斬り続けた先の、その果てへ
ティール国の初代剣聖として多大なる功績を残した曽祖父。その血を受け継ぐラグは貴族なら誰でも使える『剣精』を従えていない〝不能〟と呼ばれていた。
そんなラグの部屋でダラダラと、ニート生活するロリババア剣精〝ミツハ〟。かつて初代剣聖に仕えた彼女は『力を借りたければ相応の誠意を見せろ』と言いのけ、ニートを満喫していた。
そんな、力を貸さないニート剣聖と、幼馴染の婚約者セイラ、そして陰謀渦巻く学院をラグは剣と愛と時々スイーツで生き抜いていく――!
「最後にひとつだけいいか…………ミツハ……」
ベッドに横たわる老人。その横で静かに看病する女に、老人は語りかける。
「なんじゃ……? お主の望みなら聞いてやらんこともないが」
そう、口先では不遜な態度をとってはいるものの、表情は明るくない。老人が何かを彼女に望むことなど、滅多に無かった。
だから、先を促した。終わりを予期しているのは、どちらも同じだった。
老人はゆっくりと、先を話し出す。
「もしも子孫に――この家が続いていればの話だが――わしのようなのが子孫に現れたら、また力を貸してやってくれんか?」
「……息子じゃのうてか」
「分かっとるだろう。……あいつには必要ない。勿論、それにはわしらの居場所も含まれとる――それでも」
――それでも、この先がずっと平和に続くかなんぞ分からん、だから――と。
その先にあるはずだった言葉を言うことなく、会話の主は息を引き取った。それを待っていたかのように、話し相手だった女もしばらくして姿を消した。
「……最後まで人のことばかりか」
ひとこと、そう呟いて。
* * *
「なあ、良ければ相手してくんねーか?」
目の前の大男はそう言って僕の顔を覗き込む。
「相手か? あいにく……って居ないのか」
「そっちこそ、な。せっかく合同授業だってのに誰も組んでくれねーのよ」
困った顔で手をひらひらと振る男。その腕に刻まれた傷の多さが、その手のひらの厚さが、そいつ自身を語っている。
――学院の実技授業は、自分に釣り合う、もしくは上の実力の相手を探すところから既に始まっている。
そんな重要な、実技場に入るための練習相手を探す時間。僕はただ実技場前の壁に寄りかかって時間を潰していた。
だからこそ、わざわざやる気のなさそうな僕に話しかけなくとも、と普通は考える。……が、そんな普通の人間はこいつと組みたいだなんて誰も思わない。
なにせ〝狼藉者〟なんてあだ名がつくぐらいキレてると噂の男だ。実技授業の成績だけは良いから学院に残っているとかなんとか。他のクラスだから詳しくは知らないが。
「……なるほど、ね。どうせ僕も余るまで組んでくれないだろうし――そっちがいいなら組もう」
「いいのか? 別に断ったっていいんだぜ?」
「断って他の相手を待つのも面倒だしな」
そうかそうか、と嬉しそうに納得する〝狼藉者〟――ハルクと共に、僕は実技場の門を潜った。
「それじゃあ、頼むぜ」
「こっちこそ。お手柔らかに頼むよ」
あてがわれた実技場の中央に相対し、剣を構える。
そして、剣に意識を向ける。そうすることで剣精の加護を受け身体強化を行うことができるのだが……
「――加護で強化はしないのか?」
「ああ。……できないんだよ、それ。これも汎用剣精の剣だしな」
「じゃあもしかして、お前が噂の……」
「不名誉なあだ名のことを言ってるなら、それは僕のことで間違いないよ」
そうか、と短く首肯。そして、一気に戦闘態勢へ。
お互いにゆっくりと構え、短く息を吐き、一歩目を踏み出す――
肉薄。
大きな身体には似合わない俊敏さで、こちらとの距離を詰めてくるハルト。もちろん、こちらもただ受け身というわけにはいかない。一気に距離を詰めてくる相手にはこちらも前に出るだけだ。
そして、剣がぶつかる。
「――!」
ギン、と鈍い金属音。剣戟というより打撃に近い一撃。
それに力負けし、じり、と後退する足。正面から受けるには強すぎる力に抗うことをやめ、すっと剣をいなす。そうしてできた隙にバックステップで距離を取り、振り出しへと戻す。
「……正面から受けるか! 意外と漢だな!」
「どれぐらいの強さなのか気になったんだ。良くも悪くも話題だからね」
お前ほどじゃない、と言いつつ、もう一度距離を詰めてくるハルト。その剣筋を見極めるため、ギリギリでの回避を選択する。
身体が小さい分、こういった瞬発力が必要とされる戦い方なら有利が取れるだろう、という見立てで。
「避けられたか。まあ力押しじゃあ負けるわな」
「そりゃ、ね」
……これ以上喰らえば身体へのダメージで一気に戦闘不能だ、なんて言わないが。
距離を取ってヒット・アンド・アウェイに近い戦闘を何度か続けると、ハルトは斬撃の範囲を狭め、こちらの速攻型のスタイルへと寄せてくる。
戦闘中の臨機応変さといい、パワーもスピードもある。自分より数段上の相手であることは間違いない。
――――これ以上長引かせても負ける。
決めるのは一瞬。反応が遅れるタイミング。
反復運動のように続く小さな斬り合いからの深い斬撃。
……ハルトが軽く斬撃を放った後が勝負だ。
代わり映えのない動きに飽きが来るこのタイミングを逃せば先はない。
剣が、振り下ろされる。
――ずっと見せなかった、切り札。汎用剣精による身体強化のコントロール。
身体強化を足のみに集中させ、爆発的な瞬発力を得ることで相手の意表を突く。身体強化を一部へ集中させると、他の強化の効果が切れる。が、斬り合いの一瞬の思考力なら集中さえ切れなければ問題ない。
剣筋の正確さが、この技を技として成立させるための要だ。
身体強化を意図的にキックし、足へと集中させる。
身体だけがすっと軽くなる。
ハルトの剣をくぐり抜けたその先へと、剣先が吸い込まれていく。
「――!」
剣先は、確かに身体を斬った。……が、汎用剣精と剣精の精霊としての格の違いが、その一点突破を不可能にさせる。
剣から伝わる感触が一気に硬くなる。それに負けを確信した僕はせめて大きなダメージを、と奥まで斬り込むが、彼の剣精がそれを許すことなく、剣と彼の両方を更に強化する。揺らめく炎に、彼の属性を見ながら僕は地面へとダイブした。
「……いい試合だった。もう少し反応が遅れていれば負けてたのは俺だった」
「ありがとう。こっちこそ、いい体験ができて嬉しいよ」
ゆっくりと立ち上がる。剣精の身体強化の差でダメージを受ける僕の様子を見て、ハルクは口を開く。
「なあ、それでいいのか? 剣精さえいれば――」
立ち上がるも、ぐらり、と揺れる僕に手を差し出す彼。そんな彼の手を借り、立ち上がる僕は言う。
「居ないものはしょうがない。これでやっていくしかないんだ」
「……そう、か。悪かった、こんなこと言って。忘れてくれ」
そう言う僕に、納得がいかないと。口では言わないものの、不満が透けて見える態度のハルト。そんな彼に、僕はまた組もうとだけ言って実技場から退出した。
――剣聖と呼ばれる男が、この国にはいる。強力な剣精を従え、それに見合った剣技でその他を圧倒する存在が。そして、その初代は――僕の曽祖父に当たる人物だ。
剣精は血を対価として契約を結ぶ。強力な剣精を従えた戦争での活躍を経て、この国――ティールを治める貴族や王族となっていった。そんな貴族の、しかもかなりの血統の末裔に長男として生まれながらも剣精との契約ができない〝不能〟。
……それが僕だ。
実技成績の不振で退学も近いな、と。そう思いつつ学院を後にした。
* * *
「ただいま」
寮の自室。人のいない部屋に僕の声が響く。点けっぱなしの魔力灯の元、狭い部屋の奥へと足をひきずる。
「よう帰ってきたのお。今日の授業はどうじゃった?」
……人のいないはずの部屋からの返答。
それに驚くこともなく、僕は買ってきたスイーツを保存庫へと仕舞いながら会話を続ける。
「……まあ、いつも通りだよ」
「ま~た負けおって。修練が足らんのではないか?」
「足らんのは修練じゃなくあんたの力だよ――ババア」
そう言って、僕は声の主を見やる。……そこには、ベッドの上で雑誌を読みながらくつろぐ幼女の姿があった。
「……ふん、ババアなどと呼ぶやつに誰が力を貸すか、このアホウ。わし――〝ミツハ〟の力を借りたければ相応の誠意を見せい」
「じゃあ今日買ってきたエクレアは一人で美味しく頂くとするか。セイラのおすすめで、カスタードクリームの甘さが丁度いいって太鼓判を押してたから買ったんだけどなぁ」
「セイラのおすすめじゃと! それは聞き捨てならんの」
「ミツハ様も好きだと思う、なんてセイラも言ってたけどなぁ」
「そんな……そんな無体な……」
急にしおらしくなるのもいつものこと。天そう分かっていても、いつも折れてしまう僕。
「ああ、もう。分かった、分かったから――紅茶淹れるからしばらくおとなしく待っててくれ」
それでいいのじゃ、と。心待ちにしていたデザートへの期待感を隠せない幼女に苦笑する。
そんな幼女を横目に見つつ、この間買った茶葉はどこへやったかな――と。備え付けの戸棚を探していた、その時だった。
「――っ!」
違和感。
足裏で小さなゴミを踏んでしまった時のような、そんな違和感。
きっと誰もがなんとでもないと放っておく、それぐらいの変化。
――それでも、見過ごしてはいけないと心のどこかで自分が言う。
「……ちょっと急用思い出した。紅茶淹れるのはちょっと待ってくれ」
「どこか行くのか? 今から?」
「多分すぐ済むと思う」
「……なら仕方ないのぉ。しばし待ってやることにする。……あまり待たせるでないぞ? 待ちきれずに食べて無くなってしまってもわしのせいではないからの!」
そう言って、ぽふんとベッドへダイブする幼女。
はいはい、と返事をしつつ、僕は部屋を飛び出した。