ベガの恐れ
ベガがチートについてどう思っているのか書きました。
「お坊ちゃま!」
遅すぎる登場をしたのは片手に短剣を持つ、武装したメイド。
時間は正午になり、木漏れ日が森の中まで広がる。
「あ!クリステラ!」
メイドにいち早く気付いたのはアレク。
それは彼女がアレクのメイドであるからで、彼女が毎回アレクを見つけては連れ戻す役を持っているからだ。
当たり前の出会いであるが、この状況は誤解を生んだ。
「!」
クリステラは木刀を構えたままのアレクがベガと対峙しているように見えた。
汚れた服は戦闘……ではなく森を歩く過程で汚れたから。
幼い子供たちが怯えている……わけでなく、突然登場したクリステラに驚いているから。
結論、ベガは不運であった。
「っ!アレク様から離れろ!」
不幸な行き違いで投げられた短剣はそのまま、ベガのフードを切り裂く。
命を奪うべく投げられたそれであるが結果的にベガの容姿をさらすことになった。
「……」
フードの中に纏めていた黒髪がフワリと木漏れ日に当たる。
汗の滴がキラキラと宙を舞い幻想的な黒髪はストレートで髪留めのない――つまりは下ろされた髪。
魅惑的な瞳は猫のようにシャープに笑っている。
木の葉がベガとクリステラの間に舞い落ちる。
瞬間。
「ふっ!」
鋭く息を吐いたクリステラはそのまま、ベガの首を狙う。
フワリと再び木の葉が舞い上がり、銀に煌めく短剣がそのまま、命を最短で奪おうとしたとき。
「〈殺戮と憎悪の英影〉」
刹那が過ぎた時にはクリステラが持っていた短剣は壊れていた。
反射する壊れた剣の欠片はクリステラにはっきりと驚愕と唖然とする表情を映す。
“黒い何か”が壊した。
クリステラは視界の端で偶然的にそれをとらえたのだが、時すでに遅い。
「敵か?」
「ぐっ!」
扇子をクリステラの首に向ける。
それだけで、クリステラは何もできない。
溜息を吐くのはベガで彼女のせっかちに対してだ。
今も敵意をむき出すクリステラを無視して、視線をアレクに向ける。
「弁解をしたいのだが?」
「ああ、うん」
「我は敵ではない。以上!」
「ええ、それだけ?!」
「……」
雰囲気が砕け、ケラケラと笑うベガと戸惑うアレク。
その様子を見ていたクリステラは流された雰囲気に理解を覚える。
刃の折れた短剣を捨て、今までの無礼を過ちだと認識する。
それを見ていたベガも遅れながら扇子をしまった。
「数々の無礼……。お許しを」
「おうとも、許そう。我はそこまで小さくはないからのぅ」
改めてクリステラはベガの服装とその喋りを確認する。
貴族よりも高級な衣服と綺麗に磨かれた白い肌と漆黒の髪。
貴族のアレクに対して怯えの瞳ではないベガは断じて、平民ではない。
一瞬で簡単に分析したクリステラはベガを一国の王女と位置付ける。
当然と言えば当然の判断。
「何処の御国から……来られたのでしょうか?」
「この服に覚えは無いかのぅ?」
「……ないなあ」
アレクもクリステラも知らない。
つまりは小国、もしくは自分たちが知らないだけか。
判断が出来ないクリステラは取りあえず、命の恩人であると言うことを加味して――。
「皆さま、どうぞソルムード邸にお越しください。アレス様方も汚れたままではいけないでしょうから。……それに事の顛末についてもお話をお聞きしたいですし」
「う……!」
ジロリとクリステラがアレクを睨む。
唸り声を上げたのはアレスでそれはこれからこってりと絞られるのを理解したからだった。
「はあ……」
「「「……」」」
客間の応接室。
大きなガラス張りの机とソファーがあり、そこにいるのはアレクを含めた子供たちとベガ。
それからクリステラとアガレス。
シャンデリアがチカチカと揺れ、こめかみを揉むのはアガレスが困った証であった。
「俺は悪くない」
「……アレク様」
経緯はしっかりと聞いた。
完全にアレクの方に非があるのだが頑なにそれを認めたくないのはベガという存在がいるから。
勿論彼が子供であり、理屈などが通じないと言う理由もあるが。
「ベガがよくてなんで、俺はダメなんだよ」
「……お前が弱いからだ」
「お、俺だって真剣を持っていればあんな奴なんか……!」
基本的にアガレスはアレクに対して甘い。
それはアガレスがいつ死んでも可笑しくないからで、家族と触れ合う暇がないほど忙しいからだ。それにそう言った役割は母であるソリティがやっている。
父であるアガレスは家族を守るので精いっぱいだった。
「だとしても、お前が彼らを危険に合わせたのは紛れもない事実だ。……この調子では剣を持たせることなどできない」
「っ!分かったよ……」
頭では理解しているのだが、素直になれないのはアレスがまだ子供であるから。
無言でズカズカと部屋を出るアレクは乱暴に扉を閉める。
けたたましい音が響き、アガレスに沈黙と溜息が零れる。
「はあ……」
「追わなくて良いのか?」
「今のアレク様に何を言っても無駄です。もし宜しければなのですが……」
「理解しておる。屋敷についての説明も終わったことであるし……少し散歩してくるぞ」
その言葉を残し、扇子で扇ぎながら退出する。
後に残ったのは平民である子供たちとアガレス、クリステラ。
何を話していいのか分からないが、取りあえずの話題はアレク。
「アレクのことですが……」
「ああ、分かっている。君たちにもたくさん苦労をかけたのだろう?」
「ええっと」
少女達がアレクを呼び捨てで呼んでいるのはアレクがそう呼ぶように言われたから。
それに加え、アガレスが善政を引く領主であったことと彼にも同じ、平民の友がいるから今のこの状況を許している。
「無理に答える必要はない。ただ、アレクが悪い子でないと……いや、その悪さが私に責任があると言うことだけ理解してくれればいい」
「……」
クリステラは歯痒そうにしている。
少女達もまた理解しているのだ。アレクが勇敢であり、それ故に剣を持たせてもらえないと言うことを。
アレクは貴族であるが故、失う怖さや武器の怖さを知らないのだ。
「いつか理解してもらいたいものだが……」
そう呟くアガレスであるが、それがまた難しいことであると言うことも理解していた。
「くそ……」
小石を蹴り、当てもなくソルムードを歩くアレクを星たちは見守っていた。
風に乗り、聞こえてくるのは一家団欒の声と外で仕事する彼らの声。
誰もがアレクを無視する。
そんな、独りぼっちの夜に――。
「おう、ここにおったか……」
「ベガ……」
アレクがベガと呼び捨てにするのに理由などない。
ただ、さしたることを言えばベガと親しみを持って呼びたいのと自分の方が上、自身の身分を笠に着ての行動だった。
それはさておき。
「……何でついてきたんだよ」
「心配であった。というのもあるが、お主が強さについて、分かっていないようであったからのぅ」
「分かっていない?」
歩を止めたアレクは怪訝な顔でベガに向く。
対してベガはクスリと笑い扇で顔を隠すが。
それが怯えた仕草のように感じたアレクはバツが悪そうに頬をかくのだ。
そして。
「ついて来いよ」
「うん?」
有無を言わさぬ決定でアレクは歩く。
彼の目的地はベガと出会う前と同じ場所。
連れ的な意味でベガを案内するアレクであったが。
(ち、ちかいなぁ……)
別段、ベガの距離はそれほど近くない。
確かに手を繋げるほどの距離であったが、案内すると言う意味ではそれほど珍しい距離ではない。
それでもアレクが近いなと感じたのは、ベガの横顔が美しかったのと息遣いまでもはっきりと聞こえたから。
ベガの唇が星空に照らされている。
「なんじゃ?」
「何でも……」
ベガの唇を凝視していたアレクは現実に戻る。
赤面したことを隠すように早足で進む。
細い道を通ったり、急な坂道を下ったり登ったりと、着いた場所はバルコニーのような場所。
「綺麗な場所だろう?」
「……うむ」
扇子で顔を隠すベガの瞳が爛々と星を映した。
見上げた空は広く明るい。
邪魔になる雲は山の影に帰り、一等星から六等星までの光が地上に溢れんばかりに降り注いだ。
圧倒的で神秘的な光は正しく異世界と表現するに相応しい。
「それで、さっきの続きなんだけど……」
「おお、そうであったな」
カランと下駄が鳴り、ベガはこの星空を背景にアレクと向き合う。
「……俺を……強くしてくれないか?」
「……」
森での出来事でアレクはベガの底知れなさを理解した。
この小さな体でクリステラを負かしたと言うのはそれほど、彼にとって衝撃的だった。それに、ベガであれば“力”について教えてくれそうだったから
「アレクは何故……強くなりたいのじゃ?」
「それは勿論、俺が領主の息子でいつかお父様みたいに戦場で活躍したいからだ」
「ほう、なればお主は何処までそれを求める?」
「勿論、何処までもだ!」
決意の光は星々に負けないくらいの輝きがあった。
純粋に真っ直ぐその瞳はベガを見るのだが――。
「くくく、若い……若いのぅ」
「?」
「武器を持つというのは……力を持つというのはそれだけではダメじゃよ」
「っ!」
まただ、とアレクはこぶしを握り締める。
それはまるで父と会話した時のような感覚で、自信を否定するような――力を否定するような響きであったから。
アレクは力を手に入れる為に毎日の特訓は勿論、魔術についての勉強までしている。雨の日だろうと風の日であろうとアレクは毎日努力してきたのだ。
それは正しく、父の憧れによる力の渇望。
絶対的な力は正しい。
そう信じて疑わないアレクは感情に任せ、叫ぼうとした刹那。
「過ぎた力は嫌われるぞ?かかか、正と邪を超えた力とは即ち――チート……じゃよ」
アレクはベガと自分はそう変わらない年齢であると思っている。
だけども――だが、その言葉には妙な深みと感情が籠っていた。
「敵に恐れられれば、味方も恐れる。如いては自身に世界にその畏れは伝わるものよ。分かるか?アレク。チートというのは“全てを否定できる”力なのじゃよ」
世界に否定される少女は星空と全く違う笑みと紅い光の瞳を宿しながら紡ぐ。
アレクはただ、無言のまま少女の背景にある“業”を思う。
けれども。
「我からの言葉は以上よ。恐れと今あるものを――大切にした方が良いぞ?」
力なく笑うベガは儚く、それ故にアレクは惹かれるのであった。
私的にチートはちゃぶ台返しが出来るものだと思っています。
それと……更新が遅れるかもしれません。




