即死
「これでおしまい?
タイプ”プレイヤー”で規模”アント”って、これ、判定ミスなんじゃない?司令?」
最期の”ファントム”を倒して、彼女は軽口をたたく。
中庭の安全を確信したのか、ついさっきここに到着はしていたものの、尻ごみしていた国の軍隊が、ジープでこちらに向かってくる。
戦車くらい連れてきてほしかったとウェインは思った。
安全を確信したのか、防災シェルターのドアが開いて、そこから何人も人が出て来る。
これを見て、ウェインはむしゃくしゃしたが、それより気になることがあった。
バスターの彼女が、大砲を肩に担いでこちらにやってくる。
「人間の本性が分かるのは、自分が命の危険にさらされた時。
残念ながら、あたしが守らなきゃいけない人間は、ああ言う奴らばっかりだったってことよね。
…ま、あんただけは違ったみたいだけど」
ウェインは、目の前に来た彼女に返した。
「あんたを誤解してた。謝るよ。
あと、助けてくれて、その……ありがとう」
彼女は、表情一つ変えずウェインの方を見ていたが
「どういたしまして」
次の瞬間には、ワザとらしく微笑んで言い放った。
「さっさと、あの軍隊さんたちの方行ったら?
”オーブ”が完全に消えたって言う通達はないんだから。
油断は」
言われなくても、そうするつもりだ。
相変わらずの上から目線に言ってやるつもりだった。
だが、それは遮られた。
それは、水を含んだような鈍い音。
どす、と、聞こえたそれは、ウェインの肌から脚元から伝って来るようだった。
血を吐いて宙を浮く肢体。
いや、浮いているのではない。
人体は、貫かれ、いとも簡単に、地上から突きあげられていた。
地中から伸びてきた触手が、彼女の腹を横から刺し貫き、ウェインの頭上高々と持ち上げていたのだ。
ぶん、と風を切る音とともに、ぞんざいに投げ捨てられる。
糸の切れた操り人形のように、肢体は力無く、関節はあらぬ方向を向いていた。
リズが悲鳴を上げる。
それで正気に戻った。
「嘘だろ…”バスター”が…」
「やられちまった」
どこかで声が聞こえた。
それを引き金に、恐慌が起きた。
軍事回線に現状を報告する声が聞こえる。
「こちらチームフォックストロット!
只今、”ファントム”と交戦中!
”バスター”が死亡した!
繰り返す!”バスター”死亡!!”バスター”死亡!!
至急、応援を頼む!!至急、応援を!!」
別の"ファントム"が発生したのだ。
地面が盛り上がり、地中からその姿を現した。
木の根のように、輪郭は幾重にも分岐していて、瞬く間に周辺の地面を侵食していく。
顕微鏡の中で見る胞子や黴の類いが、そのまま巨大化したような、そんな印象を覚えた。
控えていた軍隊が、見上げるほどの”ファントム”に、銃撃を浴びせる。
弾丸は余すことなく”ファントム”を貫通した。
煙を撃つように、”ファントム”を通り抜け、傷一つつけられなかった。
それでも、何らかの抵抗になるように、兵士たちは銃口を一点から離さなかった。
一方で、”ファントム”は凶悪だった。
その場から散り散りになって逃げる者たちを、地面から伸ばした触手で突き刺す。
この様に、ウェインも逃げ出す算段を立てなければならなかった。
ジープの影に隠れながら、構内から出ることを考える。
すぐそばを、兵士の一人が吹き飛ばされて行くのを見た。
このままでは、いずれ自分たちもやられてしまう。
何か、奴の気を引くものか、対抗するすべがないと。
だが、普通の軍人の持つ銃では”ファントム”の気を引くこともできない。
まるで実態のないもののように、貫通してしまうからだ。
ふと目に入ったのは、"バスター"の彼女が、即死した瞬間に、取り落とした武器だった。
「ウェイン。だめ」
察し良く気付いたリズは言い放った。
だが、ウェインの決死の行動を止めることはできなかった。
車体の陰から走り出て、怪物の足元にある大砲に向かって行く。
「ウェイン!!」
地面から突きだす触手を、絶妙なタイミングで、ギリギリかわしながら、距離を詰める。
すぐそばにまで来て、足を速めた。
…あと5m…!
頭の中でそうつぶやく。
致命傷を与えるであろう攻撃が、ウェインの脚元をとった。
だが、そのほんの数秒前に、ウェインの手は、大砲を掴んでいた。
小脇に抱えて、真上にいる怪物にむけ、引き金を引く。
「食らえ…!」
リズの静止の声は無駄だった。
引き金は引かれた。
両目をふさいでその場に崩れ落ちる。
ウェインは、自分の身に起こったことが分からなかった。
…簡単なことだった。
”バスター”の人間は、いついかなる時も、”ファントム”が現れた場合、これを迅速に排除しなければならない。
それは、いついかなる時も、そのための武器を持ち合わせることも必須なのである。
”バスター”の持つ特殊な武器は、使用者の指紋認証によってのみ、防犯装置を解除する。
持ち主以外の何者かが、故意に使用するのを防ぐためである。
そして、それ以外の者の故意の仕様が認識された時、防犯システムが作動するようになっていた。
引き金に手を掛けた右腕に、激烈な痛みが生じたと思った。
次の瞬間。
爆裂音と共に、ウェインの右腕は吹っ飛んでいた。
「う…ぐああああああっ!!」
腕のちぎれた箇所を抑え、地べたに這いつくばる。
「ウェイン!!」
叫んで駆け寄ろうとしたリズを、抱きしめるように、抑えつけたのは、彼女の兄であり、”バスター”の総指令であるカーライルだった。
立った今、対ファントム小隊を引き連れ、現場に到着したのである。
「リズ!!行くな!危険すぎる!!」
「嫌よ!!だってウェインが!!」
防犯システムの事を知っている市民は、極端に少ない。
その周知の至らなさが、起した悲劇だった。
だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
兄の制止を振りほどいて、前に出ようとしていたため、”ファントム”の動きに目がいかなかった。
木の根が集まったような胴体から、無数の種が放出された。
まるで弾丸のような速度で放たれたそれは、確実に、兄妹の命を断たんとしていた。
反射だった。
ウェインは、激痛の体を起きあがらせると、真っ先に二人の元へ向かう。
押し退けるには間に合わなかった。
背中を広げて、二人の前に立つ。
鋭い痛みが数回走って、ウェインは血を吐いた。
「ウェイン…!そんな…!!」
倒れたウェインの背には、無数の掌大の種子が突き刺さっていた。
地面に倒れた瞳は閉ざされ、呼吸は…止まっていた。
即死だった。
「嘘…、そんな…、いや…!!いやよ!!ウェイン!!!」
「諦めろ…!彼はもうダメだ!!お前が危ない!!」
カーライルが、リズの両肩を掴んで、胸を痛めながらも、ウェインから引き離す。
泣きじゃくる彼女を兵士に託した。
「安全な場所へ。頼んだぞ」
リズはそれでも、ウェインから目を離せなかった。
掛け寄って、もう一度呼吸を確かめたかった。
生きている。
そう思いたかっただけだった。
だが、現状は無慈悲なものだ。
死を受け入れたのは、彼だけではなく、多くの一般市民が犠牲になっている。
訓練を受けた兵隊や”バスター”までも。
”バスター”がいなければ、現状、”ファントム”を排除するのは不可能だ。
しかも、この"ファントム"は、確実に"パープルオーブ"を含んでいる。
恐れていたことが起きた。
カーライルは、もうすでに、他地区担当の存命の”バスター”への応援を要請をしていたが、未だにその姿は見えない。
「とにかく、今は”バスター”の到着を待つしかない!
この凶悪な奴をここで食い止めろ!」