遺跡と天幕
難しい展開です。
ベガは渓谷に位置するギルス遺跡で読書をしていた。
それは夜の遅い時間で召喚した精霊に照らされながら暇を潰すように読み。
古びた石碑に座り頬杖をついていた。
「……」
ペラリと。
今はベガがページのめくる音のみがこの空間を支配していて。
この遺跡……かつては寺院として機能していたことを示す古い石壁が冷たさを伝えた。
そして。
「……もう大丈夫かのぅ」
本を閉じてのっそりとした動きで手を前方にかざした。
詠唱を行いながら少しずつ光の粒が集まり。
砂煙と共に戦場を騒がす効果音が流れた。
ただのエフェクトに煩わしさと飽きを感じながら。
豪華に登場するのは勿論彼女で。
「で、どうであった? 〈ジャンヌ〉」
「……」
クスリと笑ったベガとゆっくりと顔を上げた〈ジャンヌ〉。
相変わらずの無表情である〈ジャンヌ〉だが。
ベガとしては中々珍しい内面の表情に笑みを残した。
そんな二人は早速本題に入り。
「……軍勢は三万。鎧を着た騎士を主力に数合わせの傭兵です」
「うむ……、武装に関してはどうじゃ?」
「弓兵もそれなりにいますが、魔術を使える騎士の方が多く見受けられます。汎用性の高い魔術師が多いのは当然ですが、やはり直剣と盾を持つ者たちが多いです」
スラスラと説明する〈ジャンヌ〉。
この場合の汎用性と言うのは例えば、〈火球〉の魔法を使うことによって火計を仕掛けたり、〈水球〉の魔法で水の確保をしたりなど。
魔術によって幅広く……工兵や補給部隊など様々な運用が出来ることを指した。
それ故にこの時代では魔術師の方が戦争に置いて重宝される。
だから一つ。
「剣を重視する王国に魔術師の有用性を知るものがいることは誤算じゃな」
「だからこそ彼は有能……そう評価できるかもしれませんね」
呟いた〈ジャンヌ〉は伝統と格式を重視するルートヴィヒ王国にそのような人物がいることに称賛を言葉した。
それと同時にやりにくさを感じながらも違和感も覚えていて。
「……帝国の兵士が後方を守る形で配置されていました」
「かかか、我の登場によってリニエスタ王国は少なからずの損出があったからのぅ。止む追えなく協力したのは良いが、後方支援に回されたのであろう」
ベガ討伐によって王国が手に入るのだ。
ルートヴィヒ王国が前に出て主導権の無い帝国軍が後ろになることは納得できる話しだけど。
「そこが弱点であるのぅ」
「……」
三万という軍勢は残念なことに統率の取れたものではなく。
リニエスタ国民に安心感……その巨大な力を知ってもらうために数だけを揃えたとも言えた。ベガを討伐するために集まった彼らは各々目的が違い、所属する団体も違う。
「この渓谷は我らの退路を断つために嫌でも二つに分けねばならぬ。どう判断するかのぅ」
扇子を広げて笑ったベガを崩落した天井の隙間から星の光が照らしていた。
静寂と仄かな松明に照らされた天幕。
イワンシーは夜の時間をワインで酔うことによって潰した。
嗜む程度の酒ならば百薬の長で。
過ぎれば毒。
そんな綱渡りをしながら未だ冴えている頭で考えていた。
「……」
険しい顔で机の上にある地図とにらめっこする。
その地図は正しくギルス遺跡周辺の地図であり。
「ふぅ……」
彼がこの時間でも眠れない原因、悩みの種であることを示していた。
そんな眠れないイワンシーに一人の影が来て。
コツリと靴音を鳴らす。
「良い睡眠薬もありますが?」
「……睡眠薬よりも知恵を寄こせ、テルミール」
背筋を伸ばし堂々と立つ老婆。
テルミールが恭しくイワンシーの前に出た。
チャポチャポと腰にあるポーションが音を鳴らして、白髪と深いしわが彼女の年齢を教える。
「渓谷の出口……敵の退路を防ぐための第二軍についてですか?」
「そうだ」
「……渓谷の入り口には森が茂っておりここに主力を置くのは定石。ベガの首を取ることを念頭にするのなら背後から強襲をかけて追いやるべきかと」
テルミールは地図を指さしながら。
渓谷の入り口……そこに鬱蒼と生える森を見た。
その森は見通しの悪い場所で正しくベガの転移を大幅に妨害できる場所でもあった。
それ故にここを決戦の場。
ベガを討ちとる場所と仮定していた。
「……」
「出口には帝国軍を配備しながら、ロンジェルとシルで突撃。土魔法によって遺跡の粉砕などもできるでしょう」
「うむ」
「加えてシルは一対一戦闘を得意とする騎士です。うまくいけば彼が討ちとってくれるかと」
そんな計算をしながらテルミールは今回の作戦に口を出した。
如何でしょうと言葉に出さずに尋ねるテルミールに対して。
「最悪ベガの首だけを取れば良い。険しい渓谷を下り暗殺できるものも一人は配備するべきだ」
「……」
一つの変更を加えて返した。
全ての方向からベガを狙い、逃がさないようにする作戦は果たしてうまくいくのだろうか?




