その出会いに花束を。そして、その別れに祝福を。
平凡な日々を過ごしていた男子高校生、東城辻也。しかし、彼の平凡はある日転校してきた一人の少女、吾桃宮なでしことの出会いで終わりを迎える。
みなさま、非凡の果ての出会いに、どうか花束を。そして、果ての別れに、どうか祝福を。
切に願う。出会いのない日々を。別れのない日々を。
別れは、とてもつらくて、悲しいことだと知っているから。
出会いも、別れも、呪いだと知っているから。
転校生を紹介する。先生の言葉に、俺を含む教室はわきたった。
それもそのはず。なにしろ、早朝から朝練をしている部活のやつが、学校の前に超高級車が停まっていたと騒いでいたのだから。
車に詳しい奴の言によると、後ろに乗る人のために作られたタイプの車。つまり、VIPなやつがここに転校してきたのだ!
「それじゃあ、入ってくれ」
先ほどまでボコボコと沸騰していた教室は、一瞬にして静まり返り、先生が名前を黒板に書く音と、転校生の足音だけが教室に響く。
「吾桃宮なでしこと申します。本日から、この学校に通うことになりました。皆様、よろしくお願いいたします」
皆、圧倒されていた。
多くの白髪と、少しの黒髪が混ざり作られた、銀の髪のきらめきに。
触れれば折れてしまいそうなほど繊細で、真っ白な五体に。
そしてなにより、その立ち振る舞いから感じる、はかなさに。
「吾桃宮、挨拶はそれだけでいいのか? 自己紹介とか……」
「申し訳ありません、先生。何をお話したらいいか、分からなくて……」
「あー……じゃあ、質問あるやつ、いるか?」
「はい! なでしこさんの好きなものと嫌いなものを教えてください!」
普段ひときわ騒がしい女子の一人がそう質問して、皆が先を越された、という顔をする。
「そう、ですね……もの、というより事柄になってしまいますが、好きなのは、こうして新しくお友達になっていただけそうな方々と出会うこと。嫌いというか、苦手なのは、お友達になった方とお別れすることでしょうか……」
少し恥ずかしそうに微笑みながら答える吾桃宮に、男子のみならず、女子まで魅了されたと感じる。
「ですので──」
しかし、その魅了は。
「──できれば、私とはお友達にならないでください」
その言葉で、凍り付いた。
「先生、ほかに質問のある方はいらっしゃらないようですので、席を決めていただきたいのですが」
「え、あ、ああ。じゃあ……東城の隣が空いてるから、そこで。東城、手、あげてやれ」
「え、俺?」
指名されて一瞬びくっとするも、たしかに教室の左から二番目最後列。そしてクラスの人数的に一番左の列、つまり俺の左隣は空いている席か……。
美人の転校生の唯一の隣の席なんて、クラスの連中にうらやましがられるポジションだろう。さっきの一言さえなければ。
「東城さん、よろしくお願いします」
「え。ああ……こっちこそ、よろしく」
何が言いたいのか、さっぱり分からない……よろしくといっておきながら、友達になろうとするな?
正直、あまりよろしくしたくないタイプではあった。
自己紹介の一言が相当効いたらしく、一限を終えての休憩時間になってもだれもそばに寄ろうとすらしない。その被害は俺にまで及び、正直いづらい。
「あー……吾桃宮、サン?」
そこで、元凶を何とかできないかと話しかけてみる。
「何でしょう、東城さん」
あ、返事はしてくれるのか……つまり、知り合いくらいにならなってもいい、のか?
「いや、朝の一言、あんな堂々と言えるとかスゲーなって思って。超高級車停まってたって聞いたから、どこぞのご令嬢ご令息が来るもんだと思ってたけど。いや、ご令嬢にはご令嬢なのか」
正直、無視されてもおかしくないと思ってたから、しどろもどろになる。何が言いたいんだ俺……!
「その、どうしてあんなこと言ったんだ? 吾桃宮サン、友達になれるような人との出会い自体は好きだって言ってたじゃん。これが初めての会話だから中身わかんないけど、外見もいいし、あんなこと言わなきゃ、今頃クラスの人気者だぜ?」
うおお、クラス中からそうだそうだの視線が送られてきているのを感じる。
「あれか? 親の事情で引っ越しが多いから、友達作ってすぐお別れが悲しい、とか?」
「いえ。使用人がいますし、親がいないとだめという年でもありませんからそのような理由で引っ越しはしません」
「あー……じゃあ、なんで?」
俺がそう聞くと、吾桃宮は考え込んだ。
「……もしかして、難病にでもかかってるのか? そうだって言われても納得するような体格と髪ではあるし」
「もともと肉が付きにくい体質なのと、母が銀髪なので。その遺伝でしょう。とかく、健康体ではあります」
あー……ダメだ。何考えてるのかわかんねー。
「まあ、言っても信じないような理由だと思いますので、笑われるくらいなら話さないでおきます」
「笑わないし疑わないから話して、っつっても、ダメ?」
「はい。……あの、お話は以上でしょうか」
「あー……ソウデスネ……」
「そうですか」
そう言って吾桃宮は俺から視線を外し、何が書かれているわけでもないのに黒板の方に向き直った。
はぁ……え? なに、あれ? 態度こそ謙虚だけど、あなた方は私の友達にふさわしくない、とかいう高飛車系お嬢様なの?
吾桃宮の発言。その真意のかけらすら見ることなく二限の予鈴が鳴り響いた。
その後、さっきの俺を見て無視はされないとわかったからか、何人か男子女子が話しかけるも、放課後までことごとくが玉砕。
うん、男女で態度の差がないあたり、男嫌い、女嫌いというわけではなく。丁寧な態度からチャラついた態度まで公平に玉砕させたあたり相手の態度が気に入らないというわけでもない。じゃあ人嫌いなのかと思ったが、それならそもそも話に応じたりしないだろう。会話を聞いてると、ちゃんと相手の名前を覚えるし。
立場の違い? いやいや、それだったら元からお嬢様学校とか通わせるだろう、親が。そもそもこんな庶民学校にお嬢様が通ってるのも疑問だが。
だ、ダメだ。吾桃宮、何考えてんのかさっぱりわかんねー……。
「──さん。東城さん」
「おわっ!? 吾桃宮……サン。なんか用?」
「いえ、部活動紹介はあなたに頼むよう、先生に言われたので。東城さんは帰宅部だと伺いましたので、特に用事がないのでしたら、ご案内願いたいのですが。校内のこともよく分かっていませんし」
くっ……面倒くさそうなやつだからって全部俺に投げやがったな先生。絶対許さねぇ。
「そもそも……部活なんかやる意味あんの?」
「え?」
「吾桃宮サン、友達作る気ねーみたいだし、家が金持ちなら習い事で身に着けられることしか、この学校の部活はやってない。俺らと一緒にいるのが嫌なら、部活なんて入らないで、帰宅部でよくね?」
きつい言い方になってしまったが、現実問題そうとしか思えないんだからこれくらい言ってもいいだろ……泣かれたりしたら、謝るけど。
しかし、吾桃宮は小首をかしげる。
「私、そのようなことは言っていません。それ以前に、そのような事思っていませんよ」
「……ダメだ。やっぱ、吾桃宮が何考えてんのかわかんねー!」
「それはそうでしょう。考えを漏らしていませんし、そもそも今日初めて会ったのですから」
「いや、その通りだよ? その通りだけど! 人が好きなんだとしたらつんけんしすぎだし、人が嫌いなんだとしたら付き合い良いし! 俺が言ってる何考えてるかわかんないってのはそう言うところなんだよ!」
しまった。声を荒げすぎたか。そう思い、謝ろうとした時。
「……そうですね、理由もお話せず、よろしくといいながら友達にはならないなんて、納得できませんよね」
吾桃宮は怯える様子も見せず、そう冷静な態度を保っていた。
「ただ……やはり、理由はお話しできないのです。なぜかも言えません。ごめんなさい」
「……いつか、話せる日は来るのか?」
「わかりません」
「……そうか」
理由はさっぱりわからん。だが、このままじゃ吾桃宮がクラスで孤立しそうだってのは分かる。
あー、くそっ。つくづくお人よしだな、俺も。
「だったら、俺はお前の友達になる。お前が何であんな態度を取らないといけないのかわかるまで。いや、それからも友達だ。よくわからんが、友達自体はほしいんだろう!?」
半ばやけくそでそんな言葉を投げかける。
まあ、こんな事いったところで、吾桃宮なら冷静に流すだけなんだろうが……。
「……ぁ」
「……!? 吾桃宮?」
しかし、吾桃宮は顔を真っ青にして、震えている。滝のような冷や汗すら流している。
嘘だろ、怒鳴っても、イヤミ言っても通用しなかったのに、こんな反応。
何かがおかしい。何か言葉を発しようとする。
「ダメ。もう、それ以上言わないで。ごめんなさい。私が悪かったから、もう、それ以上は、お願いします」
なんだ? 吾桃宮は、なんでこんなことになっている?
友達になる、と言ったのがそんなにまずかったのか? だが、友達を作る気はあるみたいだったし……。
「ごめん、なさい……私、帰ります」
「え? あ、おい! 部活はいいのかよ!」
適切な言葉でないことは分かっていたが、とにかく呼び止めなくてはという一念で叫ぶ。
しかし、吾桃宮は無視して走り去ってしまった。
「……吾桃宮、なんなんだよ……?」
そんなつぶやきは、誰もいなくなった教室にむなしく広がり、消えていった。