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「リリアンジュ様。ご実家からお手紙が届いたそうですわ」
ベティが意気揚々と駆け込んできたのは、リリアンジュが食後の紅茶を淹れている時だった。
「え?」
「リリアンジュ様。紅茶が零れてしまいますよ」
思わず手元をお留守にすると、メイド長のアメリーから叱咤が飛ぶ。
先の宣言以降、約束通りに紅茶の指南役をしてくれるアメリーだが、その指導が思いの外厳しいのだ。
他のメイドに指南するのと何ら変わらず指南していると彼女は言うが、今まで如何に自分が『預かり物のお嬢様』として当たり障り無く接せられていたのか痛感すると共に、お嬢様としてでなく一人の生徒としてアメリーに認められた事が面映ゆくもあった。
「あっ。ごめんなさい」
慌ててポットをテーブルに戻してカップを差し出すと、ようやく一人で淹れる許可を貰ったリリアンジュの紅茶を口に含み、アメリーは形の良い眉をしかめる。
「52点。蒸らしすぎです。渋すぎますわ」
辛辣な言葉を貰った紅茶は確かに、アメリーやベティの淹れてくれるものより随分と苦かった。
けれど、これでも良くなった方なのだ。
最初など、点数を付けられるまでも無く「やはりお嬢様はお茶を飲むのを専門にされては?」とにべもなくあしらわれたのだから。
これでは家庭料理など夢のまた夢だと現実の厳しさに項垂れたリリアンジュに、ベティは申し訳なさそうに居住まいを正した。
「お邪魔してしまいましたね。申し訳ありません」
「いいえベティさん、丁度よろしいわ。一度休憩に致しましょう」
そうして紅茶を淹れ直しに行ったアメリーを見送り、リリアンジュはそわそわとベティを見やる。
「それで?家からの手紙というのは?」
「はい、こちらです」
薄桃色の手紙には確かにソヴェナ家の封蝋が押されていた。
差出人はリリメリア・ソヴェナ。リリアンジュの5つ下の妹だった。
「まあ。メリアから」
追い立てられるように学園を出てしまった為、事件後一切会う事の出来なかった妹からの手紙。
一体何が書いてあるのだろうと首をかしげながら、流れるように美しい文字に目を落とす。
「――あら」
「どうなさいました?リリアンジュ様」
「ええ。メリアがこちらに来るのですって」
手紙には、リリアンジュの体調を気遣う言葉と、様子を見がてらこちらへ遊びに来る旨が書かれていた。
差し出された手紙を受け取りながら、ベティも納得がいったように頷く。
「まあ。4日後ですか。随分と急ですね」
「夜会や茶会にでるのが億劫なのでしょう。今年は特に」
家族団らんを過ごす為と学園が長期休みに入る冬の月は、ルブランジェ国の社交界シーズンである。
タウンハウスを持つ貴族達が挙って首都へと集うシーズンは大人にとって何かと忙しいものだが、子ども達にとっては勝手が違う。
連日開かれる難しい会議は当然蚊帳の外であるし、夜会や茶会に同行する事はあっても貴族の駆け引きをする訳でも無し、未成年では恋の火遊びなど一気に醜聞となる。
つまりは、手持ちぶさたなのだ。
今年はリリアンジュの廃嫡や学園での醜聞もあり、いつも以上に外出を制限されているだろうリリメリアの鬱積はなおさらだろう。
「同行者について触れられて居りませんが、まさかお一人でいらっしゃるのでしょうか」
「まさか。私が廃嫡した今、メリアは大事な跡取り娘よ。お母様がお許しになるはずがないわ」
とはいえ、廃嫡した娘の亡命先に両親が出向くのは些か外聞が悪いだろう。
誰かめぼしいお目付役が居たかしらと、リリアンジュとベティは二人して首をかしげ合った。