彼の話し Ⅴ
書きたいことは書けた。
だけど、セリフが……。
魔剣とは魔を宿す武器の総称だ。
孤児である俺たちにもその意味を知っているのは。
魔剣が如何に強大で恐ろしいのか語られているから。
「さあ、人を捨てて魔と成るか? それとも逃げて人として生きるか――」
選べ。
そんな問いを用意した少女は未だに余裕の笑みのままか……。
相も変わらず試すような目で俺を見る。
これは例え拾ったとしても勝てるとは限らないのだろうな。
必死は確実。得られる戦果も望んだ物とは限らない。
だけど。
「一つ……誤解している」
「? 何じゃ?」
「物として生きるか、人として生きるかだ」
少し笑みがこぼれてしまった。
今も後ろで物に成ろうとアイツが囁く。
五月蠅く、喧しく俺を呼ぶ忌まわしいあいつの声だけど……。
だけどここで逃げたんじゃあ、拾うことが出来ない。
「くひひ、なるほど。それを捨てれば人として生きてゆけぬか?」
「男としても……だ。――尊厳を捨てたら人として名乗れない」
一度捨てかけたからこそ分かる大切さだ。
だから俺は。
迷いなく。
「かかか、名を尋ねても良いか?」
「俺の名前は――」
その言葉と同時に俺は短剣を手にして。
「っ! ぐがああああ!!」
蹲り獣のような叫び声を上げた。
短剣を持つ右手から何かが俺を咀嚼する。
ぐちゃぐちゃと響く音と共に腕から黒い毛が生えた。
それはまるで魔物のような不気味な……人ではない何かの……だ!
「~~!」
叫んでいるのか呼吸しているのかも分からない。
体が無理に変わるそれを拒絶して、ぐちゃぐちゃして。
痛みが駆けて。
駆けて!
見開いて、喉が渇いて、肉が食べたくて!
「うむ、我はどうしたらよいのじゃろうか? このままお主を素通りするのも良いかもしれぬが――「っ!」分かっておるよ。お主の名はまだ訊いておらぬからのぅ……」
クスリと笑いその場で俺を見る。
その瞳が首筋が。
旨そうに。
ウマそうな。
美味いだろう。
と思えてしまう。人を見てそう思っているのならば俺の意識の半分は化け物だ。
人を食べる化け物が俺に餓死を、服従を強要するが。
「ふざけんな!!」
空腹には慣れている!
そして俺は腹が空けば空くほど……あの日の……メルの顔を思い出す!
片膝に手を置き、よろよろと始めて立った子供のように。
俺は短剣を渡したあいつを睨むながら。
「俺の……! 俺の名前はジーンだ! 弱くて汚い孤児のジーンだ! だけど……一人の人間として生きるジーンだ!」
「くひひ、獣の耳を生やし鋭い犬歯も見える……。瞳は獣の如く縦の瞳孔、腕には魔物のような筋肉を見せるがそれでも尚――人間と呼べるのか?」
クスリと笑った少女は俺を指さした。
確かな違和感が俺の体、あちらこちらにあるがそれはどうでもいい。
問題はこの有り余る力で何ができるのかだ。
確かに今もまだ、飢えは襲う。
認めたくないが今も尚、獣は俺に巣くっている。
だけどそれは俺がメルを助けない理由にはならない。
例え誰にどういわれようとも俺が人でありジーンであるのだ。
鋭く俺は魔剣を握りしめ、二体のスケルトンを睨む。
恐ろしい魔物だったそれは。
今や空虚な人形にしか見えない。
一秒、二秒と沈黙が過ぎ。
「……やはりこの世界の人間は強いのぅ。魔物や未発達な政治に己の生を否定されようとも人であることを辞めない。何はどうあれ……お主が名乗ったのであればこちらも名を返すのが礼儀であるのだが」
パチンと音が鳴る。
微笑み困惑を瞳で彩る少女は敵でなければ美しいと思える顔で。
「済まぬ。お主には何も伝えることが出来ない。それは我が“チーターであり親友”であるが故じゃ」
「ああ、そうかよ」
何を意味してコイツが何をしようとしているのかも分からない。
だけどコイツにはコイツなりの“譲れない何か”があるようだった。
例えば“己が振るう力の未来”や“恐怖”。
まるで自分の存在を許されないかのように振る舞うコイツは。
「名前を聞きたかったんだが……“ズルい”女だ」
「クスリ」
笑みを浮かべ二体のスケルトンを差し向けた。
これは足止め程度の攻撃だ。
獣のような身体能力を得た俺はその遅すぎる動きに対してそう思った。
手前で大きく振りかぶる〈スケルトン〉の首に一閃。
続いてその後ろで盾を構える〈スケルトンナイト〉二体を通り過ぎ、振り向きざまに二振り。
そして俺は今も名も知らない少女に一気に詰め寄って――!
「ふぁ~、おっとそこまでにしてもらおうか~」
刃が届く寸前。
俺は第三者……欠伸を噛み殺した寝間着姿の少女に止められた。
少年が言うには年を取りすぎている……。
”ズルい”女は一応目指して書いています。
次の更新も不定とさせてもらいます。申し訳ありません。




