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ソヴェナ家のタウンハウスに帰って早々、リリアンジュは執務室へと来るよう命じられた。

そこには、感情の読めない母と困った様に微笑む父が並んで立っており、リリアンジュへ思い思いに帰省への声をかけてくれる。


「座りなさい」


着席を促したのは母だった。

ソヴェナ家の名義上の主人は父ヴェルマーだが、婿養子であるヴェルマーよりも母リリジェンヌの方が立場は強い。

母が当主席に座り、父はその後ろに控える。

そしてそれは今に始まった事ではなく、女系一族であるソヴェナ家の歴代当主たちは皆、婿養子であった。


「リリアンジュ。何か言いたい事は無い?」


女傑として名高いリリジェンヌの眼光は鋭い。

リリアンジュは震える身体を叱咤しながら、母の目を見据えた。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「謝るような事をしたの?」

「いいえ!……いいえ。家に迷惑をかけたのは事実ですから」

「そうね。それは事実だわね」


犯したとされる罪に覚えはない。

けれど、忙しい時期にわざわざタウンハウスへと呼び寄せてしまった上に、長女である自分の為に不名誉な噂を背負う羽目になってしまったのも事実だった。

唇を噛みしめながら、申し訳なさに視線を落とす。


「私はこれから、どうなるのでしょうか」


それさえも聞かされぬまま家に帰されたリリアンジュには、あの後どういう決定が下されたのか把握できていなかった。


「そうね。貴女は男爵令嬢苛めの首謀者として退学となったのよ。そして、その責任を理由に廃嫡するよう言われているわ」

「そう、ですか」

「貴女、本当にそんな大それた事をしでかしたの?」


呆れた風なため息に、思わず肩をすくめる。

リリアンジュがしていないと言えば、おそらく両親は信じてくれるだろう。人の良さげな父は勿論、冷たい美貌を持つ母も身内には甘いのだ。

けれど既に沙汰が下された事、こと学園内の決定をそうそう覆せるはずもない。


「私には身に覚えがありません」

「でしょうね。そんな事が出来る性格では無いもの。大方、貴女が泣き寝入りするのを見越した誰かに罪をなすりつけられたんでしょう」


鈍臭いんだから、とリリジェンヌが忌々しげに吐き捨てた。


「ジェンヌ。可愛い娘が無実の罪に陥れられて腹が立つのは分かるけれどね。傷ついたリリィに当たっても仕様がないだろう?」


取り成しへの反論が無い事が、父の言葉が事実であるとリリアンジュに教えてくれる。

母は烈火の如く捲し立てる事を得意としているが、父に内心を言い当てられた時、こうして口を噤むのだ。


「リリィ。まずは、良く帰ってきたね。お帰り」

「ただいま帰りました。お父様」

「疲れただろう。詳しい話は明日でも――」


父の穏やかな声に、思わず甘えそうになる。

けれど、先延ばしにしたところで結果が決まっているのなら、早い内に自分の行く末を聞いておきたかった。

リリアンジュはしっかりと首を振る。


「いいえ。私は何もしていません。けれど、決定の上では既に咎人なのです。行動は早いほうが良いかと」

「リリィ……」


娘の押し殺した声に、今度はヴェルマーが口を噤む番だった。


「お母様。ソヴェナ家が私をどうするおつもりか、もう決めておられるのでしょう?」


再び顔をあげれば、リリジェンヌのすました顔が目に入った。

母は感情が表に出ない人だ。けれど、その澄んだアイスブルーの瞳がにわかに揺れ動いた事で、リリアンジュは彼女の動揺を悟る。


「お母様」


珍しく明言を避ける母に焦りが募った。


「……まさか、一族にまでご迷惑を?」


あくまで個人に対しての沙汰だと思い込んでいたが、あの場にいた王太子もアマリエにかなり熱を上げていると聞く。

大切な彼女を危険にさらした元凶、その家族さえ忌まわしいと思うかも知れないと震える娘に深いため息を吐いて、リリジェンヌは口を開いた。


「確かに、そういう話も出たと聞いたわ。本当に、目の前の事しか頭にないお馬鹿さんが多い事」

「それでは……」

「落ち着きなさい。王太子と言えど、成人前の子供に一族を裁く権限は無いわ。今回は王家が直接介入する意志も無い。ですから、貴女個人に対する沙汰が下っただけよ」


その言葉に、リリアンジュはようやく息を吐いた。


「周りの目は同情的よ。むしろ、苛めの首謀者が見つかって一段落した事で、今度は婚約者殿たちに批難が向いているみたいね」


大人しい彼女がこんな大それた事を計画するなんて、それほどに婚約者が愛おしかったのだ。

婚約者がありながら他の女性に熱を上げるのは如何な物か。

否、そもそも婚約者のある男性に近寄り、あまつさえ侍らせるなど……


今まで眉を潜めながらも周りが口を噤んでいたのは、偏にアマリエの取り巻き達が高位の貴族だったからだ。

けれど今回の首謀者が大人しく儚げな印象のリリアンジュだった事もあり、あの子が行動を起こすレベルの話なのだからと、周りも不満を口に出し始めたらしい。

既に家族から直接釘を刺されたアマリエの取り巻きも居るようだと、リリジェンヌは意地の悪い微笑みを浮かべた。


「けれどね。問題は、直接手を下したお嬢さんが居るという事なの。そしてそれを強要した事は許されざる罪。……貴女、どうして否定しなかったの?」

「それは――」


リリアンジュも出来る事なら否定したかった。

あの場で、違う、何かの間違いだと声を張り上げたかった。

けれど、あの場にはヴィクターとセシルがいた。

ヴィクターには納得がいく。

昔から、好きなものと自分にはとことん甘く、こうと思い込んだら他人の意見を聞き入れない性格の彼は、婚約者であるリリアンジュが犯人であろうと身代わりだろうと、愛おしいアマリエから危害が遠ざかるならどうだって良いのだろう。

リリアンジュの口を噤ませたのは、何よりセシルの存在だった。

セシルがそれを事実として受け入れていると思った途端、目の前が真っ暗になり思考は纏まらず、ついには、もうどうでも良いと諦めに至ってしまった。

違うと言い募って、セシルに軽蔑を向けられるのは耐えられないと思ったのだ。


「――まあ、良いわ。もう終わってしまった事をとやかく詮索する事はしません。けれど、真実がどうであろうと、周りから見た貴女は人を貶めた人間だという事は肝に銘じておきなさい」

「はい。お母様」


口を噤んだ様子に何かを察してくれたのだろう。

問いを撤回したリリジェンヌは、我が子に処分を言い渡すため再び口を開いた。


「それで、貴女のこれからについてだけれど」

「はい」

「貴女、リリエーラを覚えている?フェラー国の片田舎に嫁いだ」


唐突な話題転換に、リリアンジュは目を瞬かせる。

けれどそれ以上話を進めないところを見るに、母は己の答えを待っているらしいと記憶を辿り始めた。


「はあ。お母様のすぐ下の妹様ですね。たしか、侯爵家に嫁いだのでしたっけ」

「ええ。残念ながら子供が出来なくて、貴女たちの絵姿を毎回強請ってくるエーラ叔母様よ」


説明くさい口ぶりには私怨が混じっている気がするが、エーラ叔母様ことリリエーラは他国に嫁いだリリジェンヌの妹だ。

他国とあって頻繁に交流は出来ないが、何かと構ってくれる優しい人だったと記憶している。


「その叔母様の所に行くのはどうかしらと思って」

「ですが、それではただの亡命では……」

「貴女を廃嫡せよとは言われたけれど、市井に落とすようにも修道院に入れよとも言われていないわ。なんなら此処に居ても良いけれど、それでは貴女の気が休まらないでしょう」

「ですがっ……!」

「リリィ」


なおも言い募るリリアンジュを制したのは、黙って成り行きを見守っていた父だった。

温和な顔で手招かれ、おずおずと近寄ればぽんぽんと軽い調子で頭を撫でられる。


「リリィ。お母様も言ったように、君は一度ゆっくり休むべきだよ。社交界のことを忘れて、しばらくゆっくりしたら帰っておいで。その頃には、噂など忘れられているだろうから」

「お父様……」


じんわりと浮かんだ涙を見られるのが恥ずかしくて思わず抱きついたリリアンジュを、ヴェルマーはおおらかに受け止めた。




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