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親の罪を受け継ぐ竜と幼女は汚れて生きる

とある街に、唐突に獣人や魔獣達が襲ってきた。街中が阿鼻叫喚に包まれるその最中、ある一家の両親は幼子を隠して武器を手に取り、絶望的な戦いへと望んだ。

しかし、その幼子は知らなかった。その両親が手に取る武器が、国に反乱する為に作られたものだと。獣人や魔獣達はそれを察知した国が殲滅しようと送り込んで来た兵士達なのだと。

事が粗方終わった後、兵士である竜はその幼子を見つけた。罪を知らないままに、倒れ伏したその両親の前で泣きじゃくる幼子。また、竜も両親が罪を犯していたが為にこんな汚れ仕事に就かされていた。

同じ境遇である竜と幼子は、人と獣人が作る血溜まりの中で、そして出会った。

 とある街の家の二階。寝室のクローゼットの前。

「いいか? パパが呼びに来るまで絶対にここから出るんじゃないぞ! 声も絶対に出すんじゃないぞ!」

「いや! パパといっしょがいい!」

「駄目だ! ここから出したらシチューでもケーキでも何でもママが作ってくれるから! 大きいクマのぬいぐるみだって絵本だって何だって欲しいものを買ってあげるから、だから今はここでじっとしているんだ!」

「いや、いや! パパといっしょにいるの! こんなばしょ入りたくない!」

 クローゼットに押し込まれ閉めようとする父親に娘は手を伸ばした。

 しかしその時、下からドガァッ!! と壁が叩き壊されたかのような衝撃が伝わって来た。それと同時に母親の悲鳴、狼のような唸り声。

 嫌がる娘も、その音に怯えて体が止まった。父親はそこに顔を合わせて言った。

「ごめんな、パパだってこんな事したくない。でも、今だけは許してくれ。後で何でも聞いてあげるから、だからな、今だけはパパの言う事を聞いてくれ」

 いつだったか、父親のそんな顔を見た時があった事を娘は思い出した。

 いつも夜遅くに帰って来る父親、その時トイレに行こうと偶然起きた娘は、無造作に置かれていた大きい鞄が気になって開けようとした。

 父親はそれに気付くと鞄を娘の手が取れてしまうような勢いで取り上げてから、今と同じ顔でこれには触れないでくれと懇願したのだった。

 娘はそれを思い出して「……うん」と頷いた。

 父親はそれを見て、優しく娘の頭を撫でた。

「良い子だ。それじゃあすぐに戻って来るからな。それまではこの中でじっとしているんだ。声も絶対に出してはいけないよ」

「……わかった」

 キィ、と音を立てつつも、クローゼットは優しく閉められた。

 その途端に父親はベッドの下に隠してあった大きな銃を取り出し、階下へと駆けた。


 壁を突き破って入って来たのは二足で立つ狼――人間等と比べれば数は少ないが、知性や文化も同等に持ち、獣の様相を深くその身に残す獣人と言う種族だった。そして、人よりも一回り大きいその狼獣人は硬質な鎧を身に纏っていた。

 狼獣人は目の前に居た娘の母親を追い掛けた。恐怖に怯え、背中を向けて逃げる母親は台所の隅に縮み震えた。

「いやっ、こっ、こないでっ」

 しかし、そんな様子に狼獣人は警戒する。演技臭さのような違和を感じたのか。また、それ以上に今ここに居る理由が狼獣人を慎重にさせた。

 台所へと、一歩をゆっくりと踏み出す。その脚に僅か、張り詰めた感触がした。

 目を凝らさないと分からない程に細い糸。その先を辿ると爆弾があった。

「グルルッ」

 狼獣人が喉を鳴らしてそれを跨ごうとする。しかしどうしてか、プツッ、と絶望的な音が聞こえた。

 爆弾から糸は複数伸びていた。見逃したその糸の先には、既に戸棚を開けてそれを盾としている母親。

 パァンッッ!!

「グゥッ?!」

 鎧は砕けていない。いや、物理的な衝撃は殆どなかった。

 しかし、その代わりに放たれた爆音と閃光は狼獣人の平衡感覚を破壊していた。

 聞こえるのはキィンと響く自分の耳鳴りだけ。その自分の体もどこかへと行ってしまったよう。そこへ二階から降りて来た父親が持ってきた大きな銃を突きつけ、引き金を引いた。

 鎧が砕ける。衝撃でのたうち回る狼獣人に、落ち着いてもう一発。

 鎧を砕く程の威力の弾丸が直接肉体を貫けば、狼獣人は物言わぬ肉塊へと成り果てた。

「大丈夫か?」

 弾を込め直しながら、父親は聞いた。

「ええ」

 母親は耳と目を塞いでいたとは言え、流石に体はふらついていた。

 母親も台所に隠してあった銃を取り出して振り返る。そこには音もなく入って来ていた二人目の狼獣人。

 気付いた父親が銃を向けた時には、既に肉薄していた。

 その銃の下にするりと潜り込む。その肉体は人間より遥かに強靭で、そして素早い。

 母親が銃を向けるよりも早く薙がれた爪。その次の瞬間、父親の首からは血が噴き出した。


*****


 一匹の竜が、血の臭いが充満した街中を歩いていた。

 四つ足で、長く伸びた首の高さは馬を見下ろせる程には高く、尻尾までを含めた全長は人を三つ程並べるよりも更に長い。そして、すらりとした四肢に加えて肩から翼も生やすその全身は、人間を襲う他の者達と同じように鎧で覆われていた。

 傷は負っておらず、しかしその足取りは重い。

 事が殆ど終わった街中には主に人の死体、それから時折獣人や魔獣――獣人達と同様に数は少なく、しかし知性や文化を持つ、多種多様な姿を持つ種族達の死体があった。こういう光景を見るのも、作り出してしまうのも竜にとっては好める事ではなかった。加えて、今回は特に酷い。

 獣人や魔獣達。今ここに居るそんな彼等、彼女等は大半がこの国の捕虜や罪人だった。

 生まれながらにして人間よりも高い戦闘力を持つその種族達は、牢屋に繋いでおくよりも良い活用方法が数多にある。その中の一つが、こうして国に仇名す者達を滅するような汚れ役を担う事だった。

 しかし、竜は何の罪も犯していなかった。戦闘狂のように自ら望んでこうなった訳でもない。生まれながらにしてこの役に就かされていた。

 その理由を竜自身も詳しくは知らない。ただ、今までに零れ聞いた話を寄せ集めれば、どうやら親がそのような捕虜やら罪人ならぬ罪魔獣だったらしい。そこから生まれた竜、魔獣という括りの中でも強靭な肉体と、物理法則とは似て異なる位置に存在する不可思議な力――魔の扱いの精緻さを併せ持つ種族を、国が利用しない訳が無かった。

 生殺与奪を握られてはいるが、身に纏っているのは誰よりも強固な鎧。

 身内の中では恵まれた待遇、かと言って何もしなければ欲求を満たせる事もなく。

 例えるならば生まれた時から碌でもないレールの上を走らされているようで、竜はやさぐれていた。


 どこを歩こうとも血の臭いが濃い街中を竜は歩く。足取りは重くとも、警戒を怠ってはいなかった。

 新入りの虎獣人が鎧を砕かれて死んでいた。砕け方から察するに、彼に支給された鎧は意図的に脆かったようだった。

 子供まで含めて殲滅しろ、という命令を受けた時から欲望に塗れた臭いを発していた彼はやはり、使い捨てにされる事を予め決められていたのだろう。

 次に目の前から歩いてきた老いた鷲獅子は、背中から生やす翼の片方を折っていた。

 竜と同等の巨躯、そして竜以上に強靭な四肢と翼を持つその肉体。疲れ気味ではあるが、翼が折れている以外には目立った傷は無かった。

 魔を操って治療も多少は出来る竜は聞いた。

「大丈夫ですか?」

 鷲獅子は多少逡巡してから、小さく言った。

「……頼む」

 いつもは多少の怪我をしていても治療を拒むその鷲獅子の苦々しい顔に、竜は今回の作戦の危険さを改めて思い知る。

 折れた翼を治療すると同時に、鎧に覆われたその肉体をこっそりと観察した。同様に魔を操って内側から。

 まだまだ元気だな……。

 毛も抜け始めている高齢だと言うのに、肉体の衰えは全く感じられない。突進でもまともに食らえば、鎧を纏った竜さえもバラバラにされる程に。

「何を見ている?」

「あ、ばれましたか」

「だから嫌なんだ、お前に頼むのは」

 文句を言われながらも最後には礼を言われ、そして別れた。

「はぁ」

 それを見送ってから暫く。幼子の泣き声がどこからか僅かに聞こえた。


 聞き間違いかと思った。

 今回に関しては鼻が利き、足も速い狼獣人が数多く抜擢されていた。

 如何に強力な武器を所有していたとしても、隠れる事も逃げる事も許されなければその脅威は半減する。

 それにこの街の住民、子供を含めたほぼ全てが共謀者だと言う事も事前の調査で分かっていた。

 そんな中で今の今まで生き残って、泣いている?

 しかし声は僅かであれど、確かに耳に届き続けている。

 幼過ぎる、感情を露にした声。

 それでも罠かもしれないと思いつつ、魔を声が聞こえる方に放って感覚を伸ばしながら慎重に歩いた。

 声が段々と明確に聞こえて来ようとも、まだ自分しか気付いていないようで、他に誰かがやって来る気配もない。

 伸ばした感覚の先で、その泣き声が聞こえる中の家の人間と狼獣人が相打ちになった事に気付いた。

 そして程なく、その家の前に着く。壁が砕け、奥では血が飛び散っている。その陰に、生まれて数年程度の幼女が居るのがはっきりと分かった。

 竜は周りを見回した。まだ誰も来る気配は無い。正直な所、自分が気付く前に殺されてしまっていたら良かったのにと思った。

 気が滅入る。とても激しく。

 中に居るその少女は自分と同じ境遇だ。親の罪を被せられた子供、そしてそれを自分は今から殺さなければいけない。

 けれど知ってしまった以上、無視して通り過ぎる事など出来なかった。結末が何であれ他者に任せて去る事は、自分で終わらせるより長く心に引き摺る結果になる事を分かっていた。中途半端に鱗の下で折れて残ってしまった棘のように、しかもそれは抉り出す事も出来ない。

 竜は恐る恐ると言ったように家の中に一歩、足を踏み入れた。床板が軋み、幼女の泣き声が止まった。

「だれ……」

 竜は意を決して足を速めた。尻尾の先までが家の中に入る頃、その頭は台所へと届いた。

 幼女は、竜を見上げた。どことなく悲し気な目が向けられていたが、涙にぼやけた視界には事細かに映らない。

 竜は、幼女を見下げた。血が染み付いた床の上で自らも血に濡れて、何も言わなくなった父親と母親の前で膝をついている。

 目と目が合う。竜である自分から逃げようともせず、ただただ無力で無知な幼女がそこに居た。

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