ひんぬー教の教組、異世界できょぬーに囲まれる
俺はひんぬー教の教組をやっている者だ。
ひんぬー教の教義はたったの三つ。
一つ、ひんぬーを愛す。
二つ、ひんぬーを護る。
三つ、ひんぬーを祭る。
至極単純なその教義は、とてもよく守られている。
ただ一つ問題があるとすれば、それは――。
「ひんぬー教を認めろー!」
「我々は卑猥団体ではないぞー!」
「きょぬー教に負けるなー!」
ひんぬー教設立後、すぐに教徒は一〇〇人に達した。だが、その程度で止まっていてはいけないのだ。
俺が設立したひんぬー教に対抗してか知らないが、なんときょぬー教を設立した奴が表れたのだ。そんなことが許されていいわけがない。しかも、奴らは宗教団体として認められた。
そう、認められたのだ。
きょぬーは認められたのに、ひんぬーは認められない。
こんな差別があっていいのか? 否、断じてならない。
そう思い、俺たちは同志を募って毎日デモを繰り返している。ごく小規模なものではあるが、デモをすることに意味があるのだと思っている。まずは、行動あるのみだ。
「くそッ。きょぬー教の勢力が収まらない……! 奴らもう一万人を突破しただと!?」
俺たちの一〇〇倍の教徒を抱えてしまっている。
しかも奴らは、きょぬーは母なる乳だとして、神聖視しているのだ。俺は断じて許さない。
だが、それも今日までだ。
今日はひんぬ―教を設立して一周年。
初めてのひんぬー祭が催される。デモ行進中だというのに、俺はそのことで頭がいっぱいだ。すでに参加者はきょぬー教からも引っ張ってきており、寝返らせることも視野に入れて行動しているのだ。
「ふは、これで巻き返して見せる! ひんぬーは正義ッ!」
それが俺の今世での最後の言葉だと、思いもしなかった。
交差点の突入するデモ隊。同時に信号を無視して突っ込んでくる大型トラック――。
俺の意識は、そこで途絶えた。
* * *
この世界は腐っている。
俺は前世では日本で生まれ、そしてひんぬー教の教組をやっていた。
だが、なんだこの世界は。
「王太子殿下、ばんざーい!!」
「きゃーっ! 殿下がこっちを見たわよ!」
一五歳で行われる王太子になる式典には、女性が多く詰めかけた。それもそのはず、王族に生まれた俺は、この世界の女たちにとっては魅力的だったのだ。
クソみたいに太った父王と、ありえないほどの爆乳を持つ母の間に生まれた王子、それが俺だ。
当然のように、俺の体もぶくぶくに太っている。世界で一番太っているのではないかと思うほどの太り具合だ。この世界の男性は、太っていれば太っているほどかっこいい。
反対に女性は、胸が大きければ大きいほど美しいとされている。
俺は太りたくなかった。でも、太らざるを得ないのだ。
この世界の食事が劇的にうまいというわけでもないのだが、食卓に出されたすべての食事を食べつくし、さらに間食をはさみまくるというのが公務だというのだ。それをしなければ、父王に烈火の如き怒りに晒される。
そして、母は爆乳の持ち主であるが、俺はまったくといっていいほど興奮しない。婚約者もいるが、そいつも母並みの爆乳の持ち主だ。
何度も婚約破棄を訴えているが、両親はまったく聞き入れてくれない。
故に、何度でも言おう。
この世界は――腐っている。
* * *
「殿下、そろそろ起きてください。公務の時間です」
また、あの公務の時間か。
俺は憂鬱になりながら、ベッドから這い出る。
体重は一〇〇キロを超えており、体型も俺の望むスリムなものではない。
重い瞼を持ち上げ、メイドを見た。
「……は?」
「ッ、何か、失礼でもございましたでしょうか……?」
心の底から疑問が沸き起こった。
昨日までのメイドはどうした? なぜ、お前のようなやつがいる?
そんな疑問を感じ取ったのか、彼女は自己紹介を始めた。
「ほ、本日から私が殿下の専属メイドにつけられました。よろしくお願いいたします、殿下」
一礼し、体を震わせている彼女。
谷間を露出せず、ぴったりと体に張り付いたメイド服はとてもかわいらしいフリルが満載だ。
胸が強調されていない。体が震えていても胸が揺れない。
だが、そこには確かにふくらみがあった。
――これだ。
俺が求めていたのは、これだ!
「あ、あああぁぁああぁあ――――!!!」
「ど、どうかされましたか!? 殿下!」
つい叫んでしまうほどに、俺の感情が弾ける。
メイドに、なんでもないと言いつつ名前を聞く。
「わ、私はユリーゼと申します」
「そうか。ユリーゼ、なぜ昨日とメイドが変わった?」
「王太子になられた殿下のお側は、代々魅力のまったくない私たち貧乳の者が担当しております……。万が一があってはならないので、胸の大きな女性は近くにやってはならない、と王憲に定められております……」
王憲とはアレだ。
王族に対して効力を発する憲法だ。この国の最高法規だ。初めてそれに感謝をした。
王憲の中には、王族の公務が食事だとするものもある中で、こんな天国のようなものまであったのか。
驚きを隠せない中、俺は確かにこの世界なら通用するのかもな、と思う。
特に、きょぬー教の奴らが俺と同じ立場だったなら、絶対に手を出したはずだ。
「そ、それから、昨日までは成人しておりませんでしたので、母なる乳が殿下の成長を見届ける、という王憲もありますので……」
思い出したように付け加えられる、俺の知らざる王憲。
つまり俺は、今後毎日、このユリーゼとともに過ごすということだ。
なんという天国。そして地獄。
王族である以上、ひんぬーに手を出すことはできない。王憲には、ひんぬーと結ばれし王は国家転覆の罪に問われるとあるのだ。
小さなころから、ひんぬーに手を出してはならないといやというほど聞かされている。
それを、これから変えなければッ!
だいたい、ひんぬーが迫害されているという状況がおかしいのだ。ひんぬーは神。そして正義だ。
「決めたぞ。ユリーゼ、俺はお前を娶ってやる。それまで待っていてくれ」
「!? いけません! そんなことをなされば、最悪の場合王太子といえど処刑されてしまいます!」
ユリーゼが必死になって、俺を説得しようとする。
「俺は――俺はずっとずっとずっとずっと我慢していたんだぞ! この一五年ッ、見たくもないきょぬーを見せつけられ! あまつさえそれを母なる乳だという認識を植え付けられるところだったんだ!」
「そ、そんな……殿下! お考え直しください! この国の王子は殿下しかおられないのですよ!? もし王太子殿下が処刑なんてされれば――この国は終わりです!」
「――そうか。そうだったな。……つまり、チャンスはあるってことだ! どうにかして世論を動かさないとな……今後のやることが決まった。ユリーゼ、俺の手伝いをしてくれ。俺はお前のその完璧で至高のひんぬーを手に入れたい!」
瞬間、ユリーゼの顔が真っ赤に染まる。
「じょ、冗談でもダメです。そんなこと言ってはいけません。わた、私の胸にそんな魅力はないですから……」
「いや、俺が保障する。ユリーゼのひんぬーこそが正義で、神聖視されるべきなんだ」
俺以外にもいるはずだ。この世界に。本当はきょぬーなんていらないが、この国の風潮に逆らえない者たちが。
それに、俺はひんぬー教の教組として、ひんぬー迫害問題を解決しなければならない。ひんぬーの地位向上に貢献しなければならない。
俺は思いを新たに、顔を真っ赤にしたままのユリーゼを連れて公務に向かった。





