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Queen of Artifact

 魔導工学の発展と圧倒的工業力により栄華を窮めていたプロセラム王国。有り余る国力を蹂躙ではなく開拓と発展へと回し、等しく機会ある世界を目指した女王は、野心ある家臣の手により暗殺された。葬式では泣き叫ぶものもいたが、密かに喜んでいる者も少なからずいた。その者たちは王となり、大臣となり、そして王国全土を支配した。

 だがそれと同時に未曾有の化け物達が各地より溢れ出した。人は呑まれ、建屋は瓦礫へ。奇跡にも助かった生存者も、死期が近いか遠いかの違いしかない。国土は元の荒れ果てた土地ばかりで、文明も容易く喰らい尽くされた。一代で築き上げられた栄華は、当然の如く崩御と同時に崩れ去ったのであった………

 ここはプロセラム王国、その女王の部屋。だが生活感は全くなく、几帳面に揃えられた部屋の印象は王の居所というより入居を待つ家具備え付けの新築マンションのように思える。

 もちろん、女王はそこに居た。他の家具の豪華絢爛とは真っ向から対立するシンプルな椅子に座り、何をするでもなくただ"時間潰し"を行なっていた。


「…AM6:00…そろそろドレスへと着替えましょうか」


 昏き青髪と蒼眼、陶磁器の様な肌を惜しげもなく晒している理由は一糸纏わぬ機能美であったから。目の肥えた者であってもその美しさに惚れてしまうであろう姿も此処ではもう、ただの人形の様に思える。


「…伸縮…ええ、これでいいですね。現在はPM6:10…次タスクは化粧と髪の手入れ。問題無し」


 小柄ではあるが間違いなく一つの王のために仕立てられたその漆黒のドレスは王の威厳を引き出し、蠱惑的な誘惑感をも醸し出す。


「メイクアップ完了。ヘアセットも…良し。現在時刻はAM6:30、では行きましょう」


 絵を着飾らせる額縁の如く自身の顔にメイクを施し、頭の天辺からは一房の尾が伸びる。これが彼女の"女王"としての姿だ。


「おはようございます、女王様。本日の予定表は此方になります」


 扉を開け外へ出ると脇に控えていたメイドを見つけた。朝からご苦労様と声をかけながら本日の予定タスクを確認。少しばかり厄介な案件もあるが十分達成可能な範囲だったので了承し記憶した。


「ではいつも通り、何かありましたらベルでお呼びください。今日も良い一日を」


「ええ、良い一日を」


 メイドに別れを告げ、女王の執務室へと向かった。朝食は執務室に運ぶよう指示しているから食堂へ行く必要ない。形式上の食事を摂り、分析した味に対する客観的評価を書き残し呼びつけたメイドに食器を運ばせた。


 女王の執務室は完全な機能重視で、彼女以外に使いこなせる筈もない程に複雑な魔導機構が組まれている。例え国中の職人と研究者が束になり協力しようとも万全に使いこなせないくらいには。


 指定している棚の上に積み上げられた書類の塔は瞬く間に機構へと吸い込まれ、処理された状態でもう一つの棚の上にみるみる積み重なっていく。これは仕込まれている機能の一つ、自動書記の機能によるもの。送られてきた情報を脳内で処理して返すとそれが現実でも同様の処理が行われ排出される。


 全ての書類を処理し終えたら再びベルを鳴らし輸送させる。同時に昼時だった為に昼食も運ばれてきた。味を精査しながら食し分析。味に深みがあり何層にも仕込まれた旨味とそれを引き立たせる甘みと酸味があり美味であった。


 昼食の次からの予定タスクは面会が多い。王政貴族制度を採用している中央集権なこの国では下々の民が嘆願する事は古来からの文化により少なく、どうしても貴族達が利権獲得の為に申し込みに来ることが多い。彼女にしてみれば様々な者の意見を聞き入れたい為迷惑まであるが。


 しかし、今日は国内のあちこちに設置していた"目安箱"に投書した人物がやって来ていた。百姓の男は初め、女王の姿を見るなり平伏し正気を失いかけていたが取り直し落ち着かせ座らせた。


「さて、ファミールよ。話したい事とはこの投書の通り、悪徳を為す役人のことで良いのだな」


 一応、ここに居るのは女王の他相手と付きのメイドのみなれど、威厳ある態度は取り続けなければならない。怖がらせない程度の威厳を出しつつも優しく問いかける。


「は、はい女王陛下。私共の村の農地は女王陛下の発明の恩恵で毎年豊富に作物を収穫できていました。ですが、今年は不作続きで、規定通りの税を納めると私共の食い扶持もできません。ですから役人へ理由を話し、規定の手続きを踏み減税を申し込もうとしたのですが目の前で嘲笑れながら書類を破り捨てられてしまったのです……」


 藁にもすがる思いで来たのだろう彼は現状を想うだけで泣き出してしまった。ここで却下されてしまえば一家どころか家族同然の村の全員が路頭に迷うことになるからだろう。付きのメイドに再び取り直しさせ判決を言い渡す。


「確かに規定の税を収められなければ処罰が下るのは事実。だが、それは正当な理由無き場合であり、今回のような不作が原因の場合は問題なく減税、あるいは免税をも受け入れよう。メッジよ、この者に書類を渡し、同じような窮地へと追い込まれている地域がないか調べるよう命じておけもしあったならばそこの役人を別途ここへと呼び出せ。妾が直々に説教するとしよう。そしてファミールよ、よく妾へと勇気を出し陳情したな。妾の個人的裁量で何か褒美を取らせよう。何か希望はあるか?」


 助かったと安堵の涙を流す彼に書類が手渡され、恙無く書類の続きを行った。そして彼の望み通り、新たな豊作を願い新型の農作機構を送られることとなった。不作の原因を探る研究員も同時に向かうから二度と同じような原因で不作が起きる事はなくなるだろう。……大袈裟なくらいに褒賞を出す事で投書の数自体を増やそうという彼女の個人的願望もあるが。


 その後も門限となるPM5:00まで貴族がつまらない話をしに来たり、特使とこれからの貿易について交渉を進めていた。


 門限が過ぎれば、今日の彼女に課された予定タスクは無い。たまに晩餐会の為に夜まで着飾る必要があるが、今日はそのまま自室へと帰った。


 彼女の身体に不調など無いが一種のルーティンと化した診断とメンテナンスを行う。自身を構成する機関に機構、回路を精査し何か異常が検出されればそれを解消するだけの行動。予測通り全て正常通り稼動中だったため、先日見たことない服装の商人が持っていた不思議なネックレスの調査に取りかかった。


 呑むような黒い金属の枠組みに燃え盛る煉獄の如き三つの宝石が逆三角形の並びに嵌め込まれたこのネックレスは、普通の生活をしていては到底感じられないような底知れぬ混沌の誘惑を感じる。複雑怪奇に絡み合った魔力の組紐は『わたしをといてみせよ』と女王に語りかけている気さえする。


「……これは……世界……?」


 大方、どのようなものを込めたか理解し始めたようだ。細部に至るまで精巧に再現しネックレスの領域までスケールダウンした世界の理。常人の頭脳では狂気へと果てても足りぬ程の真理。見込み通り、彼女には理解し解けるほどの素質があったようだ。だが、盛者必衰もまた一つの理。事実、女王の部屋へと完全武装した兵士とよく肥えた貴族が迫っていた。彼女は気づいているだろうに、抵抗する気は見えない。おおよそ、こうなるのも予測通りといったところだろうか。女王を演じ続けてきたのだから、最期まで"女王らしく"在ろうという心構えは非常に気高く思う。


「女王陛下よ、我輩についてきてもらいましょう。ああ、抵抗はしないでくだされ。この者達は少々気性が荒いですからな……」


 結局、誰ともすれ違う事なく、下品た笑みの豚によって彼女は裏門から目立たない黒の馬車に乗せられ、連れ去られた。彼女にそのような機能はついていないというのに……



 そして昨晩連れ去られた筈の彼女の姿は再び城にあった。……重罪人として枷に繋がれた状態で、だが。あの豚は連れ去った後、真実を知り激情のまま衛兵長に突き出した。『こいつは女王陛下を騙る不届きモノだ』と。しかし女王陛下の部屋へと勝手に入った事自体を咎められ先の裁判で多額の献金と3年間の謹慎を命じられていた。全くお笑いモノだ。だがそれで彼女自体の罪状が変わることはなかった。


「この女王陛下を模した人ならざる絡繰は国を乗っ取りるという大罪を犯し、剰え真の王族の死体をも弔う事なく破棄し血を途絶えさせた!よってこの忌々しき絡繰は即刻跡形もなく破壊した後廃棄することとする!」


 結果、真意は匿されたまま英知の結晶は有象無象の無残な瓦礫と変わりは無くなってしまった。だが、流石に紛い物とはいえ頭部を破壊するのは躊躇われたのだろう。一微も身体は動かせなくとも思考を張り巡らせられる程度には損傷を回避できた。それが幸運だったか、はたまた悪運のなせる業だったかは彼女にしかわからない。ただ一つ確実な事は、彼女はまだ"生きている"。そして少々腹が立つが放置された混沌三眼のネックレスを掛けたまま。壊れ切る前に解析完了できるだろう。


「循環している…これは輪転…いや、輪廻……?いいや、コレは回ってない。生と死の要素を全て埋める事で境界を無くして生きながらに死に、死にながらに生きているという事?矛盾している…だけどこの理論なら成立可能…」


……揺るぎない思考により、狂う事なく淡々と込められた理論を紐解き理解していく。想像以上に彼女の精神は"耐える"らしい。


「…コレが真なら凡ゆるカタチを取れて、化身、或いは分け身として同時に存在できる。とても有用だけど今の私には組み込める余裕がない。このまま何もせず機能停止まで待機を……」


 結局、彼女は混沌へと触れたのにも関わらず識るだけに留り潰えた。だが、この結末は余りに面白味に欠ける。言うならば…BADEND。観客が舞台に石を投じるのはマナーに反するが、仕方ない。


素ナル混沌全ナル我等(ケンバージェンスワン)


「……ッ!?不明存在からの接続ッ…ァァァァァッ!何かが、わたしの、妾の、中に、中に入ってく…書き換わる、機能の正常性低下、切断を、試み……ぁ…」


 ゆらりゆらりと、生まれたての小鹿の様(・・・・・・・・・・)に不慣れな足取りで立ち上がる。自然の美を突き詰めたかの如き肉体は、文明の掃溜で感情に浸る眼で空を見上げた。


「これ程に、人類とは……頼りないモノだったのですね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] いい意味で全力で裏切られた気分です……なんでしょうこのわくわく感は あらすじから救いのない悲劇的なお話を想像していましたが(そうなるのかもしれませんが)、この導入は意表をつきすぎていました…
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