グッテンバルグの現状
グッテンバルグは豊かな都市であるのは誰もが知ることだった。
それは例え農村部に住む学のないものでも知っていることでもあり。
つまり、この現状は当然のことであったのだ。
「! ……どういうことですか?」
思わず立ち上がるメルは混乱しながらも落ち着いた声でソサエクスに問いかけた。
立ち上がった反動で椅子が揺れるもソサエクスはそのようなことを気にしない。
気にしないどころか。
「さきも言った通り、あなたたちを迎えることはできません」
室内に響いた言葉はヴォルドたち冒険者を含めて絶望に落とした。
なぜなら内戦は拡大の一途をたどり、避難民が生まれていたから。
逃げる方向は圧政をひく王国ではなく反乱軍のあるグッテンバルグに向かうのは当然であり。
「知っての通り、この都市は大量の避難民によって食料不足に陥っている。見てくれ」
ソサエクスが指さすのは都市の外だ。
彼らがいるのは現在、ソサエクスのパーティー六景の冒険者が住居にしている城だ。
都市の中で一番高く大きい建物で、都市の外まで見渡せる。
「都市の外に住居が……」
呟いたメル。
それはスラム街といわれているものだった。
都市での生活スペースが無いものがその近郊で住居を立てる、それがスラムになるのだ。
「現在彼らを養うほどの財力がありません。そればかりか、犯罪者の塒として使われることもある状態だ」
これは一種の兵糧攻めであった。
反乱軍を指揮する彼らが民を見捨てる訳にはいかず、中途半端な対応をしたことも原因だろう。
豪華な調度品が多くある一室。
ペタンと力なく座るメル。
だから、一つの希望を尋ねる。
「て、停戦は、停戦はできないのですか?!」
彼らを救うにはそれしか道が無いのだ。
一方的に偏っている人口は王都や他の都市に分散させることで、負担の軽減になる。
荒らされた田畑の回復には時間がかかるが、それでも数か月かは彼らを養うことはできるだろう。
ドンっと。
大きな音がした。
机に叩かれたその手は赤く、憤怒の色に染まっている。
驚いたのはこの場にいる全員だ。
なぜならその場で最も冷静でなければいけないソサエクスが机をたたいたからだ。
怒りに染まった彼は見られていることに気付き、落ち着きを取り戻す。
「ああ、す、すまない」
憤怒と同時に悲しみと後悔の表情をするソサエクス。
ああ、そうかとメルも理解する。
「……こちらこそすいません……」
メルでも考え付くことなのだ。
彼らは既に実行したのだろう。そしてそれは何としても成功させなければならない案件である。
彼の――が使者として向かわされるのは当然だった。
部屋の飾りは冒険の時にとった魔石や討伐部位を示す牙が飾ってあった。
最近飾られたであろう、誰かのプレートもその一つだ。
「今晩はゆっくりとお休みください。メル様とその友人様には部屋を用意しています」
そういって退出するメルとベガ。
部屋に残ったのは騎士団とシフォンそれからソサエクスだけであった。
客室に連れられるのはメルとベガ。
力なくベッドに座るのはメルで。
「グッテンバルグ陥落は時間の問題といったところじゃろうな」
「……認めたくありませんが、そのようですね」
落ち込むメル。
その隣をベガが座り――頬を引っ張る。
「!」
「かかか」
突然のことで反応できなかったメルは慌てる。
モチモチした肌はベガの予想以上に伸びて。
「い、いしゃいです!」
「ふむ、すまんのう」
離すベガは悪びれる気持ちは無い。
その真意は正しくメルを思っての行動なのだ。
頬をさするメルはまだ痛そうにしているが。
「い、いきなり何をするんですか?」
「緊張を解こうと思ってな。それで、現状については理解したじゃろう?」
困惑しながらもコクリと頷くメル。
部屋を照らす魔石が夜空の星と輝く。
「改めて聞くがお主の目的は何じゃ?」
「もちろん、戦火の拡大を防ぐことです!」
力強く答えるメルは瞳を揺らしながらベガに言う。
幼い少女であるメルに戦争のことなど未だに……分かっていない。停戦にするには話し合えばいいのではないかと思っていたほどだ。
それでも戦争を止めたいと思うのは家族、領民を思っての事だろう。
その原動力がある限り。
「簡単にはいかないことが分かりました。でも……だからって諦めてはいけない気がするんです」
ああ、そうだとメルは自分に言い聞かせる。
自分にできることはこれしかないのだと、武術も魔法も得意ではないメルだ。唯一あるのは聖術に関する才能のみで。
「その心があればまだ戦えるじゃろう。だがな、”助け”が欲しければ呼ぶことじゃ」
「助け?」
「メルはまだ若いということじゃよ!」
コショコショとメルをくすぐるベガ。
恥ずかしそうにしながら、胸やお腹を押さえるメルは笑いながら抵抗する。
メルの服は激しく乱れる。
壁には百合の花の絵が飾ってあった。