拾ったのはオッサンですか?プロ幼女ですか?オッサンで幼女な同居人ですか?
高校生ながらに深夜のアルバイトで生計を立ててる少年、広瀬孝宏。
ある日、カラオケでのアルバイト後、偶然にもゴミ箱に打ち捨てられたオッサンを拾う。自宅で介抱していると、そのオッサンは唐突に幼女へと姿を変えるのだった。
とまあ、そんな些細なことはさておいて、気がつけば同じアルバイトで働く3人(2人?)。
そんな彼らの1日が今日もまた過ぎていく————
所詮この世の中は理不尽だらけだ。
理不尽。不条理。不平等。
そんな三点セットが地球全体に蔓延って、生きてる人の足元に絡みつく。
きっと世の中、どこもかしこもそうなのだろう。
いや、そうじゃないと困る。
他の誰でもない、この俺、広瀬孝宏が本気で困ってしまう。
「ねぇ……わたしも酔っちゃって飲めないぃ〜〜」
「ばっか、おめぇ、ばっか! 楽しい夜はこれからだろ?」
「ん、あっ、どこさわってんの、エッチ♡」
そうじゃないと、深夜のカラオケでバイトするこの身が持たない。
何が楽しくて恋人がただただイチャつくだけの深夜帯に働かないといけないのか。普通にブチキレそう。
いや、それだけならまだいい。
夜の娯楽施設なんて、恋人たちの終着駅も同然だ。
それくらい予想できる。
うん、まあ、ムカつくけどしゃーない。
強く握りすぎてヒビが入ったロックグラスを、どうにか食洗機に流し込んだ。
「もっと強く……おう……そこだそこだ……上手いぞ、孝宏……んおっ」
「へ、変な声を出すのやめてくれません? 一応仕事中なんで」
「仕事中にケツを揉んでるのはそっちじゃないか……んぉ、く、はぁぅ……」
「誰が楽しくて仕事中にオッサンのケツ揉んでると思ってんだ! どうでもいいから喘ぎ声だけ抑えてろ!」
「このツンデレめ……ん、ぁ、そこ、もっと強くしていいぞ……」
左手にビールジョッキ、右手にオッサンのケツ。
カラオケの厨房とは思えない光景に、虚無感がただただ押し寄せる。
「タカちゃ〜〜ん? うちの幼名ちゃんはまだなのかしら〜〜?」
「た、ただいまー!」
「タカヒロォ!! この店での返事は全部『はいよろこんでー!』だろうが!?」
「はいよろこんでーーッ!!」
ドア一枚挟んだ受付からは、オカマな店長の怒号が容赦無く浴びせられる。
なぁ……なんで俺、オッサンのケツ揉みながら怒鳴られてんの?
理不尽、不条理、不平等の三点セットがここに顕現しちゃってるんですけど?
「くっ、あ、もうイク……あっ、ぁぁああっ、くぅぅううううっ〜〜〜〜っ!!」
オッサンの野太い喘ぎ声が厨房に響いた、次の瞬間。
「ふぁぁ……まだ全然寝足りないのに……なんの用事よこのクソ童貞」
ちんちくりんな、130センチ程度の頭身。
腰までなびく金砂の長髪は、一箇所だけサイドテールに結ばれていて。
生意気そうなつり目を夕焼け色に輝かせながら、短パンにTシャツだけの恰好に身を包む。
さっきまで俺がケツを揉んでいた強面のオッサンは、
たったの一瞬で立派な幼女へとその姿を変えていた。
「あら、幼女ちゃん」
「ようじょちゃんって呼ぶな。幼名ちゃんと呼びなさいよ、このオカマ」
「誰がオカマじゃい!! それより、今日もアレ、お願いしていいかしら?」
「はいはいサジェストね。ちゃんと日給に乗っけてくれるんでしょうね? もう騙されないわよ?」
「もちろんよ。差額はタカちゃんの給料から引いておくわ」
「ならいいわ」
いやなにもよくないが!
そんな俺の視線をニヤニヤと受け流し、幼女ちゃんこと幼名七海はキャンペーン中のピザのPOPを両脇に抱え————
「おにーさん、おねーさん、おいしいぴざはいかがですか?」
猫をかぶって、お客さんへの注文を促す行為を始めるのだった。
「え? なになにこの子、かわいい〜〜」
「お店の手伝いか? こんな時間に危ないぞ?」
「だいじょぶ。ここ、おとーさんのおみせだからっ」
「お父さん手伝ってるんだ! めっちゃえらい〜〜」
「えへへっ、ありがと。おてつだい、がんばったらごほーびあるの!」
「そうなのか? ならお嬢ちゃんのために1枚買ってやるか」
「もーひとこえー!」
「ったく、商売上手な嬢ちゃんだ。じゃあマルゲリータピザとクワトロピザ、一つずつ部屋に頼むわ」
「ありがとーごじゃいますっ!」
あっという間に三千円もの売り上げをかっさらってくる幼女。
「さすが幼女……いいえ幼名ちゃんねぇ。サジェストのプロだわ」
ドヤ顔のまま厨房に入り、俺を見て一言。
「ふふん、こんなの誰でもできるでしょ? え? できないザコが厨房にいるってマ〜〜?」
うん、誰かこのメスガキを懲らしめてくれ。
「って、そろそろ会計ラッシュの時間ね? 幼名ちゃん、オジサマに戻ってくれるかしら?」
「はぁ? いま起こされたばっかりなんですけど〜〜?」
「でもほら、今日のアルバイト代二倍にはなったでしょう?」
「え、うそ、もうそんなに? ひぃ、ふぅ、みぃ……ん、んん……」
今日の稼いだ金額を指折りして数える幼名。
金にがめつい幼女なんて見たくなかったなぁ。
「ま、店長の言うことならしかたないわね。童貞、そこに四つん這いになって」
「誰が幼女の言うことなんか」
「幼名パーンチ☆」
「的確な鳩尾責めッッ!?」
人体の急所にめりこむ幼女の拳。たったの一撃で地面に沈められる。
そんな俺のお尻を遠慮なく、幼名は足蹴にしてくる。
「ふっふっふ〜、あんたもそろそろ喜びなさいよ? かわいいかわいい幼名サマに、こ〜〜んなに可愛がってもらえるのよ?」
「可愛がるという言葉の中にムチは存在しないぞ幼女。あと俺は幼女なんかに負けんが?」
「自分でフラグ立ててるじゃない」
男子高校生が幼女に負けるはずないだろ!
俺しか勝たん。
「それに今、なんて言った……? ふ、ふふ、また幼女って言ったわね? 二度も言ったわね……?」
「あっ」
「何度も……なんども、なんども、なんどもなんどもなんども、呼ぶなって言い聞かせてるのに……」
「お、落ち着け幼名。まずは後ろにある鏡を見てみろ」
「……それがなに?」
「だって幼女じゃん」
「このクソザコ童貞ーーーーッ!!!!」
「あっ!? ちょ、ムチはヤバイ! 明日体育あるからっ、絶対に痕が残る——ちょ、あっ、ぁぁああああ〜〜〜〜!!」
ペチ、ペチペチ、ペチンッ。
数発ムチを浴びせられたところで、ちんちくりんの体躯は数倍にも膨れ上がり、
さっきまで俺がセクハラしていたオッサンへと戻っていく。
「っと、悪かったな孝宏。怪我はしてないか?」
イケおじの低音ボイスで心配されてしまう。
「あら、オジサマ。やっぱりそっちの見た目の方がアタシは好きねぇ」
「ハハハ、ろくに売り上げはあがりはせんけどなぁ」
「それじゃあ、入り口側のレジ、お任せしてもいいかしら?」
「あいよ、任せな。孝宏ももうちょっとだから頑張ろうな」
「あ、うん、そうね……」
オッサン時と幼女の時の温度差で風邪を引きそうだった。
「それじゃあ二人とも、お疲れサマ。また明後日もよろしくねぇ」
「お疲れ様でした」
「お、お疲れ……さまです……」
くたくたになりながら、カラオケ店の裏口を通り街中へと出る。
すっかり登った日差しが眩しいくらいに深夜明けの身体を溶かしにかかっていた。
夜に生きる人間に朝日は大敵だ。吸血鬼も同然の生活をしているんだからな。実質吸血鬼。伝説の存在になったので、そこらの通勤中の人間に勝ったー。はい勝ちましたー。さいきょーむてき。
「オッサン、帰るぞ……ってあれ?」
そんな深夜のテンションのまま帰路につくと、さっきまでベッタリだったオッサンが申し訳なさそうに足を止める。
「なーにしてんの?」
「いや、さすがにもう一週間も世話になりっぱなしはな……」
「行くとこないんだろ? 家主の俺がいいって言ってるんだから気にすんなって」
「うぅむ……孝宏がそういうなら……まあ、ありがたいけども……」
見た目によらず、いや、見た目通り社会の規則とかを気にしてるオッサン。
やれやれ、これだから大人ってやつは。
「オッサンさ、少しは幼女ちゃんを見習いな? 家主のデザートも無断で食べるあの図々しさ、もう強盗モンよ?」
「す、すまん」
「責めてないって。オッサンはオッサン、幼女ちゃんは幼女ちゃんだろ?」
「でも実際は二人で一つ、みたいなもので——」
「あーあー、そのなんとかっていう病気? 呪い? それは聞いた、理解した」
「理解したのか?」
「今すぐにどうにかならないことを理解した」
「理解してないじゃないか」
「だからまあ、多少どうにかなるまで、家にいればいいって」
そうこう言い合っている間に、ファミリー向けのマンションが見えてくる。
都合の良いことに3LDKな作りをして、それぞれ一室ずつ割り当てた、俺たちの部屋。
バイト上がりに拾っただけの、大した縁もゆかりもない相手だけど。
そんな相手が、俺の新しい家族として同じ部屋に住み始めていた。
「おかえり、オッサン。ついでに俺もただいま」
「ああ————ただいま」
両親が離婚し、父親が蒸発してこの部屋だけを残された、ただの高校生の俺と。
性別がコロコロ入れ替わる二人で一つな、訳アリな幼女とオッサン。
不条理、理不尽、不平等。
そんな三拍子が揃ったこの世の中で、俺たちは同じ家に今日も帰り着く。