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「リリアンジュ。お前はどうしてこんな事を」


憎しみに満ちた婚約者の言葉は、床に跪かされ俯いたリリアンジュの耳を通り抜けていった。

どうして?

そんな事はリリアンジュが聞きたかった。

リリアンジュはただ、学生生活最後になるからと婚約者に乞われ、ダンスパーティーに来ただけだ。

会場に着いて早々「会場からは出るな」と言い残し一人にされた事にも首をかしげたが、王太子入場直後に問答無用で身体を拘束されるなど誰が思うだろう。

そして好奇の視線に晒されながら、身に覚えのない罪状を聞かされる。

男爵令嬢アマリエ・ゾフィーへの数々の苛めはすべて、リリアンジュが計画し逆らえない格下の令嬢達に命じていたのだと。

アマリエはその美しい容姿と天真爛漫な性格から、数多の男子生徒を魅了していた。

彼らの狂信的な支持と比例して女子生徒からの妬みを買う機会も多かった彼女が、苛めを受けていたことに驚きはないが、なぜ自分が首謀者に位置づけられているのかリリアンジュには理解が出来なかった。


私が、苛め?

婚約者を盗られたから?嫉妬して?


勿論、リリアンジュも婚約者を骨抜きにされて心を痛めた一人だ。

けれど、婚約者を戒めることは勿論、自分の手を汚さず他人の地位を貶めるような真似など到底出来ない。

それ以前にリリアンジュは、命じて他人を動かせるような力のある人間ではないのだ。

なのに何故。

信じられない面持ちで自分を糾弾する面々を見れば、婚約者ともう一人、見知った顔を見つけ身体が硬直した。

セシル・アインスベル。

リリアンジュの婚約者ヴィクター・アインスベルの弟にして、リリアンジュの幼馴染み。

良くも悪くも素直なヴィクターよりも、温和で聞き上手なセシルが己を糾弾する側に居た事に強い衝撃を覚える。


「なん、で……」


震え、掠れた声など、ざわめきに遮られて届かなかっただろう。

けれどセシルは、いつもと同じ柔らかな微笑みを湛え口を開いた。


「良かったねリリィ。君は、市井に憧れて居ただろう?」


優しかった幼なじみの冷笑に、リリアンジュは身体を震わせる。

それは遠回しな通告に思えた。

一人の令嬢を恐怖に陥れ、あまつさえ他人の手を汚させたのだから、身分の剥奪は免れないと。

絶望に打ちひしがれたリリアンジュは、唇を噛みしめながら引きずられるようにして会場を後にする事しか出来なかった。



***



呆然としたままに送られたのは、意外にも自身に与えられた部屋だった。

リリアンジュを取り押さえていた騎士曰く、正式に沙汰が下されるまでは逃げ出さないよう見張りは付けられるもののこの部屋に留まる事を許されるらしい。


「お嬢様!」


騎士が退室して早々、普段ならば決して立てない足音を響かせながら侍女ベティが入室してきた。

その顔には焦りと焦燥がうかがえる。


「ベティ……私、してないわ」

「そのような事、側仕えであるわたくしが一番良く存じております!お労しいお嬢様……すぐにソヴェナ家へお手紙を差し上げましょう。直訴して頂かなくては」

「無理よ」


憤るベティにリリアンジュは力なく首を振った。

王立コーデル学園は貴族の子女が通う全寮制の学園である。

13歳から18歳までの貴族が例外なく学び、卒業と同時に成人と見なされる、いわば貴族社会へ出るための学び舎。

よって学園内のもめ事は、出来うる限り学園内で処理する事が理想とされ、たとえ大貴族といえど表向きは介入出来ない決まりなのだ。

何か違反を犯した生徒は、全生徒に投票で選ばれた生徒会の面々によって審議にかけられ、しかるべき処分をくだされる。

しかしそこは貴族の縮図。

当然、生徒会は位の高い貴族の子女によって構成されており、先ほどリリアンジュを糾弾した面子がその大半を占めているのだから、リリアンジュの処分は速やかに受理されるだろう。


「で、ですが……」

「ねえ、ベティ」


なおも言い募るベティの言葉を遮り、リリアンジュは息を吐いた。

苛められていたのが事実であっても、あの会場で垣間見たアマリエの身体に目立った怪我は見当たらなかったので、極刑という事はないだろう。

セシルの言う通り市井へ身を落とす事になるかも知れないが、リリアンジュが気を揉んでもどうにもならない事。

ただ、気になるのは。


「セシルが、アマリエ様をお慕いしていた事を、知っていた?」


ヴィクターがアマリエに熱を上げ始めた時、ショックを受けたリリアンジュを慰めてくれたのはセシルだった。

遠くに行ってしまったヴィクターを見るのが嫌で自室に引きこもった時も、見舞いにと花を届け、色々と気遣ってくれたのに。


「お嬢様……」


息を呑んだベティに、リリアンジュはそれが真実なのだと悟った。

セシルもアマリエの魅力に取り付かれた一人だったのだ。

リリアンジュを気にかけていたのも、幼馴染みとしての愛情ではなくアマリエを害している証拠を掴む為だったのかもしれない。

そう思えば胸の痛みと共に涙がこみ上げてくる。


「ベティ。しばらく一人にして」


痛ましげな顔で退室するベティの姿が消えるのを見送ってから、リリアンジュはやっとベッドに突っ伏した。


「私、独りぼっちだったのね」


入学してから此の方、何事にも消極的なリリアンジュは心底親しいといえる友達が居なかった。

アマリエが転入してきてからは辛うじてあったヴィクターとの交流も途切れたが、セシルだけは友人で居てくれると、そう思っていた。

けれどそれさえも虚構だったのだと思い知らされる。

こらえきれない嗚咽を漏らしながらリリアンジュは一晩中泣きじゃくった。


そしてその二日後、誰にも見送られぬままひっそりと学園を退学したのである。





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