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「リリアンジュ様。リリメリア様と、その、お付きの方が到着されました」


リリメリア到着の知らせは、丁度、花壇の手入れを終えた時にもたらされた。

それにしては、ベティの反応がどこかぎこちない事に首をかしげながら、リリアンジュは差し出された濡れタオルで土に汚れた手をぬぐう。


「早かったのね。客間に案内しておいてくれる?私、こんな格好だもの」


苦笑しながら見下ろした自分の格好は、汚れの目立たない濃紺のワンピースにメイド用のエプロンだ。

身内とは言え、人と会うような格好では無い。


「はい。あの……リリアンジュ様」

「ええ。なぁに?」


言い淀んだベティは、結局何を言うでも無く一礼して客人を出迎えに行った。

そしてその行動の意味を、リリアンジュは客間についてから理解することになる。



***



「お姉様。元気そうでよかったわ」


うっすらと微笑むリリメリアに、リリアンジュはぎこちないほほ笑みを返す事しかできなかった。

妹との再会はうれしい。

実際、客間のドアをくぐる瞬間までは、どんな風に歓迎を示そうかと胸を躍らせていたのだから。

けれど、リリアンジュの視線はかわいい妹を素通りし、その奥へとくぎ付けになってしまっていた。

付き添いできたのは、想像していた誰でもなかった。

セシルがそこにいた。

癖のないココアブラウンの髪や、澄んだコバルトブルーの瞳はもちろんの事、人の良さげな顔が笑みの形に歪んでいるのも、記憶にこびりついた断罪の場面を思い起こさせる。

普段と何ら変わりない様子のセシルに、何故、と声は上げられなかった。

喉が震えて声にならないのだ。

微笑む彼を凝視しすぎたのか、ぱちりと視線が絡み合う。

やんわりと深められる笑みと開きかけた唇から慌てて顔をそらし、リリアンジュは無理矢理に笑みを取り繕った。


「久しぶりね、メリア。貴女も元気そうで良かった」


口を開きかけたセシルに気付かないふりをしてリリメリアへと話を振ったのは、話したくないという遠回しな意思表示だ。


話しかけないで。

何も聞きたくない。


今にも叫びだしてしまいそうな声を封じ込めた在り来たりな歓迎は、心なし震えているように聞こえた。

けれどリリメリアは気にした風も無く、自分は特に被害が無いのだと頷く。

そして、さも今気付いたと言わんばかりに後ろを振り返り、形の良い眉をひそめた。

リリアンジュと同じアイスブルーの瞳が、困った様に姉と幼馴染みの間を彷徨う。


「ごめんなさい。出立ぎりぎりまでは私と侍女だけで来るつもりだったから、セシルの事をお手紙に書けなかったの」

「そう、なの。……あの、でもどうしてセシルが?」

「アインスベルのおじ様とおば様が、どうせ暇をしているのだからって付けてくださったの」


なるほど、それならば納得がいく。

アインスベル家としては、折角繋がりを持ったソヴェナ家との縁を切らすのは惜しいのだろう。

そしてそれは、ソヴェナとしても同じだった。

ソヴェナは古くからある侯爵家だが、女児しか生まれないというその特異性から中々縁談が纏まらないのだ。

ましてや当代に至っては、同年代に婿入り出来るような男児が少ないと聞く。

リリアンジュとヴィクターに亀裂が入ったのなら、リリメリアとセシルを――という思惑が動いても、何らおかしい事では無かった。


「そう……二人とも、しばらくはこちらに居るんでしょう?どうぞ、ゆっくりして行ってね」


けれどせめて、自分の元へ送るのは躊躇して欲しかった。そう思うのは我が儘だろうか。

ずきずきと痛む胸を押さえながら、リリアンジュは精一杯の微笑みを向けた。


しょうがないのだ。

両家からしてみれば、リリアンジュとセシルはただの幼馴染みなのだから。

婚約者であるヴィクターを送る事に戸惑いこそすれ、セシルが訪れることでリリアンジュが泣きたくなるなど夢にも思わないのだろう。

二人は幼馴染みだった。

小さい頃から仲が良く、ヴィクターとの婚約が聞かされた後もセシルとばかり遊んでいた。

そしてそれを見咎められ、兄の婚約者なのだからと言い含められてむくれるセシルに、秘密の友達になろうと提案したのはリリアンジュだ。

それからは表だって仲の良い様子をみせて居なかったから、セシルの両親も大丈夫だと思ったのかも知れない。


「お姉様。それなんだけれどね。一度、叔母様の所に行こうと思って」


感傷に浸るリリアンジュに、リリメリアは小首をかしげた。

どうやらこの家の主であるリリアンジュに確認を取っているらしい。


「まあ。そうね。叔母様も喜ぶわ」


愛らしい敬意を微笑ましく思いながら、笑ってそれを受け入れる。


「それでね、お姉様。ベティを貸してくれない?叔母様の家といえど、一人じゃ心細くて」


続けて強請られ、リリアンジュはしばし固まった。

確かに、リリメリアと面識がある上こちらでしばらく過ごしたベティならばお目付役も適任だろう。


「レイラが一緒ではいけないの?」

「レイラには荷解を任せたいの。ねえ、メイド長。早く勝手を覚えさせたいから、色々教えてあげて」


先ほどの敬意はどこへやら。

リリアンジュを通り越して直接命じられたアメリーは、ちらりと視線でリリアンジュの指示を仰いできた。

大人びているとはいえこういう所はまだまだ13歳だと思わず苦笑を零しながらも、アメリーに頷く。


「良いわ。メリアに従って」

「承知致しました。では、レイラさん。こちらに」


侍女レイラを伴いアメリーがドアの奥へと消えると、リリメリアは再びリリアンジュへと視線を向けた。


「お姉様。ねえ、良いでしょう?」


普段我が儘など言わない妹の願いだ。

半ば反射のように頷くと、その瞳がきらりと光った気がした。


「よかった。じゃあ、早速行ってくるわ」


昼には戻るつもりだと言い置いてぱっと立ち上がったリリメリアは、それ以上何も語らせまいというようにベティを伴い部屋を出て行ってしまう。

その姿を呆然と見送り、ぱたんと扉が閉まったところで、リリアンジュはようやく今の状況に気付いた。

彼女は、付き添いとしてやってきたセシルを残していたのだ。

つまり、室内に二人きり。


――嵌められた。


何が目的かは知らないが、リリメリアは意図的にこの状況を作り出したとしか思えなかった。

そうで無ければ、聡明な彼女が幼馴染みとは言え未婚の男女を二人っきりで置いていくはずが無い。

しかも、わざわざお目付役であるアメリーやベティを遠ざけるなんて。


心臓がどくんと音を立てた。

なんで、どうしてと、リリアンジュの脳内を混乱が支配する中、ばちりと目が合ったセシルは、相も変わらず温和な笑みを浮かべていた。




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