。
嘱託で警察の鑑識を行っていた経験のある、知り合いの医大教授に検査を依頼したのだが、結果は噂を裏付ける物だった。
十人共、完全にDNAが一致しているという。
出入りしている週刊誌の編集部に原稿を持ち込んだ結果、俺の記事は見事にトップを飾り、その内容は世間を騒然とさせた。
三十五年以上前に、クローン人間が実現していたという事実。
それを行っていたのは、恐怖政治で悪名高かった、当時のルーマニアの社会主義政権であろう事。
造られたクローン人間が日本社会の中枢へ入り始め、高い実績を挙げている事。
報じられた情報はさらなる憶測を呼び、日本だけでなく世界中にこの話題が広まる事となった。
当事者達の元へも取材陣が押しかけた様だが、彼女達は一斉に雲隠れしてしまった。見事に一人残らずだ。
元々、各界で目覚ましい業績を挙げていた面々という事もあり、周囲がガードしてしまったらしい。所属先はいずれも、ノーコメントを貫いている。
事実関係はどうあれ、彼女達が誕生した当時には、クローン人間を禁じる国際条約はまだなかった。それに、倫理上の問題があるとしても、造られた本人には何の罪もない。
本人に直接「今、どんなお気持ちですかぁ?」等とインタビューしても、情報としては何の価値もなく、むしろ多方面から顰蹙を買うだけだろう。
俺は、社会主義体制のルーマニアを舞台に、クローン人間の研究が行われていたという事実を暴きたいだけなのだ。
取材すべきは、ルーマニアでクローン研究に関わったであろう科学者の線だが、そちらについては全く手がかりがない。
極秘研究であったろうし、資料が破棄されている可能性も高い。
そもそも海外の話であり、手がかりもなしに気軽に取材に行ける様な所ではない。依頼があれば別だが、フリーの身では、費用は全て自前なのだ。
どうした物かと考えていたところへ、DNA鑑定を依頼していた医大教授からメールがあった。
件のサンプルについて、さらに興味深い事実が判明したという。
詳しくは直接会って話したいというので、俺は教授の勤める医大へと出向いた。
指定された部屋は、講義塔の一室だ。日曜なので、学生の姿はない。
半月ぶりに会った教授は、どことなく落ち着かない様子だった。
「一体、何があったんです?」
「君の依頼では、単に同一人物かの照合だけだったのだが。詳細に解析してみると、人類との遺伝子の差違が大きい事が解ってね」
「遺伝子編集って奴ですか? クローンどころではない、まさにSFじみた話ですが」
「いや、もっと単純だ。結論から言おう。彼女達は、人間ではない」
唐突な言葉に、俺は面食らった。
「では何なのです? 宇宙人だとでも?」
「ああ、誤解を招いてしまったね。正確には、ホモ・サピエンスではない。ネアンデルタール人なのだ」
ネアンデルタール人…… 古代に絶滅した旧人類だ。道具や火を使いこなしていたというが、現代の人類の直接の祖先ではない。
発掘した遺骸からクローンを造ったというなら、可能性はありそうだが……
「まあ、まだ宇宙人よりは納得いきますけど。ネアンデルタール人ってもっと、サルっぽい顔じゃなかったですかね。それに知能も……」
俺は昔、博物館で見たネアンデルタール人の模型を思い出した。
現代人に比べて小柄という特徴は一致していた。だが、模型のいかつい顔つきは、〝ドワーフ〟達とは全く似ていない。
知能も現代人より低いだろうし、才媛の正体だとは到底思えなかった。
「ネアンデルタール人の復元図には、現生人類に極めて近い物もある。知能だが、ネアンデルタール人の脳容量は、ホモ・サピエンスよりも多い事が解っていてね。そこに目を付けて知能の高い人材を造り出そうとしたとすれば、合点がいくよ」
「日本政府は、事実関係を知っていて受け入れたのでしょうか?」
「それは、関係者に直接聞いた方が早いと思うね」
「でしょうね…… 難しいでしょうが」
日本は、ネアンデルタール人の少女達を、素性を知った上で有益な存在として庇護下に置いたのだろうか。
いや、もし研究その物に、日本が極秘裏に関与していたとしたら…… これは一大スキャンダルだ。
ルーマニアは旧東側では比較的、西側と友好的だったし、あり得なくもない。
「まあ、紹介出来なくもない」
「ツテがあるんですか! 是非、お願いします!」
願ってもない話に、俺は飛びついた。更なるスクープの種に、目がくらんでいたのだ。
「話はついた。入って来たまえ」
「では、失礼します」
教授の呼び声に、低めの女性の声が答え、講義室に次々と人が入って来た。
短躯に筋肉質、そして同じ顔。雲隠れしていた〝ドワーフ〟達が、俺の前に現れたのだ。
人数はおよそ二百人程。こちらで存在を把握していた〝ドワーフ〟のほぼ全てだ。
彼女達にはスーツ姿の屈強な男達が、十名程従っていた。男達は特殊警棒を手に、講義室のドアの前で仁王立ちとなった。
「きょ、教授? これはどういう……」
「済まんね。私も、職を失いたくない。ああ、念の為に言うが、今の話は事実だよ……」
教授はそう言って、俺から顔を背けた。
恐らく〝ドワーフ〟達が権力を使って教授に圧力をかけ、俺を誘い出したのだろう。
だが、この国には報道の自由という物がある。俺のやった事が気に入らないなら、弁護士を使うなり、法廷に訴えるのがルールの筈だ。
取材対象からの苦情、さらには訴訟といった事態は、ジャーナリストとして常に覚悟していたが、こんな形で実力行使に出てくるとは思わなかった。
だが、単に俺へ圧力をかけるつもりなら、わざわざこんな事はしないだろう。それに、俺が掴んでいなかった情報を、追加で与えたのは何故か。
俺には、彼女達の意図が全く解らなかった。
二百人もの〝ドワーフ〟達がおのおの着席する中、その内の一人が俺の前に歩み寄ってきた。
顔だけ見ると誰が誰やら解らないのだが、髪型とイヤリングで判別がついた。
政権与党の幹部職員で、党総裁、つまり首相の直轄政策ブレーンの一人。次期総選挙への立候補も噂されている〝永田町の座敷童〟だ。
「まずは、ご苦労様と申し上げておきましょう。どの道、近い内に私達の素性は公表するつもりだったのです。あなたのお陰で少々、予定が早まってしまいましたけれどもね」
「お、俺を一体、どうしようってんだ!?」
「それは、あなた次第です」
二百人の〝ドワーフ〟達は俺へ、一斉に視線を向ける。その瞳は憤怒でも侮蔑でもなく、品定めをする奴隷商人のそれだった……