発生
入学早々のあの事件がきっかけで、ウェインは、学校生活で、よく嫌がらせを受けるようになった。
バスター女が直々に来ることもあれば、取り巻きの男連中に囲まれてボコられることもあった。
リズは、自分は平気だと言ってはいたが、きっと、同じような、もしくはもっと悪質な嫌がらせを受けてるんだろう。
ウェインには、自分に降りかかる火の粉より、リズを巻き添えにしてしまった事が悔やまれて仕方がなかった。
だが、そのようなことすらも、何気ない日常の一部であったと、後々思うことになるとは、ウェインにも予想できなかった。
その日もダリーなとか思っていた昼下がりのことだった。
出たくもない授業の支度をするために、自分のロッカーに向かう。
「おい、良い朝だよな」
肩を掴んで突っかかってきたのは、言うまでもなくあのバスター女の取り巻きで
「お前さえ、いなければ」
頭の後ろを掴まれて、両脇を固められる。
ウェインには慣れた事だったが、この日はいつもより気が立っていた。
「それはこっちのセリフだっての。
毎朝毎朝、わざわざ会いに来てくれやがって。俺はあんたらの恋人じゃねーんだが」
軽口を叩いて挑発する。
腹いせに、勢いよく投げ出されて、廊下に突っ伏した。
その拍子にカバンを奪われて、中身をひっくりかえされる。
周囲が好奇の目で見て来る。
笑い声が上がって、ひそひそ遠ざかる者と、集まってくる者と。
だが、ウェインはいい加減我慢ならなかった。
いい加減、というか、いつも我慢はしていなかったが。
「…ざけんな」
起き上がりざまに、主犯格の奴にタックルを決める。
そのまま壁際に追いつめたが、両脇にいた他の奴に、引き離される。
両腕を掴まれては、抵抗もできなかった。
即座に、正面から顔を殴りつけられる。
廊下の真ん中で始まったリンチに、少なからず引いている者は居るようだったが、あのバスター女のいる手前、口出しできないようだった。
気付いたリズが、人込みをかき分けてこちらにやってくる。
「やめて!どうしてこんなこと!やめてください!」
だが、そんなリズを止めたのは、他でもなくあのバスター女だった。
彼女はリズの傍まで来ると、容赦なく張り手をかます。
「きゃあっ!」
まともに受けたリズは、その場に転んで倒れた。
「リズ!」
ウェインの正面に立った彼女は、茶化すように唇に人差し指を当てて
「いい加減にしたら?いつまでも頑張ってても、良いことなんかないのよ?」
たび重なる嫌がらせに、ウェインは我慢の限界だった。
「…回りくどい言い方してんじゃねェ…!
テメーはなにがしてーんだよ!」
彼女は優位そうに笑うと、さも簡単そうに言った。
「だから、前にも言ったじゃない。
私に謝りなさい。
”ファントム”からあんたたち市民を、命を懸けて守る私に、無礼な言い方したこと。
国の英雄である私を悪者扱いしたこと。
…そうねぇ、土下座くらいしてくれないと、気が済まないわ。
謝ってくれれば、これ以上、あんたの学校生活に手出しはしない。
…分かった?それとも、もっと簡単な言葉で言った方がいいかしら?」
…この女はなにを言っているのだろう。
初めに喧嘩をふっ掛けてきたのは彼女だし、言い方の認識の違いで、ここまで悪質に突き纏ってくるなんて、どうかしている。
だが、これ以上、リズを巻き込めない。
そのためなら、自分の安っぽいプライドなど、切って捨ててしまった方がいいのかもしれない。
本心では、罵声を浴びせ掛けたいのを堪え、ウェインは歯を食いしばった。
その時だった。
災害時用のサイレンが、校内に響き渡った。
一瞬、誰もが、防災訓練か誤報なのだろうと思った。
だが、次の瞬間、その思いは払拭された。
〔緊急警報。
校内にいる職員、学生たちは、ただちに、近くの防災シェルターに避難してください。
繰り返します。
校内にいる職員、学生たちは、ただちに、近くの防災シェルターに避難してください。
これは、訓練ではありません。
繰り返します。〕
この内容に、誰もが凍りついた。
緊急の内容が、事故や火災なら、その場所や原因が、警報に伴って放送されるはずである。
それがない、と言うことは、あることを確定付けていた。
…”ファントム”の発生。
校内の各地には、”ファントム”の襲撃から身を守るための防災シェルターが、いくつか設置されている。
体育館や校庭への集合をすっ飛ばして、その段階の指示があると言うことは…。
「うわあああああ!!」
「”ファントム”だあああああ!!」
その場にいたほとんどの人間が、悲鳴を上げて、我先にと逃げ出した
「落ち着きなさい!取り乱さないで!!」
彼女は懸命に、彼らの正気を取り戻そうとしていたが、上手くいかなかった。
絶叫と悲鳴。
それに混じって、助けを求める声。
「ぐわあああああああ!!だれかっ!!だれかぁあああ!!!!」
教室の方からだった。
壁が壊れるのとほぼ同時に、血だらけの死体が次々飛んでくる。
腕や、足、体の半分が、まるで、食いちぎられたかのように、なくなっていた。
「いやあああああっ!!」
返り血を浴びた女学生が、叫びながら走って行く。
人に揉まれながら、ウェインは、リズの元へ駆け寄った。
手を差し伸べ、背中を支えるように起して、壁が壊れた先を見る。
「あれが…”ファントム”…?」
破壊された教室には、まだ人が残っていた。
”ファントム”は、クラゲのような形をしていたが、その特性は全く異なるようだった。
教室の天井ほど体躯は、蜘蛛のようにするりと教室内を移動し、今しがた教室から逃げだそうとした生徒を、触手で掴んだ。
「うわあああああ!たすけてくれえええ!!」
掴まれた男子生徒は、そのまま、両足を両側から引っ張られ、体の真ん中から引き裂かれる。
リズが悲鳴を上げて目をそらした。
ぎょろりと赤く光る一つ目がこちらを捕らえる。
蛇に睨まれた蛙のように、身動きが取れなくなった。
ダメかと思った。
縮こまるリズの肩を抱き締める。
だが、二人を庇うように前に出たのは、憎いあの人だった。
「こっちよ!」
言い放った声、の直後の爆音。
彼女の手には、巨大な大砲のような武器が握られていて、その砲口は”ファントム”に向けられていた。
「行きなさい」
”ファントム”の注意が、ウェインから、彼女の方に移る。
「逃げて!早く!!」
正気を取り戻して、ウェインはリズの腕を引いて、誰もいなくなった廊下を走り出す。
彼女は、初めて対峙した敵に、それでも優位そうに笑った。
「はじめまして、怪物さん。ダンスは好きかしら?」




