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機神エンゼルハイロゥは月を堕とす

神と天使により地球全土が汚染され、人類は四つの塔にこもり反撃の機会をうかがっていた時代。人類は自由への望みを人型の巨人、決戦兵器エンゼルハイロゥに託していた。クリフ・ノーデンスはそのパイロットに選ばれ、自身の「月へ行く」という夢を叶えるために戦っていた。しかし彼は神との決戦に敗れ、生き残ったもののトラウマを植え付けられてしまう。それから十五年。おっさんとなったクリフは生きるために戦いを続けている途中、イヴと名乗る少女と出会う。彼女はパイロットの力を最大限に引き出すことのできる能力の持ち主だった。これは、夢に敗れた男が同じ夢を見る少女と出会い、再起する物語。

 クリフという男は、古い映像を観るのが好きだった。

 その中でも一番のお気に入りは人類初の人間の月面着陸。


 羽根で閉ざされた地球の(そら)を破って、無限の(そら)に泳ぎ出る。そして自分の足跡を月に刻むのが彼の夢だった。


 そんな笑われる夢と、ずば抜けた適性でどうにか軍人としてやっていって。

 月に向かうためには障害が多いが、当時の彼にとってはそんなものはさしたる問題にはならなかった。

 どんな障害があっても自分なら乗り越えて行ける。そう思っていた。



 決戦用機神、〈エンゼルハイロゥ〉。

 西暦二千年代に起きた『怒りの日』の十数年前、当時の国連が秘密裏に掘り出したとされる『遺産』だ。

 発掘から二百年以上経つというのに、未だにその機構を解析できていないというのだから、まさしくオーパーツと言っていいだろう。


 身長五十メートルほどの巨人。

 

 この超兵器は神が下した天罰から人類を守る盾であり、同時に人類による反攻の礎となる矛でもあった。

 二百年前の『怒りの日』以来、(ソラ)(ソラ)を忘れた人類がそれを取り戻すための――希望である。


 複座式のコクピット。頼れるオペレーター。感覚を拡張させていく全能感。音を置き去りにする速度。

 その全てが自分を味方していると信じ切っていた。


 ――十五年前の、あの時までは。



 月は、あまりにも遠かった。

 そして空はどこまでも堕ちていく。


 二十歳のクリフにとって、それは信じがたい出来事であった。


「チェン! ジェームズ! 応答しろッ!」


 後付けの通信機に声をぶつけるも依然応答はない。

 震えているのは機体なのか、それとも自分なのか。

 後部座席に座っているオペレーターは魂が消失(・・・・)している(・・・・)


 魂の自動修復機能も働かず、そこにあるのは人型をしたものだ。


 もうクリフの言葉に反応することも、AH(エンゼルハイロゥ)の起動要件を満たすこともない。

 オペレーターが死んだ時点でクリフの取れる行動は決まっていたようなものだった。


「カナタ……!」


 オペレーターの名前を叫んで、だが思考は現実に戻る。彼女は死んでいる。


 言い訳はできる。


 機神の力を引き出すオペレーターがいつものパートナーではなかった。

 想定外の量と質の天使が襲来してきた。


 言い訳を数えればいくらでもできる。

 だがそれはやるべきことではない。


 クリフたちの機体――〈エンゼルハイロゥ〉は死に体だ。

 代理のオペレーター、カナタの精神を観れば、腹部や脚部、頭部に大きな損傷がある。


 〈AH〉やその機能をトレースした機体は、パイロットとオペレーターと精神的に繋がっている。

 そしてオペレーターは機体の性能を引き出すために機体と繋がっている。


 ――つまり、機体の傷はオペレーターの魂の傷としてフィードバックされるのだ。


 よく戦ってくれた、とクリフは呟く。

 それが彼の慰めにしかならないことを知っていながら。


 事象変換装置(ネガ・フェノメノン)も出力を十パーセント切っている。

 機体のどてっぱらを貫かれたからか、部品は血のように流れ出ていく。

 骨格だけは威風堂々とその姿をさらしていて、それがどうしようもなく羞恥を誘うのだ。


 自分が未熟なせいだ、と言外に突き付けて来るので。


 こんな姿になってまで生きているのは奇跡だと機械班(メカニック)は言うだろう。


「グウェル、プラトー!」


 チャンネルを変えて味方の返事を促すが応答はない。

 畜生、と無線の機体を叩きそうになって、自制心が止める。

 緊急事態こそ人の応用力が試される。それはいつだってそうだった。

 どんな時も諦めてはいけない、いけないのだ。


「エレナ! サイトウ! ……誰か、返事をしてくれよっ!」


 喉の渇きからか、ひりついた声が出てくる。


『地月戦争』。後にそう呼ばれたおおよそ二百年以上に渡る天使と人との大戦は、多くのモノを人から奪っていった。

 天使が放出する元素による星の汚染。多くの人の命、尊厳。そして――空と宙。


 宇宙進出を目前にしていた人類は、地球の空さえロクに飛ぶことすら出来なくなっていったのだ。


 それが意味するところは、自由と尊厳の侵害。


 クリフは、真の自由を月面着陸に見た。

 あの頃を取り戻すことができれば、人類はもう一度立ち上がることができる。


 けれども、その夢は叶えられそうにない。


 ――ああ、宙が遠い。


 成層圏を突き抜け、下っていく。

 追いすがるは天使。

 それらをボロボロの機体の最後っ屁で片付けて、墜落させていく。

 這いよるどころか高速で王手をかけてくる死の気配に、クリフは総毛立つ。もちろん、訓練された身体はそんなことを気にしている暇もなく、魂を失ったパートナー・カナエの身も回収。

 墜落時のマニュアル通り緊急脱出のハッチを開け、動けないカナエと共に脱出。パラシュートが開き、地面へと降下していく。

 そしてどこかの島へと不時着する。


 屑となった〈AH(エンゼルハイロゥ)〉を、信じたくないが、眺める。

 人類の自由を得るための矛。人類の命を守るための盾。

 それはあっけなくスクラップとなって墜落した。



 端的に言って、クリフは運がよかった。

 天使たちによる汚染が激しい場所に降り立てば、それが毒となって呼吸器官・皮膚をやられて、一時間も持たないからだ。


「……どうなってんだ。どうなってんだよ……!」


 パートナーを寝かせて、助けを待つ間、空を眺める。

 天使たちが我が物顔で空を闊歩するなか、機体(ヒト)の姿はほとんどないと言ってもいい。

 これが、天罰なのだろうか。

 分不相応にも宙を――月を目指した人間たちに対する神罰。


「管制は……管制はなにやってるんだ……!」


 ラジオのチャンネルを繋げて管制に連絡を取ろうとするも、繋がらない。

 悪態をつき、クリフは空を見上げると――あまりの衝撃に目を見開く。


 天使の群れが混じり合い、一つの光の柱となって天を衝く。

 それがいくつも、いくつも。


 地球の空は、流星群の反物質(ネガ・マテリアル)光線による殺戮の場と化していた。

 柱から無限に生まれる下級天使の物量に押され、血と爆発で空は彩られ。


 のちに『転変の日(ザ・フラクタル)』と呼ばれたこの事態。

 地球に存在していた四つの都市国家が一つを除いて滅亡し、人類は詰みの一歩手前まで追い込まれることとなった。


 そしてそれは、クリフを絶望させるにはあまりにも充分であった。


「う、あ、ああ……」


 嘘だろう。と何度も心の中で呟くが、返ってくる言葉は本当のことだ、の一点張り。

 空が天使に堕とされていく。自由が奪われていく。

 彼の愛した月が閉ざされていく。


 だが――


 彼の絶望はそれだけではない。


 咆哮にも似たジェット音。この音はAH以外出せないはず。

 だがしかし、出せるというのであればあの機体しかない。


 クリフは未だ熱を持つ〈AH〉の残骸の下に潜り込み、熱感知で悟られないようにする。

 死んでしまいたいという投げやりな気持ちはあった。

 けれども破れかぶれで死を選ぶほど愚かではない。


 血と硝煙、そして質量弾が彩る戦場。

 その天空から一条の光が流れ落ちる。


 それは白銀のシルエットを持つ、流麗な機体で、生物的なフォルムを持っていた。

 人、天使。その全てが戦いを忘れ、その機体に目をむけている。


 左腕を損傷しているその機体は、クリフの方角をひたすらに向いて――。


 そして、〈エンゼルハイロゥ〉の最高速を越える速力で『月』へと飛び立っていった。

 その光はあまりにも美しく、自分の身体の負傷や、戦争という状態。

 それらすべてを忘れ去ってしまうほどに息を呑む光景であった。


 あれこそがクリフが宇宙で戦い、敗北した敵。

 その速度は敵であろうと見惚れるほどの速さで、事象変換装置(ネガ・フェノメノン)によって慣性・重力を無視しているのだろうと推察できる。


 一度見失えば二度と見つけることは叶わない敵との戦い。

 結果はクリフたちがあの敵の左腕をもぎ取った。


 しかしこちらは全壊の上、パートナーは再起不能。


 天才ともてはやされた自分がこのざまとはお笑い種だ。


「なんだよ、なんだよこれはッ!」


 クリフは置かれている危機的状況を忘れて叫ぶ。

 人間は自由を求めて戦っていたはずだ。

 クリフは月を求めて戦っていたはずだ。


 だというのにどうしてあの敵は我が物顔で月へと向かうのか。

 自由とは、クリフたちには勝ち取ることのできないものなのか。

 月面着陸によって希望を勝ち取ることがクリフの夢ではなかったのか。


 なぜ、自分が月に足跡を刻むのではなく、ただ見上げているだけなのか。


 夢は所詮夢でしかなかったのか。

 現実は夢を否定するものでしかなかったのか。


 心臓が早鐘を打ち、頭は割れそうなほどに鈍痛を訴えている。


 天使たちが美しくもおどろおどろしいコーラスを世界に捧げる。

 それは白銀の機体に向ける祝福であり、人類への呪歌でもあり。


「なんっなんだよ! お前はッ!」


 腹の底からの憎悪は誰にも届くことはない。

 古い映像が、月面着陸が色あせていく。


 色あせていくのは思い出か、あるいは――。


 ぼやけていく視界を観れば、白銀の機体が月へと向かう一条の光が神々しく見える。


 宇宙は、地球は、もう終わりだ。


 クリフ・ノーデンスの夢が壊れる音がした。

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