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疑心に惑いて

戦闘シーンが少ないです。

こてこてのテンプレで、皆さんの予想を裏切れるのか心配です。

う~ん、やっぱり推理させるのは難しい。

 屋敷は古いつくりで灰色の壁と崩れかけの塀に囲まれた暗い雰囲気が漂う場所。

 枯れ草が庭を占領し、曲がった黒い木々が不気味さを演出する。

 かびた匂いが漂い鳥のさえずりすらも聞こえない無音。

 いや、軋む木々の音だけが聞こえた。




 窓の外をぼんやりと見つめるメルはカチャリと置かれた紅茶で現実に戻る。

 執事がメルらとナガリ、フラマーに紅茶を出し。

 一礼して部屋を出る彼が扉を閉めた音で。


「グラム教国産、ヘルス地方で採れた茶葉です。お口に合うのか分かりませんがお召しあがり下さい」


 フラマーが勧めメルたちのズズっと紅茶をすする音が木霊す。

 室内は外観と変わって貴族としての品位に満ちていた。

 別世界と思えるほど整った部屋は正しく明かりがその役割を果たし暗い雰囲気など微塵も感じさせぬほど。

 ただ。


「貴族たれと言う言葉は平時に置いてのみ保たれる……」

「はは、ナガリ殿は紅茶にあまり良い感想をお持ちでない様子ですな」


 しかめたナガリにフラマーは苦く笑う。

 フラマーの苦笑は紅茶の苦さ故か分からないが。

 品位を保つための贅沢が裏目に出ていると思っているようだった。

 外にいる者たちと比べれば確かにここは別世界であるのだから。


「無駄な言葉でしたね。では、本題に入らせてもらいましょう。とは言ってもこれは取引と言うことになるのですがね」

「……取引ですか?」

「そうですナガリ様。私は対価としてアズベルの村と病の情報を教えます。代わりにメル様はこの街の問題を解決してください」

「?」


 メルが首を傾げ。

 苦く笑いフラマーの髪が揺れる。

 下ろされた髪から僅かに零れた眼光は苦悩を光らせる。

 市井の治安を守るのは勿論領主の仕事なのだが、エルスにその余裕なく。

 代理を立てる必要があった。

 具体的な言葉は無いが。


「今の惨状を見るにこの街の状態は良いとは言えません。どのような手段でも構いませんので、生活を……領民たちに笑顔を増やして下さい」

「……」


 チラリとメルはカトリーナに視線を向ける。

 小さく微笑むカトリーナは顔を傾け優しい瞳を向けた。

 カトリーナの肯定はメルの背中を押すのであった。

 頷くメルはカトリーナとアイコンタクトを取って自らの決断が間違っていないことを確認した。




 エルスの領地は帝国領に近いと言う理由もあり、内政に力を入れているわけでは無かった。どちらかと言うと軍事に特化した街で。


「エルス様の街では武装した人や冒険者が目立ちます。国防を補う都市であるので当然なのですが」

「クスリ、街全体を囲む壁は歴戦の跡を残していますね。何度かここが戦場に成ったのでしょう」

「人の数を見るにここは安全なのでしょうか?」

「クスリ、違いますよメル様。ここしか安全が確保されていないのですよ。とは言えですが」


 丁寧に様を付けて問答するカトリーナはガラの悪い冒険者たちが市井の人々にたかっているのを見た。

 街の清掃も行き届いておらず痩せこけた子供が目立つそんな環境、街中で。

 ナガリは小さくメルに言った。


「私は一旦、エルス様の調査をしたいと思います……」

「? 構いませんが何かお考えが?」

「確たる証拠はありませんが……ダスク様の言葉にあった裏切り者について調べたいと思ったのです」


 忠告ついでの言葉で確信も無く。また今のところ手がかりと言うものは無かったが。


「……エルス様がメル様を拒絶しているように思えたので」

「拒絶? あの時は気が立っていただけだとフラマー様は言っていましたが?」

「気が立っているとしても国賓に対しての無礼な態度は納得できるものではありません。加えて神器が盗まれたのはエルス様が担当している北の宝物殿と言う話です」

「……」


 メルの歩みが停まる。

 確かに疑わしく思う点はある。

 だけど。


「クスリ、確たる証拠が無いのですよね? 加えて私たちはエインヘリヤルを捕まえる理由は無いように思われますが?」

「カトリーナ様、貴方方の目的は教国を救い協定を結ぶことですよね? ならば裏切り者のエインヘリヤルを捉えると言う功績を立てることで協定を結ぶことは可能になると思われます。確かに教国の病は放っておくことになりますが、それはダスク様に任せておけばよろしいように思います。それに」


 ナガリが迷ったような口ぶりで口を閉ざす。

 その迷いを帯びた口は確かに憶測の反中なのだろう。

 しかし、勇気を決したのかメルの瞳を真っ直ぐに見る。


「この流行り病とこの領地で起こっている問題は結びついている。そんな気がします。確証は在りませんが、全ての事件はこの領地に集約している……」

「……」


 ナガリの瞳はそのままメルを見つめ、射抜く。

 判断に迷うメルと違いナガリは疑いを確信に変えていた。

 ただ……とはいえだ。


「クスリ、それもナガリ様の想像……なんですよね? 思い込みは時に真実を惑わせます。病と同じく、疑いは心を蝕みますから。私も今現在この話の真偽について何かを言える立場では無いのです……ただ私から言えるのは全て、メル様の判断に任せますよ?」

「……う~ん」


 迷うメルはチラリとイナバの方も見た。

 兎耳をピコピコ跳ねさせるイナバは恥ずかしそうに俯きカトリーナと……ベガと同じ意見のようだった。

 判断に困り果てるメルはどうしたものかと思案するも。

 結局動けないメルにナガリは。


「はぁ……カトリーナさんの言う通り、まだ確信が持てていませんか……。ならば私一人でこの調査をさせてもらいます」

「ひ、一人で大丈夫なのですか?」

「イナバ様、私一人であればメル様にご迷惑をおかけしないです。捕まったとしてもダスク様に疑いがかかると思います。そう言った意味でこの件は私一人の方が良いと考えています」

「クスリ、そうですね」


 ため息を交えるナガリにカトリーナは微笑みを向けた。

 事件解決は一早く教国を救い、リンベイルを救うことに繋がる。

 だけど何か……。


「一応私の仕事はこれにて終了とさせてもらいます。これからは別行動となりますが……。困りの際はいつでもお助けしますので」

「ありがとうございますナガリ様。……リニエスタを代表して感謝しております」


 スカートをつまみ一礼するメルにナガリは敬礼して立ち去った。

 彼一人であれば戦力的に問題は無いように思われる。それに本当に不味い状況に成ったのなら彼は逃げることが出来るだろう。

 何せ彼は元A級冒険者なのだから。




 ひとしきり街を歩いたメル一行は広場のところで話し合っていた。

 一番人通りが多く露店やベンチがあるその場所は噴水があり清涼感があった。


「クスリ、メル様。情報収集あるいはクエスト開始は何処で行いますか?」

「候補としては何処があるのでしょうか?」

「酒場、宿屋、裏道などなど。問題が提示されている場所は沢山ありますよ」

「そ、そもそも問題提示が曖昧です。私たちのやり方で、方法で一番の成果を出してもらうのが狙いだと思います……」


 イナバの言う通り、フラマーは笑顔を増やすことを取引の条件としていた。

 これから三人別れて各々の方法で街を救う方法もあれば、協力しながら達成することもできる。

 自由度の高いクエストはそれだけ可能性が無限なのだ。


「う~ん。そうですね……。二手に分かれた方が効率は良いのですが……」

「クスリ。――メルは我と共に行動したくはないのか?」

「!」


 突然のベガの声色と耳元の声でメルは頬を紅くした。

 ナガリがいる手前、ベガがカトリーナの仮面をかぶるのは当然だ。

 だから今ならば少し……ベガを出せる。

 しかし。


「クスリ……冗談ですよメル様。表と裏は別れた方が良いと言うのは分かっています」

「うにゃ! び、びっくりさせないで下さい! 私も出来れば一緒に行動したいですけど……そう言った場所はやっぱりベガちゃんの方が詳しいですし……私は足手まといですから……」


 メルは戦闘が苦手である。

 こういった荒事はレオジーナやスレインに任せていた。

 メルの得意とするのは。


「護衛としてイナバを残しますね。後はメル様の好きなようにやってください」

「気を付けて下さいね。ベガちゃん。無理はしないように――「ちゅ!」!!」


 頬に柔らかい感触が伝い、耳が高揚する。

 メルの口が酸素を求めるようにパクパクと動き、キスした方は妖艶に微笑む。


「クスリ、ベガでは無く。カトリーナです」


 立ち上がった紫の髪はヒラリヒラリと裏道に向かった。

 残ったメルとイナバは。


「……ラブラブですね」

「違います!!」


 しばらく頬を染めるメルを悪戯兎がからかっていた。



更新は一週間後くらいになるかも……。

事件解決の過程を楽しんでもらえば幸いです。

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