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盤面をひっくり返す一手

臨場感が少し不足気味です。

 ソサエクスはゆっくりとコーヒーを飲んだ。

 彼の頭にあるのは、たった一つで。


 ――どうやって奴らを殺そうか――。


 という思考だった。

 焼き殺そうか、刺し殺そうか、切り殺そうか。

 そんなことばかり考えている彼にまともな作戦は無く。いたずらに兵を消耗し、ここまで追い詰められたのだ。


 パシンと扇子を閉じる音が聞こえた。


 何の音だ?

 その疑問が訪れた瞬間に少女から声をかけられる。


「ソサエクス殿。我に交渉の場を用意しては、くれんかのぅ」


 ベガは再び扇子が鳴らした。

 引き締まった音は確かにこの場の空気を引き締まったものに変え。

 突然の異音に誰もが注目する。

 なるほど、あれを閉めたときの音か。

 とソサエクスも理解を示すも。

 ベガの名前は思い出せない。それほどまでに少女の存在はどうでもよくて。


「ベガという。……メルの参謀兼懐刀じゃよ」


 そう、自称するベガだがそれは一つのなめられた態度を示す結果となった。

 それは単にメルの代わりに交渉しようということで。

 義憤と言っても良い行為だった。

 その意図を読み取ったソサエクスは子供を見守るように、けれども侮蔑するように言う。

 ああ、そうだろう。

 たった一人の少女の助けでこの盤面は覆らないのだから。


「どうしたのかな? “お嬢さん”」


 立場を明確にする一声。

 それはベガと交渉できないという現れであった。

 だが、ベガは嬉しそうに笑った。

 獲物をみつけたヘビのように、その目は明確に笑った。


 ……なんだ?


 それは腹黒い貴族を相手にしたときのような、一歩言葉を間違えれば自分の命が無くなるような危うさがあった。

 殺気……とは違う。

 だが、あの目は獲物を狙うような――。


「どうしたのじゃ?」


 不意に思考の渦から引き戻されるソサエクス。

 ガキの相手をしているほど彼は暇でもなければ優しくもない。


「……いや、何でもない」


 目の前にいつの間にかいたベガに答える。

 現状は交渉の場に立ったに過ぎない“お嬢さん”だ。

 それはソサエクスをも理解している。

 理解しているが。


「まず初めにこちらの要求を言わせてもらう」

「ほお、それは何ですかな?」


 茶番に付き合うつもりで話すソサエクス。

 メルの友人である彼女に適当な対応はまずいと思ったからで。

 適当にお茶を濁す算段もあった。


 笑うベガは考えながら、子供らしく振る舞う。

 用がないなら、消えてくれないか? そんな思考が透けて見える視線でベガを見た。

 冷めた目で見つめる彼は恐ろしいもので。

 虫を見るようにベガを見る。

 だが、その要求は予想に反していた。


「ならば、シュレインゴール卿との交渉。それを白紙に戻してもらいたい」

「…………は?」


 意外な言葉であったのは否めない。

 誰もが驚愕を示す中、いち早く反応するソサエクス。

 荒立てた声を出す。


「無理な話d「“子供の言うこと”じゃぞ?話だけでも聞いてはくれんかのう?」……」


 ソサエクスはベガを“お嬢ちゃん”と表現した。

 それは侮蔑の意味が込められていたことを理解しながらも見逃したのだ。

 それはつまり、無礼を許す代わりに話だけでも聞いてくれという現れ。

 そして、ソサエクスはベガの鋭く光る目を見る。

 何かがおかしかったのだ。


「確認じゃ。シュレインゴール卿と交渉はメルをリンベイルに連れて行く代わりに騎士団をそちらの軍門に加える……と言うものじゃな?」


 現状、ソサエクスが一番望むものは力だ。

 メルを隣国に送るという面倒事があるが、それはすぐに終わる用事。


「ならば、我がもし騎士団よりも大きな戦力を与えることが出来れば……これは無かったことにできるのぅ?」

「……ああ、そうだな。できれば……な」


 肯定するソサエクスは出来るはずがないと思っている。だからこその交渉であり、無理を強いる結果となるわけであるが――。

 ベガはニヤリと笑う。

 それはチェスで言われる言葉だ。


「チェックーーじゃよ。我はシュレインゴール卿よりも大きな戦力が提供できるぞ?」

「は?」


 それは予想していなかった手であった。

 盤上にいるような錯覚をソサエクスは覚える。

 カツンと駒が盤上に広がり、一つ――駒が動く。


「お主の作戦は少数精鋭による王都強襲じゃろ?」

「そ、そうだ。少ない人数で強襲をかけ、敵の頭をつぶす。効率的で確実な方法だ」


 いつの間にか焦りを抱くソサエクスがいた。

 返す言葉が想像の駒を動かすキーワードになり。

 ざわりと頬を伝う感触は危機感の表れだった。


「残念じゃが、その作戦だと王族全員を殺さねばならぬ。そして――殺したとしても、新たな貴族が王を名乗るだけじゃよ」


 ピクリとソサエクスの動きが停まる。

 ああ、そうだと認めよう。

 だがな。


「……それ以外に方法があると? 一縷の望みにすがるしかないのが現状だ!」


 強引に……無理な攻めを駒が見せた。

 一矢報いるにはそれしか方法が無いのも事実であった。直接的な方法で彼らを殺そうとするのは彼が復習に捕らわれている証拠だろう。

 盤面は未だ動かない。

 いや、動いていないように見えるが。


「だから言っておるじゃろう? ――チェックだと」


 ベガが指さすのは地図だ。森の終わりにポツリと立つ監獄を指さす。


「バーガル監獄の占拠。それが我らの要求を呑むメリットじゃよ。ほれ、主の手ばんじゃ」

「バーガル監獄? それが一体――」


 それは常識的に考えて不可能な話なのだ。

 それでも、それの一手が差す意味は十分に考慮すべき内容であった。

 可能であるならば妙手。

 立場の逆転を計れる奇跡の一手だ。

 カツと……駒の音が。

 聞こえるはずもない音が響く。


「新たな進軍ルートの確保とスラムにいる人間を即席の兵士として派遣できる内容じゃ。武器は監獄にあるもので十分足りるじゃろう。どうじゃ? 騎士団よりも価値のある兵士じゃろ?」


 バーガル監獄はその特性故、武器などの物資が大量にある場所であった。

 スラム問題の解決と戦力強化を同時に行えるそれは正に寝耳に水であった。

 だからこそ、尋ねなければいけなかった。

 カツンと。

 駒が動く音を幻聴する。


「……君は森での進軍がどれだけ危険なのか理解しているのか?」


 森の主のテリトリーを荒らすのは自殺行為である。

 人間だろうと容赦なく襲ってくるそれらに、軍は成すすべもなく殺される。

 ……それが皮肉にも、戦争を激化させないための防波堤の役割をしているのだが。


「対策はあるぞ。森人との接触、それで問題は解決できる。――メルもついてくるのじゃろう?」


 コクリと頷くメルは笑顔だ。対照的な顔をしているのはシフォンたち。

 シュレインゴール卿がいない今で、彼らに命令権を持っているものなど一人しかいない。報酬として彼らの命令権をもらえるソサエクスは彼女を隣国に届けない限り、命令権は無いのだ。

 だから、ベガはメルに尋ねた。

 すでに盤面は出来上がり。

 次の一手が決まる。


「期間は二週間。お主が考えた作戦よりも確実で、相手を殺せる手じゃぞ?」


 盤面は既に逆転されていた。

 ソサエクスは内心で驚愕する。


 たった一手、それだけで盤面がひっくり返っただと……。


 バーガル監獄は確かに武器がある場所だ。それはつまり、今いるスラム民に武器を持たせれば即席の戦力になる。

 スラム街の解決と共に王国を亡ぼす戦力を集めるその一手は配慮する一手だ。

 だがしかし。


「……“信用”だ。君には“信用”がない」


 それは交渉する上で一番重要なことだ。いかに優れた策を提示したところで、信用が。

 保証がなければ乗ることなどできようもない。

 最後のあがきは正しく大人のズルさ……だ。

 だが、彼よりもズルい少女。


 ベガは笑った。


「チェックメイトじゃよ」


 魔法によってしまわれていたそれは机の上に置かれる。

 チェスの駒のように置かれたそれは駒よりもはるかに大きい――


 ――魔石であった。


戦記物は難しい。

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