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彼の話し Ⅱ

すいません。

まだ物語は動きません。

 表の通りは活気がない。

 それは国を蝕む病のせいだが、それでも買い物に出る子どもはいる。


「……」


 裏道の角で俺は弱者を狙う。

 盗人である俺には一つの決まりがあった。

 それは子どもを狙わないというものだ。

 誇りにも似たその決まりは同じ孤児同士の暗黙の了解であることもそうだが、俺たちと同じ境遇の者たちを生み出さないようにするためだ。

 不幸になるのは俺たちだけで十分。

 沢山の悪を積み上げてきた俺たちに残った、数少ない良いこと。


 悪人は死んだ後、その罪を改め。

 良いことを行った者は死んでから、楽園へと招かれると言う。

 信じて守ってきた教えは俺たちを幾度となく希望を描かせてくれたが。


「悪党が、たった一つの善行で救われるのか……。破ってしまっても誰も……気にしない」


 何せ自分は道具なのだ。

 悪に身を染めても誰が悲しむと――。


「大丈夫ですか?」

「っ!」


 不意に……後ろから声を掛けられた。

 勢いよく振り返り、護身用のポケットナイフ手を伸ばして気付く。

 その声の主が女であったことと、俺と同じくらいの年であったことを。

 金の髪がなびき、太陽の如く輝く瞳が美女であることと育ちの良さを表した。

 ……。

 ……。

 しばらく立ち尽くしてしまったが状況を整えよう。問題はこの女が何故近づいてきたのかと言うことだ。そして。


「……暴力の跡があります。ケンカの傷? いえ、この裂傷から見るに――」


 そう言って手を伸ばした少女の手を反射的に振り払う。

 何故か?

 優しい瞳、真っ直ぐな言葉と味方を示す態度は正しく物である俺を“人として”接していたからだ。今朝がた、人でいることを止めようとしていた俺に。

 この少女は。

 ぐうう……。


「……何か理由があるのですね。貴方が何をしようとして、なぜこのようなことになっているのか知りませんが――腹の虫は納めるべきです」


 そう言って少女は一切れのパンを渡した。

 憐れみをくれる訳でも遥か高みの慈悲を与える訳でもなく。

 ただの隣人に親しみを持って。

 自然と……愛を持ってそれが渡されたのだと分かる。

 ああ、これは毒だ。

 毒を持っていると俺は知っている。愛が生まれ、人が生まれる。正しき心は物を人に変える猛毒なのだ。

 だけど。


「? あまり勢いよく食べるとのどに詰まりますよ?」

「!」


 物である前に人、人である前に獣であることを思い出した。

 どんなに心が貧困になろうとも。

 体はそれを無視して食べる。後先考えず、そのパンがどういう物なのか考えず食べる。


「うんうん。心の治療は腹を満たしてから! 幸せを思わなければ始まりません!」


 そう言って少女はまたパンと水を置いた。

 今も食べる俺に少女は。


「辛い世ですが、貴方は頑張っています。正しさは心に余裕なくして生まれませんから……。つらくなった時はいつでも教会に……私メルに尋ねて下さい」


 その言葉を最後に少女は走って行った。

 礼も何も言えない俺は一滴の涙を落とした。

 何故かは分からない。分からないが、その一言で許されたような気がしたからだ。

 彼女が俺の心情を読んだのだろうか。

 いや、彼女にしてみればこれが当たり前の善なのだろう。




 優しさは俺に余裕を与えてくれた。

 一切れのパンを得るのに俺は命がけの追いかけっこをしていたが。

 優しさのお陰でそんなことをせずに得られそうである。

 かびたパンとは比較できないほどの甘さと香り。

 膨らむ腹は久しい幸せを思い出した。


「……」

「うんうん。どんどん食べて下さい」


 出会った場所でうろつく俺を見つけては親切に食べ物を与えてくれる。

 ただ。


「……」

「クス、これは今朝焼いたパンなんだそうです。私にも才能があれば良いのですが…………。うん、諦めなければよいだけですよね!」


 俺は一言も話せないでいた。

 話す間を見失ったと言うのもあるが、出された食事に体がいち早く反応してしまうからだ。ただそれでも考えを保つことは出来るようになったので。


「クス、ご兄弟がおられるのですか? 持ち帰ったパンはいずこに?」

「!」


 パンが無くなる前に兄弟を思う余裕は出来た。

 兄弟の分を含めるとこのパンだけでは足りないのだが。


「食料は持ってきます。対価として今度は貴方の声が聴きたいな……」


 クスと笑うメルに俺は、メルの細めた目と傾けた顔に美しさを覚えた。

 至近距離で異性の顔を見たのは兄妹以外……これが初めてだ。しゃがむメルは座って食べる俺をじっと待っている。

 近づくな。

 恥ずかしいだろう!

 動物じゃあ、あるまいし。まして親子でもない。

 だけど親身になるメルにこう……ドキドキとする気持ちを覚えたのは当然であったのかもしれない。


 ドギマギが更に俺を無口な少年へと変えた。


タメが長いのでしょうか?

まあ、狙いとしては孤児たちの生活とその後の展開の繋ぎに成れば良いだけなので。

そこまでこだわっていません。

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