電撃的で衝撃的
にわか知識が多いです。
彼らがまず初めに抱いた感情は驚愕であった。
これまで見たこともない大きさのそれに、視線が集中する。
「担保としてこれを出そう」
“信用”という問題はクリアしたといっても過言ではないだろう。
価値はどれくらいか分からないが、少なくとも国宝に匹敵するほどのものだ。
ドラゴンの牙のように威厳を示すそれは、ソサエクスとベガの格の違いを教えるのに十分であった。
「ぐっ!」
「我らが帰ってこれなくてもスラムの問題はこれで終了じゃ。武器と食料を買う金は十分確保できるじゃろう?」
反論する言葉は――出てこない。
「森の中を進軍すると言うのは確かに危険なことじゃが、森人を使えば簡単に突破できるのは誰もが知っておることじゃよ。何せ脅威とは半分は森人じゃからな」
逃げ道を塞ぎ、ソサエクスは小さくなっていく。
盤上に配置されたそれらはこの場を制圧していった。
「だから言っておるじゃろう?チェックメイトじゃと」
ベガが上からソサエクスを見つめる。
目の前に置かれたコマに成すすべなく、キングであるそれは――
「わ、分かった、認めよう。君たちが森へ行くのを……」
「あ、ありがとうございます!」
感謝するメル。
けれど、項垂れるソサエクスを見ていたら気まずくなる。
シフォンも苦笑いしながら尋ねる。
「……君は一体何者なんだい?いや、これをどこで手に入れた?」
冷静にそう指摘するのはシフォンであるが。
「今はどうでもいいじゃろ?それよりも監獄についてじゃ」
流すベガに突っ込もうとするが、彼女が作戦の説明を始めたことで諦める。
「敵も黙ってはいまい。武器のあるそこを奪い返しに来るのは当然じゃろう」
それは監獄を奪った後の話しだ。
しばらくは監獄の防御に専念するだろう。
まあ、そうならない可能性もあるが
「少なく見積もって四日じゃろう。森を抜けるにはそれくらいかかるのう」
魔伝があるので、伝達にはさほど時間がかからないが、やはり森を抜けるとなるとそれくらいには時間がかかる。
「……成功するのかしら? スレイン」
「少なくとも王都襲撃よりも成功する確率は高いだろう。レオジーナ」
話し合うのは騎士団長を務める二人。
片方は貫禄ある男、スレインと呼ばれる彼は短い白髪で群青の瞳を持つ者。
顎を触り思案に耽るのは彼の立場ゆえ。
そして、もう一人は一見男に見えるがその実女性であるというレオジーナ。流した赤髪とキリっとした赤い瞳で細身の体に無駄なものなどついてはいなかった。
スレインはこの任務で第一騎士団長の肩書を持っている。本当は別の者が持つそれだが、“彼”は生憎忙しいのだ。
第二騎士団長をしているレオジーナは女性の騎士で、無理やりついてきた一人だ。
「……グッテンバルグの防衛は大丈夫なんでしょうか?」
質問するメルはやはりそこが一番気になるだろう。
「敵の進軍ルートは分かっている。……山間部からきているそうだ」
森と山で東西に分断された国だが、当然道は作ってある。
ただしそれは魔物の襲撃などが多く、山道の出入り口は砦によって守られている。
魔物の相手をして弱っている彼らにそこ突破する力は残っていなかった。
「砦の突破はほぼ不可能だ。仮に突破されてもすぐに取り返せばよいだけだ」
そう答えるのはソサエクス。
「……だから気にせず行ってこい」
それはメルたちを認めた一言だ。
背中を押すように、優しくささやかれた。
「……ベガ様はいったい何者なのでしょうか?」
それは彼らが解散した後のことであった。
レオジーナが質問する。
出発日は明日の朝、それまではここでもう一泊する予定だ。
長い廊下を歩くのはシフォンとスレイン、レオジーナの三名だ。
壁に飾ってある絵と観賞用の壺が並べてある。
「……あの子の恐ろしいところはそこだよ」
答えるシフォンは目を険しくする。
シフォンは今も調べているのだ。ベガが何者であるかを。
「今回の話で彼女が出した手札は魔石の一つだよ。何を持っているか分からない。僕としては一国の王女だと思うんだけどね」
あれほどの魔石を出せること、貴族に対して臆することなく交渉できる話術はベガを一国の王女として見るには十分であった。
「そうなるとこちらも下手なことはできませんね」
「メル様のご友人という立場だ。これまでと変わらないだろう。ただ、彼女に何かあった場合どうなるか……」
スレインとレオジーナは話しながら背筋が寒くなる。
「その心配はいらないだろうね。彼女の従者がいないのか、ただ見ないだけなのか分からないけど――“力”はある」
それは財力や権力などを含めたあやふやなものだが、それでも心配ないとシフォンは考える。
「それに、ただでやられるほど彼女は弱くはないはずだ」
この3人の中で一番強い、シフォンの言葉だ。
十分に信頼できるだろう。
「幸いにも、メル様と一緒に行動することが多いお方です。護衛する分にも楽ではありますね」
「では、護衛の方はいつもと変わりなく、食料は多めに9日分用意します。騎士団の訓練も今の時間で終わらせましょう」
てきぱきと決めるスレインとレオジーナ。
ただ、シフォンは最後の決定に異を唱える。
「騎士の訓練は僕が引き受けるよ」
瞬間、スレインとレオジーナの動きは止まる。
辛うじて紡がれた言葉は驚愕の色をしていた。
「……シフォン殿が、ですか?」
「さっきも言っただろう?これから起こる戦いに向けて、体を温めておきたいんだよ」
首を回すシフォンは気だるそうに歩く。
「あ、そうだ。君たちも――「ぶ、武器の点検がまだでしたな!」「馬車に異常がないか調べておきます!」」
そう言って早足に逃げるスレインとレオジーナは目的地と反対方向であった。
「あの、ありがとうベガちゃん!」
部屋に戻った二人は一先ずの休憩をする。
肉体的に疲れていないが、ソサエクスとの交渉で精神的な疲労はあった。
「何、友を助けるためであれば当たり前のことじゃよ」
返事をするベガはケラケラ笑う。
メルも苦く笑い、コーヒーの入ったコップをいじる。
しばらく考え、メルは決心する。
先の会話でメルは自分の運命が決められていたことに気付いた。
知らない間に、彼らの命が、状況が、決められていたのだ。
「ベガちゃん!私に、みんなを、運命を変える力を、教えてくれませんか?!」
言葉に驚くベガ。
だが、先ほどのことを思い出すと当然かと思う。
「強くなりたいのは勿論です。けれども今の状況を見にそれだけでは足りない気がするんです」
「む、つまり何を教えてほしいのじゃ?」
「“交渉”の仕方……。それから、作戦の立案実行について教えてください」
ベガは机に置いてあるお茶をチビリと飲む。
しばらく見つめ合う二人。先に視線を外したのはベガであった。
「いくつか質問させてもらう」
「え?」
「え?ではない。はいじゃ」
素直に教えてくれると思っていたがそうではないらしい。
少しのがっかりを残しながらメルは気を取り直して答える。
「はい!」
「良い返事じゃ。では一問目じゃ。騎士と平民、何人で戦えば平民は騎士に勝てるか?」
「え?な、七人くらい?」
「次の問題じゃ。騎士と平民、進軍スピードにどれくらいの差が生じるか?」
「うえ?答えは教えないの?」
「では次、魔法使いと弓兵利点それぞれの利点を教えよ」
「えっと、利点は――」
そんなこんなで質問に答えていくメル。
ベガは坦々と問題を出す。
「以上、これらのことを考えれば王国と反乱軍、有利なのは――」
「王国軍です!」
「うむ、正解じゃ」
やった!と喜ぶメルであるが、気づく。
それはベガが気付かせるように仕向けたのだ。
「って私たちが大分不利じゃないですか!」
「よく気付いたのぅ。まあ、その通りじゃ」
それは進軍スピードや食料、維持費を計算した上での話だ。
訓練された騎士は命令や長距離の移動も訓練している。隊における問題行動というのも少ないのは明らかだ。
戦力と関係のないそれは余り重要視されていないことだ。けれどもまず基礎として、ベガはメルにそれを教えた。
よって生まれるのは兵が多いゆえに起こる問題だ。
「大軍を持っているからと言って必ずしも有利になるとは限らないんじゃよ」
教えたのは維持費と士気の低さ、それがこちらの弱点だ。
ベガは確かに戦力の提供という点ではソサエクスに嘘は言っていない。だが、戦況的にはこちらが有利であるかのように語ったのだ。
兵が増えたことで弱体化することもある、そのことを伝えたかった。
「じゃあ、どうやって私たちは勝てばいいんですか?!」
ベガはニヤリと笑う。
「決まっておろう。強襲じゃよ」
「きょ、強襲?」
「詳細は省くのじゃ。スラムの人間がまともな戦力になるわけがない。よって彼らには後詰めをしてもらうのじゃ」
大軍の利点は広く攻撃できることだ。
敗残兵の処理に大きく貢献できるのも強みだろう。
「まあ、そのうち分かるじゃろう」
多少の矛盾はあると思いますが、目をつぶって下さい。




