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殺人厳禁暗殺者

「暗殺者に殺しを禁じるとか、絶対に間違ってるだろ……」

 闇ギルドに所属する暗殺者のコクヨウは不断、正体を隠して学園都市で勉学に勤しんでいる。

 新学期。

 ギルド長に唆され、大金に目が眩み受けた依頼。それは学園都市の新入生、成績優秀だが訳有りの貴族令嬢、ヘリオトロープの護衛だった。

 ただし、殺人厳禁。

 得意の暗殺を禁じられたコクヨウは、護衛に四苦八苦しながら学園生活を送ることになった。


「貴方は前で戦いなさい! わたくしは後ろでくつろぐわ!」

「ふざけるなよヘリオトロープ! せめて物陰に隠れやがれ!」

「いやよ。貴方が守ってちょうだいな。わたくし、疲れているから。座って休憩するわ」

(こいつ殺してぇ~!!)


 自由気儘なヘリオトロープに振り回されながら、コクヨウは彼女を守りきれるのか。

 少女をめぐり、殺意飛び交う暗殺者の物語が始まる。

 新学期。


 と言っても、まだ日も昇らない未明。風は強く、人影もない閑散とした遊歩道。

 噂の殺人鬼に襲われないかと不安だが、そんなことよりもこの寒さだ。

 下にいくらか着込んではきたが、まだ寒い。急用を押し付けられなければ、まだ布団の中にいられたんだが……。

 愚痴を言いながら歩いていると、一層風が強くなった気がする。

 少しでも暖かいように外套を押さえながら自分の腕を擦っていると、大きな物音が聞こえると同時に、俺への視線を感じた。

 とっさに右手を懐に忍ばせ短剣を握る。

 直後、石鹸の仄かな香りがふわりと鼻腔をくすぐった。

 香りのする方を見ると、強風のせいか全開の窓の奥に一人、少女がいた。

 俺は突然の出来事にすぐには動けず、また少女も同様なのか、互いに呆然としていた。

 石鹸の香りが示す通り、風呂上がりなのだろう。陽光を紡いだような黄金の長髪がわずかに湿り、磨いたばかりの肌に張りついていた。

 華奢な肢体はすらりと伸び、自分より美しいものはないと主張するかのようだった。

 一糸纏わぬ姿は開放的で、あまりにも無防備だ。


 やけに長い静寂だった。


 気づいた頃にはもう遅い。少女の顔は羞恥に染まり、小さな唇がわなわなと震えていた。

 

「ひっ――」


 曲がる膝。縮こまる体。それを隠す両腕。そして、大きく息を吸い込む呼吸音。それは静寂を破る悲鳴。


 ――叫ばれる!


 条件反射だった。

 今叫ばれたら問答無用で捕まる。

 俺は咄嗟に窓から飛び込み、左手で少女の口を塞ぐと、そのまま少女の上に被さる形で倒れこんだ。


「ん、ん――」


 少女は助けを求めるようにもがいた。

 俺はもがく少女を抑えるために右手を懐から出し、そのまま短剣を喉に突き刺した。


「――ッ!?」


 少女の顔は驚愕と激痛で歪み、小さな唇が痙攣し、そして動きを止めた。口を塞いでいた左手をどければ、唇は青く染まり開いたままの口からは発達した犬歯が覗いている。

 両手で引き抜いた短剣はぬめりとした血と毒まみれだ。即効性の致死毒だ。

 念のため対象の死亡を確認したあと、再び窓から脱出し、遊歩道を素知らぬ顔で歩く。


「ふぅ……」


 俺は息を吐いて肩の力を抜いたあと、外套から電気石で作られた『石器』を取り出した。


 あらゆる石には不思議な能力が宿っている。それが石であれば、たとえ道端の石ころであろうとも。

 電気石の能力は『以心伝心』。

 それを加工して作られたこの『石器』は半球の形をしており、遠くにいるもう半分の持ち主と心の中で話しをすることができる。遠距離の相手と話せる電気石の『石器』だと長いから『電話器』とも呼ぶ。


 俺は『電話器』を左手に握りこみ、声には出さずに、心の中で会話を始めた。


『こちらコクヨウ。スイーパー、聞こえるか?』

『ん。こちらスイーパー。問題なく聞こえる』


 いつもと変わらない無機質な高音が、『電話器』越しに伝わってきた。


『報告する。対象の暗殺を完了した』

『ん。念のため確認。()は見た?』

『見てない。吸血鬼の目を覗いて魅了されるような下手は犯さん』


 そう。今回の暗殺対象は吸血鬼――『人外』だ。

 年は俺の一つ下で十三。容姿は金髪碧眼に加え、吸血鬼特有の発達した犬歯と青白い肌。

 目の色は無理だが、他は確認した。間違いない。


『ん。次。噛まれたり、引っ掻かれたりは?』

『されてない。口は真っ先に塞いだし、両腕は脚で押さえつけた』


 吸血鬼の眷属にされたりもしてない。問題ない。


『ん。問題ない。ただちに帰還。ギルド長から呼び出し』

『……了解した』


 急用で吸血鬼を殺させた次は呼び出しかよ。人使いが荒いんだよな。

 会話を終わらせ、『電話器』を外套にしまったあと、俺は急いでギルド長のもとへと向かった。


 * * *


 闇ギルド。

 教会や冒険者ギルドに所属せず、報酬を貰えれば汚れ仕事も厭わないやつらが集まる裏組織だ。

 そんな闇ギルドの支部の一室で、俺とスイーパーはかれこれ数時間待たされている。


「それでスイーパー、ギルド長はまだか?」

「ん。非常事態で忙しいらしい」


 はぁ、とため息をつき、俺は椅子に座り直した。

 疲れて姿勢を崩した俺とは裏腹に、スイーパーは身じろぎ一つせずに座って待っていた。

 濡れ羽色の髪をまっすぐに伸ばし、感情を映さない青緑色の瞳を正面に向けている。肌は東部で多く見られる薄い橙色だ。

 隠密行動に適した迷彩服ではなく、可愛らしい少女服を纏えば、等身大の人形にすら見えるだろう。正直、着せてみたい。


「そういえばスイーパー。お前はふだん、どんな服を着るんだ?」


 待ち時間に飽きたのもあり、俺はスイーパーに世話話を振ってみた。


「ん? いつも、この服。今回みたいな呼び出しがたまにあるから」

「そうなのか。他の服はないのか?」

「仕事着はあるけど、私服はない」


 ふーん、相槌を打ったあと、俺は自分も似たようなものだなと気づいた。


「急にどうしたの? 何かあった?」

「いや。暇だから話しでもしようと思ってな」

「ん。コクヨウはどんな服を着るの?」


 さっき、俺がした質問だ。


「お前と同じように仕事着と、あとは学園の制服くらいだな」

「他の服は?」

「小さくて着られなくなった服がそのままなくらいか。お前もそれくらいはあるだろ?」

「ないよ」

「なんでだ? すぐに捨ててるのか?」

「私は機械人。機体が成長することはない」


 その一言は、まるで冷水をぶっかけたかのように俺の頭と心を冷やした。

 ああ、そうだ。こいつも『人外』だ。

 すでに滅んだ古代文明によって造られてから、何百年も稼動し続ける機械。人間じゃない。


 いつもと変わらずの無表情なのに、また目が奪われた。

 髪や肌の色はほぼ俺と同じ。他の部分も一般的な人間とたいして変わらない。

 それなのに『人外』というのは、人間には真似できない美しさがある。それに加えて、能力も人間より優れているのだから、理不尽だ。


「……そういえばそうだったな」


 そのあとしばらく当たり障りない話しを続けていると、ようやくギルド長がやって来た。

 軽く挨拶を交わしてギルド長が席についたあと、すぐに本題に入った。

 なんでも、呼び出しとは別件でなにやら色々あったらしい。


「それで別件とはなんですか、ギルド長?」


 ギルド長――クロユリ様は、この闇ギルドを管理する女性だ。

 長い黒髪を後ろで一つにまとめ、尻尾のように揺らしている。服装は豪華で、どこかの貴族令嬢のようだが、隙は一つもない。そして腹黒い。知り合い曰く、腹黒女狐。


「コクヨウちゃんとスイーパーちゃんに緊急依頼なのだけれど、その前に。コクヨウちゃん、私の悪口を言わなかった?」


 あと、勘が鋭い。


「気のせいですギルド長、それで緊急依頼とは?」

「まぁいいわ。依頼はとある貴族の護衛。受けるわよね?」

「……護衛って。俺、暗殺専門なんですけど」

「断っても良いのだけれど……、報酬は宝貨で一万枚――」

「――受けます!」


 破格の報酬に、俺は食いぎみで答えた。

 宝貨が千枚もあれば一生遊んで暮らせる。金は一枚でも多く欲しい。


「ありがとうコクヨウちゃん。それでスイーパーちゃんはどう?」

「報酬はどうなりますか?」

「それはコクヨウちゃんと相談してね。合わせて一万枚よ」


 スイーパーがいつも通り俺に視線を向けた。


「いつも通り山分けでいいだろ?」

「ん」


 俺もいつも通り返答した。


「それじゃあ、依頼内容の説明ね」


 そう言ってギルド長は説明を始めたが、


「まず、護衛中に殺しは厳禁ね。もちろん襲撃者も」

「――はっ!?」


 いきなり耳を疑うような条件が付けられた。

 襲撃者も殺すなとかありえないだろ!


「ギルド長――」

「――次に……」


 だが俺の声は遮られ、ギルド長は護衛対象の似顔絵を見せながらさらに驚くことを告げた。


「……護衛対象は、ヘリオトロープ・ブラッドストーン」


 ヘリオトロープ・ブラッドストーン。

 陽光を紡いだような金髪と、晴天のように透き通った碧眼。年は十三歳。

 その似顔絵に発達した犬歯は描かれていないが、肌は吸血鬼特有の青白さで描かれていた。


「こいつは今日、俺が殺したはずだ!」


 護衛対象は、俺が殺したはずの吸血鬼だった。


「ええそうよ。間違いなく彼女はコクヨウちゃんが殺したわ」

「なら……死体を護衛しろと?」


 殺した。

 それをギルド長が認めた途端、俺は安堵した。

 そうだ。俺は確実に殺した。


「でも、蘇ったのよね」


 ……は?


「おかげでギルドも大混乱なのよ」


 ……蘇った?


「しかも学園での出来事だから、学園都市の学園長も出てきてね」


 ……いったい何が?


「あれ? コクヨウちゃん、大丈夫?」

「ギルド長……」

「なにかしら?」

「死体が蘇ったと言うのですか?」

「ええそうよ」

「そんなことあり得るわけが」

「いいえ。遥か昔、魔法の時代では、人を蘇生する魔法があったらしいわ」

「この石器時代に、魔法があると?」

「そう、それよ! すでに存在すら疑わしかった魔法の実在が証明されたのよ。学園都市にとってこれ以上の実験材料はない。だからこそ、破格の報酬で護衛を依頼された」


 魔法。

 ありもしない、役にも立たない神の奇跡。

 それがよりにもよって『人外』を蘇生する?

 そんなことあってたまるか。

 そんな理不尽……

 そんな魔法……


「この石器時代に! 魔法なんざあってたまるか!!」


 俺は叫ばずにはいられなかった。

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