劇の裏
もぶをかっこよくしたいです。
通しは皆が予想していた通り、イナバに対しての練度不足が浮き彫りになった。
いや、練度不足だけが問題ではない。
「も、もう一回させて下さい!」
「いや……でも」
どんな演技をしても納得できないイナバが問題であるのだ。
それに加えてイナバはある重要な役割がある。
「あ、赤を纏う太古の王者よ!その威厳と翼と我に貸したまえ!」
尋ねる囚人の男はイナバを心配していた。
臨場感を出すための工夫として実物を使う様に提案したのはいいが、如何せんそれを召喚できるのはイナバしかいなかった。
当初はイナバの負担が大きすぎると言う理由で張りぼてであるが、それを作ろうとした。
だがやはり実物に勝るものはできず、演技以外で見せようとするメルたちはイナバの召喚に頼るしかなかった。
「マナを代価に我の元にいでよ!」
詠唱するイナバは赤い鱗を纏う空の王者を呼び出す。
空から飛翔するその存在は恐怖と共に憧れを抱かせる架空の存在の生き物。
「〈赤竜〉!」
城に向かって急降下する赤竜は地面激突寸前でホバリングする。
圧倒的巨体と力は砂を巻き上げ、簡単な災害になる。
「ちょ、て、丁寧に着地して――」
ドシン!
小さなクレーターを残して咆哮した。
「ギャオオオオオオ!」
「ひいいいいいいいいいいいいいい!」
なぜか召喚したはずのイナバが一番ビビっている。
最初見た時はその逞しく強靭な肉体に見惚れていた囚人、兵士たちだが二度三度となると周りの被害を気にするようになる。
「「……」」
彼らの心は一つであった。
ああ、またここを均さなくならないのかと。
「い、言うことを聞いて下さい~」
「グルルル……」
一度はイナバをチラリと見る赤竜であるがすぐに視線を外し、砦の中をキョロキョロと見渡す。
巨体であるから気付かない。いや、そもそも竜に静かにしろというのが無理な話なのだ。
「……相変わらず言うことを聞きませんね」
「そのよう……ですね」
スコットとシュタイヤは困ったように赤竜を見上げる。
快晴の天気は正午に差し掛かり、のんきな時間が流れる。本番に間に合うのかという不安を抱きながらも彼らはイナバを信じるしかなかったのだ。
「……」
その中には勿論、メルも混ざっていた。
劇の本番は日の出が堕ちた夜になる時間で、それは丁度兵士たちの休息の間であった。
砦の警備は交代制でその隙間の時間は全ての兵士の自由時間であり酒を飲むものもいればおしゃべりにかまける者も、そして油断なく獲物を磨くものなど過ごし方はさまざまであった。
けれども、今日の今は違う。
楽しみにしているのは勿論、それに先立ち早くから酒を飲み始めている兵士たちを多数目撃する。
それはこのイベントを楽しみにしている証であり、浮足立っている証拠。
一種の宴であるそれは確かに兵士たちの心労を癒していた。
「なあ、おい」
「ひっく……どうしたんだ?」
鎖帷子を付けた二人組の兵士が話す。
片方は兜を脱ぎ、だらしなく酒に酔っている三十代の男で、もう片方はこれから夜の勤務をする若い二十代の男だ。
酔わない程度に酒をたしなめる男と勤務の疲れで豪快に飲む男の違いがはっきりと判る図になっている。
「飲みすぎじゃないのか?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ!俺の仕事は終わったんだ!あとは劇を見てパーっと呑むだけさ!」
そう言って兜を脱いでいる男は机に置かれたエールを飲み干す。
それを見て顔をしかめるのは相席の男で勤務の終わった同僚を羨む目であり、これからの仕事に憂鬱を感じさせる目であった。
気付かずに遠慮なく男はしゃべる。
「それよりも知っているか?!」
「……何がだよ」
大きな声で耳元に向かってしゃべる。本当に嫌そうな顔をする相席の男に彼は気付かない。
「劇のことさ!」
「……知っているよ」
本当は知らないが酒飲みに話を合わせるのは面倒事を起こさないための常識。
適当に相槌を打つ男に気を良くしたのか酒を飲む男はしゃべる。
「なんでも英雄姫の話しだとか?俺も詳しくは知らないが劇をやるらしいぜ?」
その言葉を聞いた相席の男はピタリと動きを止め、飲んでいたジャッキを机に叩きつける様に置く。
「劇?ふん、所詮は素人の集まりだろう?」
文句と共に本物の劇を見たと自慢する相席の男。だが、それはこれからの仕事と劇を見られないことに対しての怒りが言葉となって飛び出したに過ぎないことだった。本当は羨ましがっているのは誰が見ても明らかで――
「お前知っているか?劇をするから今日の警備は一時間遅れるらしいぜ?」
「な、何?」
「でもまあ、本物を見たあんたには関係のない話……劇では赤竜も連れてくるってんで見に来る奴は多数いると思うし、何よりあの有名な英雄姫の話はここでしかやらない演劇らしいぞ?」
むぅっと小さく唸る。心の天秤はグラグラとプライドという小さな重りを乗せながら動く。相席の男はからかわれているだけなのだが、それでも真面目に考えるのは彼の性分がそうさせるから。
そして、相席の男は一つの懸念を呟く。
「囚人共も劇をやるんだよな?」
「……」
その言葉で辺りは静かになる。
誰もが心のそこで思っていたことであり、疑惑を持っていたこと。
メルたちのお陰で囚人たちの衝突は小さくなり仲は良くなったと言えるだろう。しかし、忘れない、許さない者もいるのだ。
若い男はぽつりとつぶやく。
「俺の家族。王国の奴らに殺されてよ……。復習の為に義勇軍に入ったんだ。この時代じゃあよくある話で俺だけじゃないのは分かっているんだけどな……それでも時おり思い出す家族の顔を思うと――」
若い男は拳をぎゅっと握りしめる。
「俺はあいつらを許せない……」
パキリと松明が燃える音が木霊する。
いつの間にか湿気臭い雰囲気になる食堂はいつしか若い男の話に耳を傾けていた。
それは正しく彼に同情するものが多くいる証でそれに食堂にいる大人たちは答えを用意していなかったからだ。
「なあ、坊主」
顔を赤らめ酒に酔った男は真剣なまなざしで相席の男を見る。
そして――
「それよりも、今は劇を見に行かねえか?」
「「「――はぁ?」」」
唖然とするのはここにいる兵士全員で口を大きく開ける。
真面目に話していたのに肩透かしを食らった気分でずっこけかける。若い男は怒りと同時に罵詈騒音を浴びせようと席を立つが。
先に男の口が開く。
「俺だって復讐が良いのか悪いのかなんて判断できなぇよ。だってそれは俺たちが成人君主でなくただの一兵士だからな」
「だったら――」
「だがな、これだけは言える。“復讐ってのは疲れる”と」
グビリと酒を飲む男は何処か哀愁を漂わせていた。
疲れたサラリーマンのように、くたびれた中年のように、ただ何かを忘れようとしていた。
「お前、いつまで剣を振る?」
「いつまでってそれは――」
「復習を果たすまで……だろ?」
それから男は一気に酒をあおる。
のどを潤すように、疲れを飲み込むように。
「俺たちは敵を討つまでその剣を足を止めてはならねぇ。それは正しく茨の道で修羅の道だ。凡人には完走することなんてできやしない道だ」
三十代の男もそれが道半ばであることを二十代の男は知った。
よく見れば理解できたはずだったのだ。彼の手にあるつぶれた肉刺を見れば。
そして男は再び彼を見る。
「いいか、復習を果たすにしても果たさないとしても気張りすぎは良くない。“復習を果たすには復習を忘れなきゃだめだ”そんなわけで「俺と劇を見ないか?でしょ」……」
はあ、と大きなため息を若者はつく。
まるで腫物を落したかのような清々しい顔をしていた。
「取りあえず今日の所は王国軍とか革命軍とかは忘れることにするよ」
そう言って男たちはメルの演劇に向かうのであった。
詰め込みすぎた……。




