少女の選択
会話の流れが難しい。
爽やかな朝になった。
五感に訴えるのは風に運ばれた花の香りと朝食の肉が焼ける匂い。
熱さを訴える季節にはまだ遠いこの頃である。
場所は食堂。
そして長い机と高級な椅子は彼らの身分の高さを教えた。
家長が座る席と反対に座るメル。
その隣をベガとシフォンが座る。
「すまないね。食糧事情があまり良くなのだ」
ソサエクスが出す料理は高級、だが最高級ではないそれを出す。
ただ現状を見て不満を出すものなどいない。
いくら大貴族のメルだからといって、ないものは無いのだ。
それにそんなことで我が儘をいうほどメルは器量が小さくないし、子供でもない。
いや、それよりも本題に入らなければならない。
「ソサエクスさん、後でお部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」
メルは決心をしながらソサエクスに尋ねた。
昨日と同じ部屋に集合するメルとベガ。
大人たちはソサエクスに加えて二人の騎士団長とシフォンだけである。
「停戦交渉をさせて下さい」
部屋に響くその決意は大人たち誰もが鋭い目線でメルを見つめた。
冷静に……務めて冷静に尋ねるのはソサエクス。
「……まずなぜそう、考えたのかお聞かせ願えますか?」
「知っての通り、私はシュレインゴール家の一員であり一人娘です。自分でいうのもなんですが、シュレインゴール家は大きな家です」
その認識に間違えは無い。
彼らお抱えの騎士団が4つある時点で察することが出来る。
他にも商業的に発展していることもあり、都市と都市を繋ぐ貿易都市としての役割を持つ。
そんな大貴族に分類されるシュレインゴール家を笑うものなどいない。
「ソサエクス様の代わりに貴族として交渉します」
「……なぜそこまでされるのでしょうか?」
「これ以上の戦火の拡大は誰も望んでないからです。そのことを真摯に王国に伝えれば、きっと彼らも分かってくれます」
メルは理解していた。
これは貴族と国民たちの戦いであると、そしてその交渉で国民の声を届けるのは自分しかいないと。
「私は民の声を……心の声を……王国に貴族に伝えたい思います」
真っ直ぐなメルの瞳はソサエクスを見つめた。
若さを宿した無謀さは時に空よりも輝いて見えるものだ。
「殺されるかもしれませんよ? 使者を見せしめで殺すのはいつの世でも常套手段でしたから」
「覚悟はできています。ですから、警護のための兵を貸してほしいのです」
コーヒーが運ばれる。
それは執事が運ぶ高級なものだ。香りは良く、部屋の外にまで漂うくらいだ。
そのコーヒーは黒かった。どす黒いそれは闇そのものであるかのように黒かった。
真っ黒な液体に少しのミルクを入れようとする。
ほんの少しの甘さだ。気休めにしかならないのかもしれない。
けれども、その闇は確かに少しだけ明るく――。
「残念ながら、メル様の要望には応えられません。そして――」
執事の動きを止めるソサエクス。
「なんども言っているだろう? 私にそれは必要ない」
新人の彼は慌てたようにお辞儀をし、退出する。
静かにコーヒーを見つめるソサエクスはそれを少し飲む。
理解できないメルは再度尋ねようとした。
その声には慌て、驚き。
恐れがあった。
「ど、どうして、でしょうか?」
口調を崩しかけたメルはなんとか動揺から立ち直り、それが聞き間違えであったと祈る。
しかし。
「……メル様は確かに交渉が出来るかもしれませんが、もう決まったことなんです」
意味が分からなかった。けれども彼の瞳が黒く濁っているのを見て理解する。
何かも失ったものが、最後に足掻くときの目だと。
恐怖するメルはそのまま黙り込む。
壁に飾ってある国の全体地図を見ていたベガは、シフォンに質問する。
「そういえば、あの時の答えは聞かせてもらえないかのう?」
「……僕がここにいる理由かい?」
笑うシフォンは丁度いいとばかりに説明する。
「僕がいるのはメル様をグッテンバルグに届けるためと
――義勇兵としてここで戦うためだよ」
「!」
メルとベガはやけに多かった兵団たちの意味をやっと理解した。
最初からおかしかったのだ。普段付いて行くはずの直属魔術師が領主の元から離れ、自分の娘を守っているという現状が。
王都で名を轟かす第一騎士団と第二騎士団がたった一人の少女の護衛に就くことなど――すべて、全ておかしかったのだ。
要するに。
「メル様には国から離れリンベイルに行ってもらいます。それが私とシュレインゴール卿との“交渉”でしたのでね」
メルは理解した。
自分がしていることと、しようとしていることは交渉ではなく、交渉の場に立っているだけであったのだと。
交渉の場において片方が立っていて、片方が座っているというのはあり得ないことだ。
対等な立場で初めて実現するそれは同じ目線でなければならない。
ストンと床に垂れ込むメル。
椅子に座っているソサエクスとメルの目線は明らかに逆転し、メルが下になる。
「……あなたに交渉権はありません。内乱が落ち着いたころにはまた“お話”をしましょう」
叩きつけられた現実は如何に自分が無力であったのかを知らせる。
自分の知らないところで、自分の運命が決まっていく。
けれども、だからこそだろう。
「……このことは旅の前から決まっていたのか?」
「勿論だよ。僕たちが決めたことで、覚悟していたことさ」
ベガの質問に素直に答えるシフォン。
彼らの目には決意の炎が見える。死ぬことを恐れない戦士の目だ。
他人の復習の業火、その種火としての目ではない。
だから、なのだろう。
「……第一騎士団だけが来る予定だったんだけどな。どうして来たのかな?」
「それはあなたも一緒でしょう?」
笑うシフォンと女性である第二騎士団長。
むっとしたのは残った第一騎士団長の彼だ。
「私たちは確かに命令されましたが、命令されていなくてもついて行きましたよ」
それはソサエクスも予想していないことだった。
当初聞いていた予定よりも多く派遣された騎士に戸惑いはした。
けれども理解はできる。
「報酬以上のものを出されたら意地でも守らなくてはならんのぅ」
破棄することが出来ない以上それは何が何でも守らなくてならないものへと変わった。確実に安全にメルを運ばなくてはならないという強い義務が生じる。
「メル様を送った後はソサエクス殿の指揮に従う予定です。元々戦場で死ぬことは覚悟していた身ですので……」
ただ一つ残念なのが、主の元で戦うのではなく、その復習の火になることくらいだ。
……無駄死にといってもいいのかもしれない。
復讐に捕らわれたソサエクスに効果的な策があるのかも疑問だ。
猛火の如く燃える瞳がメルを見下し。
「そういうわけですメル様。残念なことですが、停戦を行うことなどできません」
絶望を告げた。
復習に捕らわれたソサエクスを止めることはできず。
メルはただ自分たちの家族が、領民が、戦火に巻き込まれるのを見ることしかできなかった。
その炎は既にメルの周りを囲んでいた。熱く苦しい中、たった一つの希望を見つける。
返せるものは無し、虫いい話だと思う。けれども彼女しかいなかったのだ。
この状況をひっくり返せるほどのチーターな少女は――。
「助けて……ベガちゃん」
力なく、懇願するように言葉は紡がれた。
雑になってしまいました。
すいません。