騒乱
乗せられたジープの荷台で、リズは恋人の死を受け入れられずにいた。
対ファントム特殊小隊副隊長のブライアン・リロイは、啜り泣く彼女を、痛ましいと思い、励ましの言葉を探した。
しかし、何を言っても、今の彼女を泣き止ませることは出来ないと本心ではわかっていた。
だから、ありきたりな当たり前の言葉をかけるしかなかった。
「大丈夫かい?」
リズは赤く腫れた瞳で、ブライアンを見つめ返した。
「大丈夫に見える?」
綺麗なエメラルドグリーンの瞳が、涙で潤んで、とても魅力的だった。
不謹慎なことに、ブライアンはこの瞬間、彼女に心を奪われた。
それを悟られないように、至って冷静な発言を努めなければならなかった。
「いいや。とても辛そうだ。
…突然のことで、たくさんの人が命を落としてる。
正直、自分の力不足に嫌気が差すよ。」
"ファントム"の脅威と戦うために、兵士として志願したのに、訓練ばかりの日々。
いざ"ファントム"が発生しても、実際に出来ることといえば、こうして、無力な市民とともに、安全地帯へ逃げることだけだ。
小隊の中途半端な立場に、ブライアンは事実、やきもきしていた。
リズは、そんな彼の本心を、断片的にだが、汲んでいるようだった。
「…あなたのせいではないわ。ウェインがああなってしまったのは、誰のせいでもない。責めるつもりなんてないの。
だけれど…ただ、悲しいの。彼が居なくて悲しい。」
ブライアンは、出来ることなら、彼女の頭を撫でて、守ってみせると言い聞かせ、安心させたかった。
曲がりなりにも兵士である自分が、君の命だけは、何があってもと。
だが、リズは自分の目の前に差し迫った死の恐怖すら、霞んでしまう程に、悲しんでいた。
どれ程、あの恋人を愛していたか分かった。
「…苦しいだろうけど、強く生きなきゃ駄目だ。
彼の分まで、君が生きなきゃ」
リズは涙を拭いながら、頷いた。
「ええ。そうよね…。分かってる。…分かってる。」
足場が悪いのか、車体がガタガタと揺れる。
あまりにも激しくバウンドするので、ブライアンは運転手に揶揄をくれようとした。
だが、即座に事態の急変を理解した。
無数の木の根のようなものが、地面を突き上げ張り巡らせ、ジープを追っているのだ。
気付いてない運転手に、注意を促そうとしたが。
ついに、触手の一本が、ジープの車輪に達して、下から思い切り突き上げる。
車体は大きく跳び跳ね、そのまま横転した。
悲鳴が上がって、体を打ち付けられる。
ブライアンは荷台から投げ飛ばされたものの、命に別状はなかった。
それは、リズや、他に乗っていた学生たちも同じだった。
しかし、次の瞬間には、そうではなかった。
ブライアンがこの時、意識を失っていなければ、彼自身の命と引き替えに、何人かの学生を救えたかもしれない。
即座に事態を理解した学生たちが、荷台から離れようとする。
そうした彼らに、地中から飛び出した触手が、襲いかかった。
枝のように分岐した、浅黒いそれが、意図も簡単に人体を貫き、バラバラにしていく。
リズは、頭が混乱して、倒れたままの体を起こせなかった。
目の前で、次々と飛沫を上げて肉片を撒き散らす同級生たちの姿を、愕然と見ているしかなかった。
血を浴びた触手が、更に発達し、複雑に分岐していく。
地面の中に、激しい殺意を持った根が、張り巡らされていくのを感じた。
「いやああああ!!」
リズはようやく、自分の目の前にある死に気付いて、悲鳴をあげた。