ディグロの本気
「康貴くん強い!!」
「パージャ、あの司会の人と一緒にやったら」
康貴の瞬殺劇を熱狂的に盛り上げているパージャは楽しそうであった。あまりに熱くていい加減嫌になったかおりは毒を吐き始めていた。
「お! パージャちゃんとかおりちゃん!! ディグロの番はまだかい?」
そんな2人のところに仕事から脱け出してきた汗だくのアルシャがきた。
「あ! アルシャさん! 初戦は終わってしまいましたね」
「そうかい」
残念そうな顔をして溜め息をついた。かおりはなぜか、アルシャに付けられた、左手薬指の紅い宝石が埋め込まれている指輪が気になった。
「あの、その指輪って?」
アルシャはその指輪をみせながら、笑いながら語り始めた。
「これは、マルメリアの指輪よ。夫から貰ったのよ」
ふーん。かおりはなんとなく首を振った。
「マルメリアの宝石は結婚を申し出る際に相手に渡すものなのよ。でもねぇ、貴重なのよね。あの山の奥にしかないのよ」
さらにふーんであった。
特に意味もなくパージャを見た。その話しを明後日の方向を見ながら聞き流していた。
その後、3人とも第2回戦を勝ち、グループ内決勝戦が始まる。
今舞台の上にいるのは槇とディグロである。お互いがお互いをある程度知っているからこそ生じる、張り詰めた緊張感が会場を静かに盛り上げていた。
槇はディグロの小さな動きも見落とさない気で見ていた。勝てなくはない。ただ、負けたほうがいいのではないか。そんな八百長染みた行動をとるのが、ディグロのためになる気がした。
そんな考えを積み上げていたら紹介が終わったようで、槇は剣を抜いた。
「行くぞ」
「来い」
そして響くゴング。先制したのはディグロであった。速攻をかけ、槇に斧をふりおろす。槇は剣で軽く斧の軌道をずらし、隙が出来た体に蹴りをかます。
その勢いにディグロは跳びながら下がる。
「やっぱ、一筋縄とはいかないな」
ディグロは腰を落とした。
力を溜めているのか、ディグロが気を纏い始めた。
「させねぇよ!」
槇は阻止するため、剣に火を宿して振り、火の鳥を数体ディグロに放つ。
全てディグロに直撃し、火に包まれる。普通ならこれで決着がつくはずだった。
「……いくぜ」
火が一瞬で消え、ディグロの姿もなくなった。
次の瞬間、目の前に現れたディグロ。すごい衝撃が槇を襲う。
そのまま後方に吹き飛び、痛みを感じた次は背部に激しい衝撃。
空中に飛ばされる。何が起こったのかもはやわからない。意識を辛うじて保ちながら剣を振る。
しかし、それは少しだけ早かった。
「終わりだ」
ディグロが槇の目の前に現れ、斧を振り下ろす。
一瞬で舞台に叩きつけられる。
槇の意識はすでにとんでいた。
「負けないで!!」
「負けちゃいや!」
「頑張って!」
外野の声に反応を見せない。司会も恐る恐る判断する。これは間違いなく……、
「しん!!!」
負けた方がいいのは確かだった。何かがあるのはわかってる。そこは察せる。
だけど、どうしても譲れないこともある。
かおりの声は、槇を本気にさせるには十分過ぎるエネルギーだった。咳き込み血を吐きながら立ち上がる。会場はそれだけで盛り上がる。
「さすがに効いたぜ」
口についた血を拭うと剣を構える。
ディグロは再び腰を落とす。
「でも、悪いな。勝たせて貰う」
槇は剣の刃を鍔の方からさすっていく。その瞬間に槇から溢れ出る魔力がディグロの体を震えさせた。
剣はより細く、より熱く燃え上がり、長さを二倍にする。ディグロは焦り瞬間的に近づく。
槇は静かに目をつむる。明鏡止水とでも言うのだろうか。槇は思うほうに剣を振った。金属と金属が激しく交わる音。それと同時に柵に叩きつけられたディグロ。
『緋に滅せ』
槇は剣を突き立て、ディグロに向けて地面を蹴る。
剣先はディグロの顔をスレスレで外していた。
「そこまで!!」
わざと外した槇の耳に入ってきた声。それは勝利した証であった。
槇は剣を鞘にしまい、足早に舞台を降りる。
「くそっ!!」
負け犬の遠吠え。ものすごく惨めだった。
槇はかおりのもとに向かった。そこでは、複雑な顔をしたかおりとアルシャだけがいた。
それだけで、なんとなく状況は読めた。やはり、負けたほうがよかったかもしれない。
そんなことを思いながら、康貴の勝利をしかと見届けた。