焔竜退治Ⅰ
というわけで焔竜退治です。
「はあ、はあ」
メルの冷たい息が白い背景に溶け込む。
白銀の静かな世界。
ワイバーンの上でメルは寒さに凍えていた。
「大丈夫かメル?」
心配するベガに小さくうなずく。
彼女らの装備は防寒を意識したもの。白いマントを被り、カイロの代わりである火の魔石を持っていた。
騎士たちもその例に埋もれず、鉄製で防寒対策をされていない防具は脱いでいた。
唯一変わらないのはベガ一人。
風が強く、暗い雲が立ち込める今日。
コンディションは最悪であるが、それでも彼らは焔竜を倒さなくてはならなかった。
メルたちは今、『竜鳴きの谷』を目指して歩いていた。
具体的な作戦は出発前に聞かされているとはいえ――
「……本当にメル様がやらないとダメなのか?」
「スレイン……もうその話は終わったでしょ?」
メルを守るように並走する二人。
そこに入るのはシフォンだ。
「たぶん、ベガはその先のことを考えた結果、それが最善だと判断したんだよ」
「その先とは……」
「……戦争は勝利をつかむため小を捨てなくてはならない。その勇気が果たしてメルちゃんにあるかと問われると――」
ハッキリと断言できる。
まだその勇気はないと。
「この戦いはメルちゃんに勇気を付けさせるための戦いなんだよ。仲間を捨てると言う勇気を付けさせるためにベガはこの作戦の要にさせた」
人の命は重く、要因が別にあっても自分に何かできたのではないかと考えてしまうものだ。それを最も経験させるのはやはり、要となる立場の人だ。
「徐々に経験させたらいい、いきなり仲間を捨てるなんて選択肢はできないんだから」
「……そうですね」
返事をするスレイン。
会話はここで終わるわけだが――
(果たして、ベガはどこまで展開を見ているんだ?)
その疑問がシフォンの中で渦巻く。
思い出すのはハーフエルフたちに囲まれたときのことだ。
前提として、ベガはハーフエルフたちと会える場所を知っていた。そして“毒のことも”知っていたのではないか。
(メル様は確かにハーフエルフたちを救いたいとおっしゃったが、それはベガがそういう状況にしただけのこと。確実にベガは“地竜たちを治せる”と知っていた)
ここでベガが地竜を治せないと言ってしまえば、通行するのは簡単であっただろう。メルはどう反応するのか分からないが、一度失敗している。多分であるが、ベガの言葉が無ければ諦めていただろう。
(……考えても仕方がない。取りあえず、目の前の焔竜に集中しよう)
シフォンはそうやって気合を入れなおした。
「ここらへんでいいじゃろう」
ベガは荷物を下ろした。
平坦な場所でテントの設置にはもってこいの場所である。雪崩に巻き込まれる危険もないそこで最終確認をする。
「敵は焔竜、火山付近を住居としている魔物じゃ。幸いにしてここは奴の縄張り外。作戦が失敗した時はここに逃げる様に」
ここは雪山で、遭難する危険もある場所だ。再度合流するための地点は決めておいた方がいいだろう。
「そして、今回の作戦は“人工的”に行う必要がある。だから到着地点に着いたものは合図があるまで待機じゃ」
初代の時はたぶん自然発生したがベガたちはそれを人工的にやらねばならなかった。
そして最後にメルがワイバーンの上で大きな声で命令する。
「私から命令することは一つ!絶対に最後まで諦めず、生き抜いて下さい!」
これがメルの下した最初の命令であった。
「ベガちゃん。この作戦、上手くいくと思う?」
心配するメルは後ろに座るベガに尋ねる。
天候は悪いとは言え、それでもワイバーンならば飛べるほどの天気。
後は彼らの準備とメルの腕で勝負は決まる。
「上手くゆくに決まっておろう。我が付いているのじゃぞ?」
当たり前だと、そういう視線を送るベガ。
メルも別にベガを信じていないわけではない。そうではなく、メルが欲しいものは――
「誰の所為でもない。皆、覚悟はできておる」
「……」
たったそれだけの言葉だ。
自分で命令しておきながら、それは無茶であり苦しいことだと知っている。
メルは深呼吸をする。
そのメルを優しく撫でるのはベガ。
「目標焔竜!来ました」
遠見の魔鏡で焔竜を視認する。
吹雪は収まり、フライトには絶好のこの機会。
メルとベガは飛び立ったのであった。
メルの成長を感じてもらえると嬉しいです。




