焔竜
そろそろ山場です。
「森を手に入れる?それに一体何の意味が……」
「進軍ルートの確保。それから、武器の生産じゃ」
進軍ルートは理解できる。
けれども武器の生産には理解できなかった。
「メルよ。鉄の剣を作るには何が必要じゃ?」
「……鉄とそれを作る道具と作業場でしょうか?」
メルの言葉は正しい。だが、重要なものが抜けていた。
「火じゃよ」
「火……ですか?」
並の火力では鉄を溶かすことが出来ないが――。
「木炭ならばそれも可能じゃろう」
事実、木炭を使えば製鉄はできる。
そういった事も考慮すれば森というのは資源の宝庫だと言えるだろう。
そして今は内乱の最中であり、武器の供給は最も重要な要素の一つであるのだ。
議論は続いた。
そして、捕虜が全てを話したおかげでその目的はハッキリとした。
だが問題が残る。
「『原初の竜樹』に毒を入れたと?」
「はい。そう証言しております」
結果を言うなれば、里にたどり着いた捕虜は6人ほどになった。
全員が疲労しており、全員が同じ証言をしていた。
何で皆さんは深刻な顔をしているのでしょう?
そう疑問に思ったメル。その顔を見ていたシフォンは説明する。
「『原初の竜樹』は山頂の水源近くの木で、そして――焔竜の住む場所です……」
その一言で理解する。
いかにメルが箱入り娘であったとしても、その強さと伝説は知っている。
「え、焔竜って建国紀に出てくるあの竜ですか?!」
それは書物、建国紀に出てくるドラゴンの話である。
初代の王が倒したとされているその竜は地竜よりも遥かに大きく、ワイバーンのように空を飛ぶ存在だと伝えられている。
「どうしようもないじゃないですか……」
そう小声で話すメルたちだが、無意味な会議は続く。
「今、動かせる地竜たちは?」
「5頭ほどです……」
「全然足りぬではないか!」
憤るハーフエルフをなだめる様に別のハーフエルフが代案を出す。
「ならば、人の力を持って倒しましょう」
「数千の兵を無傷で倒す焔竜だぞ?何万居たら勝てるのだ?」
そう嘲笑し、ループする。
「そもそも、本当に『原初の竜樹』に毒を入れたのですかな?」
この話をメルは二回も聞いた。
そしてハーフエルフたちが何を求めているのか理解している。
けれども、メルも決めかねている。相手は焔竜でありこちらも無傷ではいかないのだ。それに命を懸けるのはあくまで、シフォンたちであってメルではない。
助けたいのは山々であったが、覚悟を決められないのだ。
しばしの沈黙が支配し、パシンと何かが閉じる音がした。
「で、対価はどうするつもりじゃ?」
その言葉は誰もが待っていた言葉であった。
「対価、ですか?」
「そうじゃ。焔竜退治となると、ただでは受けられぬよ」
宣言するベガにハーフエルフは嫌な顔をする。
助け船を出すのはメル。
「対価は進軍ルートの提供でどうでしょうか?」
「進軍ルート?」
「はい、私たちは森の先にある監獄を落とすのが目的でここに来ました。なので、この里を中継地点として利用できるようにして下されば、その依頼は受けてもよいと考えています」
妥当なところだろう。
渋々と言った形で納得するのはハーフエルフたちであったが。
「待ってください」
「何だ?シュタイヤ」
異議を唱えるのはシュタイヤであった。
その瞳は暗く、何を考えているのか分からなかった。
シュワルツは座ったまま、異議を受け入れる。
「……時間をくれませんか?」
「時間だと?」
「はい、いきなり里に人種が来ると里の者たちが慌てると思います。ただでさえ、良い感情を持っていない我々には準備が必要です」
納得できることだ。
首を縦に振る周りを見て、判断するのはシュワルツ。
確かにそうだと感じたのであろう。メルに視線を送る。
勿論メルはそれを受け入れた。
「……分かりました。では明日、その答えを聞きたいと思います」
メルも信頼したのだ。
険しい道になることは誰もが理解している。だからこそ、互いに手を取り合って協力しなければ、焔竜は倒せないのである。
「……ありがとうございます」
その言葉で長かった会議が終わり、解散となった。
「メルよ、今回の“交渉”は中々良いものじゃったぞ」
「そう? ありがとうベガちゃん」
ニコニコと笑うメルは夜の里を歩く。
ファンタジーなこの世界では電球の代わりに光の魔石を使って光源を確保していた。
幻想的に提灯のようにぼんやりと光る。
けれども、彼女たちの胸の内は暗く沈んでいた。
「……焔竜とは建国紀で出てくる魔物じゃな?」
「そうだよ。物語ではハーフエルフたちと一緒にその魔物を倒したそうなんだけど……」
この後の言葉が出てこない。いや、容易に想像できることだ。
「沢山、死んだんだって」
それは犠牲者が出ると言うことだった。
月明かりが空の雲に覆われる。
旅に出た時から、それは覚悟しておくべきことだが、いざ目の前にそれが迫ると揺らいでしまう。
「星に従っては、星を恨み。星に背けば、星を探す」
「……」
ベガは虚空を見つめながら、思い出すように呟く。
メルにはその意味が分からなかったが、それは自分を励ましているような気がした。
見つめるベガの瞳はどこか遠く懐かしんでいるように見えた。
「関わらせたのは我じゃ。メルの行動には我が責任を取ろう」
しばらくの沈黙が支配する。
メルは思った。
誰かの所為に出来たらどんなに楽なのだろう……。
そして思い出すのはどうしようもない現実であった。
誰のせいにも出来ないただ一つの選択で。
「だめ……だよ……。ベガちゃん」
ああ、分かっていたのだ。本当は分かっていたのだ。
世の中、そんなに上手くはいかないと、目を背けてはいけないと理解しているつもりであったんだと。
そんな甘いメル。だからベガはこの言葉をメルに送ったのだ。
ズルい言葉だ。
全ての責任をベガに背負わせる……そんな卑怯な言葉だ。
「ズルい、ズルいよ。ベガちゃん……」
「かかか。我はチーターじゃからな」
メルの優しさに付け込んだ言葉であった。
けれども本当の真意は、まだ隠したままであった。
雑であったかもしれませんが、フラグを立てました。




