閑話 名を幾つも持つ者
固まり切っていない……。
明日も投稿するつもりです。
コツンコツンとブーツの音が鳴り。
反響する音の大きさからここが洞窟であると理解できる。
暗くて広い部屋。
天井は高く、壁に掛けてある松明が青く光る。
それが照らすのは。
「ああ、失敗したのかな? “黒霧”さん」
赤いペンキを被ったような髪と返り血を匂わす神父服。
にやけり、嘲る顔は悪魔のように醜く残虐だ。
最も。
『黒霧という名は好かぬ』
洞窟の中に霧が立ち込めそれが凝縮するように人型を取る。
発声器官が無いそれは空気を震わせて音を出している。
異質な物理現象は青い光を悪戯に揺らし。
「デーモン、廃色の病魔、マーラ、獅子の統領。君の呼び名はいつもあるんだ。形態ごとに名を変えた方がボクはいいと思ってね」
『呼び名は多く持てばよいと言うものでもない。形式、蔑称、種族。個の特定になるのが名だ。単一な個を示す名は“マルバス”……業魔のマルバス、そう教えたのだが?』
不機嫌に語尾を強めるマルバス。
空気が揺らぎ。
それは通常、不機嫌にさせてはいけない類のものだと理解できる。
そんなマルバスに対して〈天使の血〉ブラディはケラケラとふざける。
まるで怒りを理解していないかのように空気を読めない。
いや、読まない。
だからこそ諦めるのはマルバス。
『……まあ良い。失敗したのは事実だがそれよりも重要なことがある。……監視はちゃんとやっているんだろうな?』
「? まだ君は警戒をしているのかい? 確かに彼女の力は脅威だ。けどさ……。力が暴走しちゃう“ベガ”に何をそこまで怯えるのさ?」
『……』
ブラディは軽薄な態度を示すが。
それは単に彼の知識が無かったこととアイネの戦いを見ていなかったことが原因だ。
彼は強者であるが故に恐怖と言う感情を知らない。
そのことを何となく理解しているマルバスは憐れむように。
だけど窘めるように語る。
『お前は……“あの時代”を知らないから言えるのだ』
「“あの時代”? あはは、それはもしかして神話紀の事かな?」
乾いた笑みで当然を口にした。
その程度――であればごく一部の人間は知っている。
天使や悪魔が口にする“あの”とは神話の話しなのだと――。
『そうだ。そして気を付けるが良い。我らや天使どもなど、所詮“庭”の傀儡に過ぎぬと……。あの時代最も自由であったのは“あの者ら”だ』
「……」
『強いなどと言う次元を超えた存在。神の奇跡を児戯と言う絶対者ども……。ゆめゆめ忘れるな……』
今でも彼には眼前の光景のように思い出せる。それは一人の少女だったか。どんな服を着ていたか。業火を背景に佇む主と24の影。
『神の理に逆らう“チート”を……』
耳元で囁くように黒い霧は近づいて、消える。
後に残ったのは青い火と無言を貫く少年。
カタカタと……静かにブラディは肩を震わす。
「やっぱり……やっぱり僕が殺さないと静かになれないのかな?! ベガぁ!」
この時、彼は初めて強敵と言う存在を認知した。
〈ニーズヘッグ〉の本拠地は以外にも領主の膝元。
エルスが仕切る街の外れにあった。
灯台下暗し、と言う言葉が有るように敢えてそこにあるのが“その館”なのだ。
まあ最も、エルスが帰って来られないと知っているからこそ。
彼らはそこにいるのだが。
「いつもの通り会議を始める!」
やたらとテンション高く叫ぶ男。
彼は〈ニーズヘッグ〉を取り仕切る四つ名の一人で“悪意の打撃者”の異名を持つ者だ。
腕に入れ墨と並々ならぬ筋肉、金の拳に例えられる彼の強さは冒険者ギルドで悪い意味で有名だ。
そんな館の広い会議室で、北東西に座る三人。
最も。
「ラドルフ……。あんたの声もう少し小さくできないかしら~」
「ギュルヴィは最近寝不足気味なのか! 少し元気が無いように思うぞ!」
「おやおやぁ。私たちは皆、異名で呼び合う関係……そうでは無かったのですかなぁ?」
そう注意する男は司祭の服に身を包んだデブ。
広く煌びやかな会議の場は、悪魔の絵、暖炉の上座に燃えて蹲る竜の彫刻が存在した。
腕を組み快活に話すのは対面を空席に持つラドルフと呼ばれた男だ。
「然り! だがそれは! 表の名を秘匿するためのものだ! 今は客がいないのでする必要なし!」
「ですがねぇラドルフ殿」
「うるさいわよ~。ビルブ~」
ラドルフの指摘した通りここには客がいないのだ。
それに各々持つ異名が“悪意の打撃者”、“死体を裂く者”、“嘲笑する嗜虐者”と言うとても長い名であるので呼びにくいと言う理由もある。
それはさておき、ギュルヴィにうるさいと言われ引っ込むしかないと悟ったビルブは。
渋々ながら彼らに従って。
「すみませんな。皆さん。とは言え、これで問答が終わっては味気ない。本題に入りましょうかラドルフ殿」
「ふむ! 了解した!」
「あら~、やっと進むみたいね~」
そうやって一連のやり取りを終えたのち彼らはやっと本題に入るのだ。
簡単な口の運動と言った会話は机の上に投げられた一枚の紙によって終わる。
彼らの組織は盤石で目下問題となっているのは彼女しかいなく。
議題に上がるのは当然であった。
「この少女――メルについてだ!」
「あ~! あの今勢力を拡大しているあの協会の~?」
「いえいえ、ギュルヴィ殿。〈天使の血〉と契約した捕獲対象メルのことですよ」
「どっちもだ二人とも! 彼女は教会の設立者にして捕獲対象だ!」
ドンと机を叩いたラドルフは笑顔のまま二ッとする。
それは明らかな敵を見つけた時の笑みで、正しく“悪意の打撃者”。
“非道を行う熱血漢”を体現するときの悪癖と言えるものだ。
両端に座る二人はまたかと頭を抱えて。
「ぐちゃぐちゃにしたい! あの顔を踏みつけたい! 顔の原型が無くなるまで殴りたいのだが! 良いだろうか!」
「はぁ~、ダメに決まってんでしょうが」
溜息を吐くギュルヴィは冷静に突っ込む。
敵に対して過剰に反応する彼は“殺し”には向いているが、“捕獲”には向いていない。ついついやり過ぎて失敗するのが彼であるのだ。
一応、この中で頭が回るビルブは彼を諭すように相槌を打ちながら。
「ラドルフ殿は“悪意の打撃者”よりも“嘲笑する嗜虐者”の方が似合うかもしれませんねぇ。うむうむ、ラドルフ殿がそう考えるのも納得できますな……。ただ、ですよ」
「なんだ! ビルブ!」
「貴方が彼女を殺した場合私たちが〈天使の血〉に殺される。命を守りたければ……契約は極めて遵守する必要があります」
プルプルと拳を震わせたまま、その笑顔で立ち続けるラドルフ。
その震えは対象を殺害できない苛立ち故なのか。いや、自らを圧倒的に蹂躙する〈天使の血〉に対しての怯えだ。
だからその瞳には徐々に理性の色が宿って。
「そ、そうであったな! 我らは契約を果たすギルド〈ニーズヘッグ〉! それに“嘲笑する嗜虐者”はギュルヴィの名であったな!」
「そうよ~。アンタは殺すことに長けているけど。虐めることに慣れていないの。嗜虐って言うのは心を殺すことなのよ~」
そう言うギュルヴィは己の骸骨の指輪を舐める。
確かに契約は生きたまま連れてくることだ。
生きていればよい。そう言った意味でとらえるのであれば彼女が適任であるのだろう。
ともあれだ。
「わたしの方からもメルに対して圧力をかけたりしたのですが……」
「仕方ないわ~ビルブ。貴方は〈ニーズヘッグ〉で権力」
「俺は戦闘! そしてギュルヴィは金だ! 権力に対して相性が悪かっただけなのだろうが!」
法律関連についてはメルの方が王の代理……と言う立場で働いていた分上手だったが。
今回は金だ。
故にギュルヴィは金を使ってメルをおとす。
「というわけで、〈ニーズヘッグ〉の“嘲笑する嗜虐者”一人。ギュルヴィがメルの捕獲を担当するわ~」
そう言って笑うギュルヴィはベロリと己の指輪を舐めるのであった。
関係が複雑?
になったせいでストーリーが面倒。
ボスは決まっているのですが、キャラが余る。




