閑話 教国での一日 Ⅳ
瞳が……その黒い空間から黄金の竜の瞳がのぞき込む。
重低音を響かせた声は人の言葉を発する人外の音。
イナバが叫びは否定を告げており。
「出せ!」
「い、嫌です!」
彼らの関係を想像させた。
つまるところ、この竜は中々の暴れ馬。
暴れ竜であるのだ。
それを鎖で封じているのがイナバで。
「た、助けてあげないと!」
事態の危機。
それをやっと理解したメルは動き出した。
今も魔法や矢が飛び交う中庭だけど。
メルはそれに当たらないようにイナバの元へと駆けた。
ただ、問題はメルが来たからと言って好転する要素がないことである。
この場合のメルは何か考えがあるわけでもなく。
咄嗟に、イナバの元へかけただけであったのだ。
しかし。
「どうすればよいのですか! イナバちゃん!」
「メル様はヨウジョの真似をして下さい!」
「分かりました! ……え?」
養女、幼女、妖女?
一体どれの事を指すのだろうと思うが。
はっきりと言ってどの言葉でもメルは碌な目に合わない。
いや、そもそもな話し。
なぜ幼女の真似なのか?
疑問が潰えないし、同時に理解に苦しむ。
だからこんな状況でイナバは……。
「あ、あのイナバちゃん……」
「は、早くしてください! この竜を抑えるにはこの方法しかないのです!」
ふざけている。
と断定するにはその表情と必死な、催促を迫る声で判断できなかった。
いたって真面目に。
真剣にイナバは幼女の存在を望んでいるのだ。
「幼い女の子を演じて下さい! コツとしてはたどたどしい言葉で声を高めに――」
「イナバあああああ!」
轟いた咆哮が地面と草木を揺らした。
まるで破滅を呼ぶ竜のような、恐怖を彩る響きは。
ギョロリと瞳をイナバの隣に立つメルに向けて。
「む? 君は幼女かな?」
こんな質問を……いや、初対面の人物にやるなど真面な奴ではない。
だがしかし。
真面では無いからこそ、真面目な対応は無意味であると思える。
覚悟を決めて、イナバの言葉を信じたメルは。
「え? いや……ゴホン! うん! 私はメルちゃんだよぉ」
血迷った行動。
いや、イナバの言葉を信じた理由は単純にイナバとの信頼関係と。
この竜が幼女に興味を示したからだ。
半信半疑、だけど中途半端な演技では無く本物……に限りなく近く演じて。
「お、おじちゃんは誰ぇ?」
羞恥に耳を紅く染めるメルであったが。
即座にイナバの言ったような声、仕草を真似するのであった。
一段と高く成った声に全てを大げさな仕草で尋ねるメル。
首を傾げるにしても、やり過ぎるくらい。
声を出すにしても大きすぎるくらい。
全ての行動にあどけなさを出した。
……。
演技としては間違いなく完璧に近い。それは過去行った英雄姫の演劇が功を制した形で現れたのだ。兎にも角にも。
ディアブロを欺くには十分な演技力であって。
「! おおすまない。怖がらせてしまったようだな。うむ……。そうだな、私の事は紳士さん。紳士ディアブロと呼んでくれればいい」
「ディアブロさん?」
「人々は悪魔の名を冠するディアブロと呼ぶが、私は心優しき竜だ。私はただ単純に……君のような幼い子と話がしたいんだ」
優しき紳士の口調と声音。
さっきまで冒険者と戦っていたとは思えないほど穏やかな言葉と雰囲気だ。まるで、公園で子どもと話す老人の如く。その言葉には優しさに満ちた声音だ。
結果。
「ロ、ロリコン……」
「狂い兎……言うにこと欠いて、ロイコンと呼ぶのは心外だ。常々言っているだろう。――私は紳士だと」
「し、紳士を自称して、碌なものはいません。欠けているのは貴方の常識です……」
「口が回るようになったな……兎。狂うばかりが能であっただろう?」
ジャラジャラと鎖が揺れ、クツクツと竜が笑う。
一応、竜も会話に応じられるほど冷静。気分を落ち着かせることが出来た。
力を籠めるイナバは拮抗を保つので精いっぱいで。
「し、紳士であるならば、ここは一旦引きませんか?」
「ふむ」
「……貴方を見ている子もいます。幼い子を傷つけるのは本意でないと存じます」
「……」
これもひとえにメルのお陰。
幼女と言う存在になることで、竜の紳士的な部分……それを呼び起こすことが出来たのだから。
しばらく熟考した竜は。
「ふむふむ、幼女とも会え外にも出られた。今日の所はこれくらいにしておこう」
「ほ……」
「時にその子よ」
「え? 私ですか?」
安堵の息をついたつかの間。
メルは指名される。
「名を尋ねても?」
「メ、メルです……」
「うむ、覚えた。次にある時は、ゆるりと話そう……」
そう言って竜は大人しく、黒の空間へと帰っていった。
結局ディアブロは、人的な被害も出さず。
亜空間へと帰ったのだった。
終始、異常事態に振り回されていた観客たちは。
「疲れたな……」
「ああ、そうだな……」
冒険者たちが呟き。
共に疲れを共有にした。
変わらず、イナバとディアブロの関係。ディアブロとその強さに関わることなど分からず仕舞いだったけど。
「あれって邪竜なのか?」
「さあな? それよりもだ」
冒険者たちは取り得ず、次の争い。
いや、その騒ぎを沈めた彼女たちに目を向けた。
……。
確かにメルの活躍によってこの事態は収束したと言えただろう。
だけど。
「わ、私じゃなくても良かったですよね……!」
「メ、メル様……。あの時私も動転していまして……」
メルの言う通り、あの場でメルが立つ必要があったのか?
そのことに関して。
イナバはメルに謝るしかなかった。
誤字脱字は後日、改めて直します。




