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月下淋唱


「おりゃぁ!」



 槇は燃え盛る剣を黒甲冑の相手に振りかざす。

 だが、巨大な斧が交わった瞬間に向こう側の壁にぶち当たる。



「いい加減に死ね」



 斧を振り上げた瞬間だった。

 魔王が驚愕したのは。

 詩が消えた。


 それは、常に延唱されていた強化魔法がなくなったと同じであり、同時にその術者が死んだことを意味した。



「ジムスターク、撤退だ」



 魔王がそう呟いて、黒い霧と共にいなくなった。

 それを確認し槇はその場の地面に膝と両手をつき、咳き込んで吐血する。



「ちっ……くしょう。勝てねぇのかよ」



 搾られる言葉。地面を強く殴った。

 その手の痛みより、魔王に食らったダメージの方が痛かったのだ。悔しくて堪らなかった。



「ちくしょう!」



 身を奮い立たせて立ち上がり、口についた血を右腕で拭い、左腕で腹部を押さえ言うことを聞かない右足を引きずりながら、階段を上っていく。

 右手を壁にそえ、転けないようにゆっくりと上って行った。

 果てしなく高かった。

 この階段をこんな短時間で上りきり、それで石まで奪った2人に感謝した。

 後どのくらい、魔王とやりあって生きていられたかなんて明白もいいところだった。



「高いな……」



 ぼやき、少し足を止めて休み、歩みを進める。


 不思議な像が無数に置いてある部屋を過ぎ、未だに鉄格子がはまっている空間を抜け、中央に像が一体いる部屋を越え、また果てしなく続く階段を上っていく。


 とうとう扉につき、開けるが、的外れであった。

 どうせベランダ辺りに階段があるのだろうと向かってみたらビンゴであった。

 手摺のない外の階段。腹部をおさえる手を変え、落ちないように上っていく。冷気が傷口に染みた。1つの月が地上を照らし、雪景色を美しく光らせていた。

 この階段を上りきると、かおりがうつむき立ち尽くしていた。



「かおり、」



 呼ぼうと思ったが、そこまで届かなかった。しょうがなく、覚束無い足取りでかおりの所まで向かった。



「大丈夫か?」



 かおりは槇の傷だらけの顔を確認すると、我慢していた涙が溢れだしてきた。



「…………しん!」



 かおりは槇に抱きつき、激しく泣いた。

 槇にはなにがあったのかわからなかった。ただ、抱き締めるしか出来なかった。

 泣きおさまると、かおりはいきなり問いかけた。



「私たち、正しいことしてるのかな?」



 涙を浮かべながら問われる問題に槇は答えられなかった。

 答えられる訳がなかった。



「わからないよ。私たちが敵視してるエデレスメゼン軍は、本当はこの世界の善者で、私たちは悪者なのかもしれない」

「でも、オレたちは帰らなきゃいけない。悪者だろうが、悪魔だろうが、オレたちはこの道をたどらなきゃいけなかった」

「他の道はなかったの? もし、一番始めに会う人がエデレスメゼン軍の人だったら、こんなに人が死ぬところを見なくたってよかったんじゃないかな?」



 その仮定になんの根拠もないが、槇は納得してしまった。

 シセリアはエデレスメゼンに殺された。

 もしエデレスメゼンだったら、死ななかったかもしれない。

 所詮は仮定であった。



「もう済んだことだよ。もうこの道しかない」

「私、もう目の前で人が死ぬのは見たくないよ」

「またそんなことがないように守ろう。今のオレたちなら、守れないものはないよ」



 その時だった。



「お! 2人共大丈夫!?」



 康貴が走って寄ってきたのは。かおりは思わず槇から離れてしまった。



「うわ、酷い傷」

「っ! うるさい。さっさと下りるぞ」



 槇は康貴をド突いて階段に向かって行った。



「なんだよその態度。ムカつくな。おい、待てよ!」

「態度がムカつくのはどっちだよ」



 槇は階段を下り始めようとした瞬間だった。足を滑らせ、塔の外へ飛び出たのは。

 掴むものなんてなにもなかった。



「槇!」



 かおりが叫ぶ。デジャヴのような悪夢が蘇る。



「ったくバカ野郎!」



 康貴は落ちていく槇に向かって一緒に飛び下り、手を掴む。



「死にそうなのに動くからだよ! バカ槇」



 急降下真最中に康貴は口に人差し指と親指を入れ、思いっきり吹き鳴らす。

 槇を掴んでる反対の手を空に向けて伸ばす。すると、落ちるスピードが減少し、その内、上に向かい始めた。

 槇は上を向いた。

 そこにはペガサスが一生懸命、雪のように白い翼を羽ばたかせていた。



「へへへ、ありがとう。ホント助かったよ。取り合えず地面までお願い。3人は乗らないでしょ。……だよね」



 康貴はペガサスと話しているようだった。話した通り、行き先を地面に向けてゆっくり下りていた。地面に着くと、待機していたシフォンがそこにいた。



「ごめん、あとお願い」

「あいあいさぁー」



 槇をその場に寝かせ、康貴はペガサスに乗り、塔の天辺目指して飛んでいった。シフォンは槇の傷を治しにかかった。



「なぁ、」

「なんすか?」

「オレ、バカなのかな?」

「??」



 シフォンは意味わからず首を傾げた。



 ペガサスで塔の天辺までいき、すぐさま下り、立ったまま放心状態のかおりのそばに駆け寄る。



「変な顔」



 ヘラヘラ笑いながらかおりに抱きついた。



「大丈夫だよ。槇はシフォンに預けてあるから」



 そう言われて安心したのか、全身から力を抜き、崩れそうになった。康貴が力一杯抱き締めていたから倒れることはなかったが。



「かおりまで……」



 康貴は溜め息をついた。その次には、唇を合わせていた。放心状態のかおりもさすがに我にかえり、康貴を殴って離れた。



「な、ななな、なな! 何すんのよ!」

「なにって、求愛行動?」



 間違っちゃないが、全てがズレていた。顔を真っ赤にして激怒するかおりを見て噴いて笑う。



「恥ずかしがってやがんの。かーわい」



 その言葉が勘に障ったらしく、かおりは康貴の頬を平手で叩く。ピシッと言う音が綺麗に響いた。



「康貴なんてもうしらない!」



 かおりはスタスタと歩き階段を下りようとしたが、急に手を取られ、気付いたら空を飛んでいた。



「かおりもムリしないの。さっさと下りるよ」



 康貴はかおりを引き上げ、自分の後ろに乗せる。



「確り掴まっててよ!」



 急にスピードが速くなってからかおりは康貴に張り付いた。

 速さと寒さが、自然と目をつむらせ、ジェットコースターに乗っているかのように、早く終わって欲しい一心だった。



「かおり、見てあれ。すげー」



 ゆっくりをまぶたを開く。数センチ、景色が少し見えたところで、一気に目を開いた。

 それは、大きな1つの月の反対側の、星しか見えない闇を走る、幾億もの流れ星が、切なく降る雪のごとく降り注いでいた。



「すごい……」



 あまりの迫力にかおりはそれに見入った。メリーの最後の幻想がかおりにその全てを語るようだった。



「みんなでかえれますように」



 康貴がそう呟いた。

 願い。

 小さな願い。


 そんなもの自体、無意味なのも知らず、康貴は強く願った。

 願いは、幻想の中で描く自分なりのストーリーであるだけだと、このあと痛感することとなる。

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