良いこと
また何試合かが行われ、とうとう予選最後の試合になった。
「さぁ、今日最後の戦いだ!!
最後を飾るのは、今回初参戦!!
あのダグラスの一人息子、ディグロだ!!」
「……そうやって紹介されんの大っ嫌いなのに」
赤いバンダナを着けたディグロが歓声と共に会場に上がった。
「そして! 前回準優勝した! ピグリーだ!!」
急に歓声が引いた。
「あら? 私にはないのかしら? その汚ならしい声は」
会場に上がって来たのは美しい身のこなしをみせる女性であった。ベージュの長い髪がフワリと地面に着き、華奢で白い手足。つり目から見える目は、全てを見下しているかのような鋭さがある。
そんな女性が、薙刀を二本持って凛と立っている姿は、女子までもが惚れるほど魅力的であった。
「残りの2人の説明はなしだ!」
ないのかよ、と心で突っ込むかおり。
「レディーーーー!!」
ゴングの音。その刹那に、ピグリーとディグロが1人づつ潰した。
うん。説明はいらないね。かおりは頷く。
「ディグロ……」
かおりはパージャを横目で見た。今までの解説者ノリはどこへやら、両手を確りと握り合わせて舞台の上を見つめていた。
かおりは笑顔になり、舞台上に目を移らせる。
まだ立っている2人は、対角線上のコーナーに立ち、ディグロは自分を隠せるくらいの巨大な両刃の斧を、ピグリーは二本の薙刀を構えていた。
「坊っちゃん。緊張してるの? てが震えているよ」
「……」
ディグロはバンダナの影から見える目をまっすぐ相手に向けていた。
「無愛想な子だね。 さっさと降ろしてあげるよ」
ピグリーは地面を蹴り、ディグロに接近する。
伸びてくる薙刀を飛んで避け、巨大な斧を振り下ろす。
ピグリーは後ろに飛びながら避け、勢いに任せ回転する。まるで巨大な扇風機のように。
ディグロは空中で体を仰け反らせ、舞台に向けて斧を団扇のように振る。
強風でディグロの落下は止まり、同時にピグリーは体勢を崩し回転を止める。
ディグロは地面に着くなり地面を蹴りピグリーを追い、斧を振る。
薙刀で防いだが、直撃だった。
目にも見えない早さで背後の柵にぶつかる。勢いの反動でピグリーは前に飛び地面に倒れる。
ディグロは戦闘態勢を解いた。
レフリーがピグリーに近づき様子を確認すると両腕で大きくバッテンを作った。
「ピグリーダウン!
勝者! ディグロ!!」
その声と共に、パージャは飛んで喜んだ。
きっと、この先もディグロが勝つ度にパージャは誰よりも喜ぶのだろう。かおりはそう感じた。なぜだかわからない。女の勘ってやつだからだ。
戦いを終えた3人はかおりとパージャと合流し、お祭りを楽しむことにした。
「っお!! 焼きそば! たこ焼きも!!」
て言っても康貴が1人で皆を連れ回しているだけなのだが。
「康貴! どれか1つにしなさい!」
「え! いいじゃん!」
「ダメ!」
ぶーとほっぺを膨らませて、適当なところに歩みを進める。と、後方の団体もぞろぞろと着いてくるのだ。気づいたのは槇とかおりだけで、他の人は康貴に振り回されているだけだった。
「撒いた方がよくないか?」
小さな声でかおりに耳打ちする。
「槇がどっか行けばそっちに行くんじゃないの」
かおりはなぜかイライラしていた。
「なんで怒ってんだよ」
「しらなーい。ふん!」
かおりは足早に康貴の方に向かった。槇はため息を吐いて、ゆっくりと着いていく。
「あ! 射的!」
康貴が飛び付く屋台はよくある射的で、一番上には熊のカワイイぬいぐるみがドンと構えていた。
「あ、あれカワイイ」
かおりが呟いた。それを康貴が聞き逃すはずがなかった。
「よし、おじさん! 一回!」
「あいよ!」
康貴の前に、射的ようのライフルとコルク弾が三個置かれた。康貴は取り合えず一発、熊のおでこに当ててみる。
ふらっとするが、倒れはしなかった。
「ねぇ、槇! 手伝って!」
「は?」
と言いながらお金を出してライフルにコルクを詰めていた。
「どっちが先だ?」
「オレが打つ。槇の方がタイミングよく当てられるっしょ」
「康貴にしては妥当な采配だな」
「だろ」
2人は同じ獲物に銃先を向けた。
「いくぞ!」
「あぁ」
康貴が打つ。数秒後に槇が打つ。一発がぬいぐるみの頭頂部に当たりふらっとする。そこにもう一発が当たる。
ぬいぐるみがかなり倒れるが倒れる感じではなかった。
「まだまだ!」
いつの間にか弾を詰め終わっている康貴はすぐに射つ。戻ろうとしていたぬいぐるみに当たり、倒れた。
「っしゃぁ!!」
「おめでとさん」
おじさんから手渡される熊のぬいぐるみを受けとる康貴。
「はい! かおり」
それをすぐにかおりに渡した。
「あり……がと」
「どういたしまして」
笑顔の康貴につられて笑顔になってしまった。その後ろで槇が余った弾で適当なお菓子を打ち倒していた。
久しぶりに仲がいい2人を見た気がした。いや、こっちに来てから段々と仲良くなっている。なんの宿命なのか、もうわからなかった。
最初からこっちの世界にいたんじゃないか?
ふと思うこと。だが、帰らなきゃならなかった。後1つの石、讃夜までの日にちまでの存在意義。そこまで、生きなければならなかった。
かおりの左手首が痛みだし、なぜだか見てしまった。古傷から血が流れていた。
━━━━嫌な予感がした━━━━