バスター
新入生の一人、ウェインは、凄絶に帰りたかった。
新入生同士の輪を深めるために開かれた、打ち上げ会の席は、一段と嫌な空気に包まれていた。
理由は明確だ。
先ほどから、一人の女学生が、大声で触れまわっているのだ。
自分は”バスター”の一人だと。
国に選ばれた貴重な人材だから、丁重に扱えだの、気に入らないことがあればただじゃおかないだの、もしもの事があれば守ってやるだの。
しかし、それを聞いて、あまり驚く者はいなかった。
”バスター”になれる人間が珍しくないわけではない。
「なにが”バスター”だよ、偉そうに。
肝心の”ファントム”なんか、ここ10年くらい出てないじゃねーか。」
そう。
何が原因かは分からないが、当時はあれほど猛威をふるっていた”ファントム”は、ここ最近発生していなかった。
それでも”ファントム”の存在をウェインが信じているのは、幼いころに一度だけみたことがあるからだ。
空を覆い尽くす雲に、巨大な蜘蛛のような影が映っていて、街並を破壊していた。
やってきた若い男の”バスター”に倒されたようだったが、ウェインがみた”ファントム”はそれが最初で最後だった。
つまりは、あの女の”バスター”も実戦で戦った事はないはずだ。
それなのに、あれほど自信満々に触れまわれる理由が謎だった。
「おい、あんた」
お供を連れて、ふてぶてしく煙草を吸っていた彼女に、言ってやる。
「あんま、調子に乗んない方がいいぞ」
それが、喧嘩言葉と勘違いしたのか、
「御忠告どうもありがとう。でも私、それに見合う能力をもってるから。
なんなら、試してあげてもいいけど?」
煙草をもみ消して、拳を鳴らしながら、こっちに向かってくる。
周囲の奴らは、あいつ”バスター”の奴に喧嘩売ったぞ、なんてまくしたてていた。
「構えないの?」
やる気満々の彼女に対して、ウェインはどう返そうか迷った。
「俺は、そういうつもりで言ったんじゃない。
デカイ顔して油断してると、いつか足をすくわれるって、忠告したかっただけだ」
「何よ。今更怖気づいたの?」
「そうじゃなくて、女を殴るつもりなんかねーよ、最初から」
だが、彼女は、聞く耳を持たなかった。
好戦的に笑って、構えた拳で、ウェインの顔を殴った。
「てめ…」
よろけたとこに、飛んできたサマーソルトがクリーンヒットする。
踏みとどまれなくて、床に突っ伏した。
歓声とブーイングが同時に起こる。
両手を広げて、気持ちよく会釈している彼女に、拍手さえわき上がった。
「ダッセ」
「女に負けてんじゃねーよ」
なじった声が、倒れたウェインの上に、飲みかけのジュースや水をふっ掛けて来る。
「どいて、どいてください。ウェイン、大丈夫?」
やってきたリズが、脇にいた野次馬どもをのけて、ウェインの方へ来た。
「大変、血がでてる…」
ハンカチを取り出して、すりむいた頬にあてがう。
そんなリズが気に入らなかったのか、優位に浸っていた彼女が
「そこのあなた」
リズを指して、高らかに言い放った。
「優しいつもりなのかもしれないけど、まず、私に挑んできたのは彼よ?
この国の安全を守る、”バスター”の私を、悪者扱いしたいのかしら?」
「そんな、私はただ…」
「おい、文句があるなら、俺だけに言えばいいだろ」
リズを責められるのが癪で、前に出て言い放つ。
それが面白くないらしかった。
「ほら、またその態度。私をバカにしてるわ。
私に謝りなさいよ。楽しい学校生活を送りたいんでしょう?」
我慢ならなくて、ウェインはとうとう言ってやる。
「クソ食らえ」
それから、リズの腕を引いて、彼女の前から立ち去った。