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従者と主

遅くなってごめんなさい。

 夢と言うものは知覚できなければ限りなく現実に近いものだ。

 ただ、〈マーリン〉がジーンに見せているものは夢と言うよりも精神世界に近い。

 なので。


「?」

「あはは、変化を感じられないのかな~? 五感も一応あるし、肌触りも差しも変わらない感じ~。時間の経過は現実では一秒とかからない刹那さ~」


 場所は今も変わらずカジノにいた。ただ問題はカジノの中にジーンと〈マーリン〉以外の人間がいないことだ。

 困惑がジーンを包む。

 体の変化に違和感が無いのと同様に恐怖と言う感情があったからだ。

 凡そジーンら一般人には魔法的な知識や幻術と言った類のものを知らない。

 だから未知についての恐怖が確かに感じ取られた。


「ここは私の世界~。時間の経過も思うがままで~。眠気も感じない世界~」

「……」

「そう身構えないで欲しいな~。経験値を得るにはこの世界が好都合なんだよ~。場所も変えられるし、人だって呼べる~」


 やけに元気な〈マーリン〉は一つ指を鳴らした。

 それはマジシャンが手品をするように。

 驚きを与えるもので。


「アシッド!」

「まあ、こういうこともできる。そう言えばジーン。てめぇ、いい獲物を持ってるんじゃねぇか……」


 突如現れたアシッド……かつてジーンらを支配していた彼は変わらずの体と声でジーンに恐怖を与えた。

 寸分たがわぬ彼の様子は武器を持ち、今にもジーンを殺そうとしているのが分かる。

 そして。


「寄こせよジーン!!」


 彼がジーンに向かって走り出した。

 彼は冒険者を殺す程の力を持つ存在で、ただの子どもでは太刀打ちできない絶対的な存在だった。

 過去形にしたのは今まさに、ジーンはただの子どもが持ちえないものを持っているからで。


「がぁあああ!!」

「っ!」


 痛みを叫んだアシッドと魔剣で姿形を変えたジーン。

 魔剣で切り裂いた感覚と掠めたアシッドの刃が。

 痛みを伴うと実感させてくれた。

 倒れ伏し動かなくなったアシッドはそのまま地面に解けるようにいなくなる。

 いや、その不思議な現象よりも。


「流石魔剣だね~。ただの人で、君に敵う者はいないよ~。それで~? 飢餓の方は~?」

「!」


 そう、魔剣を扱う上で覚悟しなければならないのはその身にかかる呪いだ。

 身体的な強化を代償に彼は戦闘の後、倒れてしまうのだが。


「その様子だと大丈夫そうだね~。何分この術は相手の精神を壊すためのものだから~。こういう風に誰かを強くするために使ったことなんてないんだよ~」


 ヘラリと笑う〈マーリン〉はついでにジーンの頬の傷も治した。

 ここに来てジーンはやっと。

 やっと彼女らの恐ろしさを理解できたのだ。


「取りあえず君を強制的に強くするね~。腕とか足が取れてもすぐに回復させてあげるから安心してね~」


 クスクスと笑った〈マーリン〉は更に魔物を生み出した。

 確かにこの術ならば経験値をすぐに得られるのかもしれない。

 危険もなく様々な相手と戦えるこの空間は確かに、“精神を崩壊させる”に適した術だった。




 イナバの耳がピョコンと跳ね。

 路地の裏に続いた。

 行き止まりのそこは木の板で道を塞ぐように配置され。

 誰かの侵入を拒むように建てられていた。

 ここからでも微かに教会が見えるほどの場所は。

 裏の街でも比較的に安全な場所なのだ。


「あ、あの……おられますか?」


 そんな場所に来たイナバは木の板に向かって一言喋る。

 それは例えるならカフェで背中越しに会話をするような感じで。

 密会と言う意味でイナバはこのゴミ捨て場……行き止まりのこの地点に来たのだと分かる。

 定時の時間、決められた言葉は。


「カトリーナです……。お変わりは無いようですね?」

「あ……はい。あのベ――カトリーナも元気そうですね」


 普段と同様な挨拶から始まる。

 クスクスと壁越しから笑う声が響きイナバもまた未だ慣れない言葉に、はにかんだ。

 さてさて、彼女らが会うと言うのはさして珍しくもない習慣であって。

 内外の情報を収集するカトリーナと内からの情報を仕入れるイナバは定期的に会ってはいるのだ。


「――。一通りのことは話しました。あ……あの、言いにくいのですが……」

「知っておるよ」

「!」


 最後に話そうとしていたことをイナバは先に止められてしまう。

 何故知っているのかと言う疑問よりもイナバは壁越しに伝わった動揺に驚きを感じて。


「ああ、済まぬ……――言葉が乱れましたね」

「い、いえ……お気になさらずに」


 ここまで慌てたベガをイナバは知らなかった。それは長年を共にするイナバとて知る由もないことで。

 と同時に。


「イナバに落ち度はありませんよ。貴方は現状における最大戦力で、こどもたちを守っていたのですから……。力不足を嘆くべきはわたしの方です」

「カ、カトリーナが嘆く必要は!」


 叫びそうになったイナバはハタと人の目を気にした。

 これは密会であり。

 人に聞かれる必要もない話だからだ。

 シュンと耳を折ったイナバは。


「クスリ、貴方は私たちの最大戦力で――我のたった一人の従者じゃ。力の出せぬ我の代わりに……ブラディと戦うことも視野入れて欲しいのぅ」

「うう……」

「大丈夫じゃよ。今は決して嘆くべき場面ではない。もし我の力が至らぬ時は頼んだぞ?」


 紫の髪が板の間からかすかに見えた。

 歩き去るカトリーナはイナバの力を最も理解する者で。

 育て上げたものだ。



一応、イナバがこの中で強いですね。

ベガと違って抑えられてはいないので。

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